新潮文庫ワタシの一行大賞



第1回 新潮文庫ワタシの一行大賞


第1回「中高生のための新潮文庫ワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第一回目は2013年9月末に締め切り、21288通の応募がありました。沢山のご応募、本当にありがとうございました。社内選考スタッフの一次・二次選考を経て25作品に絞り、選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、下記のとおり、大賞一作品、優秀賞二作品、佳作二作品の受賞が決まりました。



大賞


荒木莉子さん『4TEEN』

(東京都立国立高等学校一年)


優秀賞


寺西誠一さん『シャーロック・ホームズの冒険』

(広島県立西条農業高等学校二年)

中西里彩子さん『4TEEN』

(星美学園中学校二年)


佳作


池澤優希さん『蜘蛛の糸・杜子春』

(星美学園中学校二年)

松本えみなさん『レインツリーの国』

(浦和明の星女子中学校一年)




選考委員


角田光代 カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『人生ベストテン』『おやすみ、こわい夢を見ないように』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『坂の途中の家』『拳の先』など多数。



第1回 新潮文庫ワタシの一行大賞 選評


自分と出合う

角田光代


 荒木さんの文章は、即座に私を十代のころに戻してしまった。
 青春、とか、若さ、という言葉にむやみに焦りを感じていた。高校生とは、高校生活とはこうであるはず、と、なぜか思いこんでいて、それと自分がかけ離れていくことが耐えがたかった。充実、という言葉と、多忙、という言葉をはき違えていた。そういう人は多いのではないか。とくに今は、荒木さんが冒頭で書いているとおり、インターネットを介して、他人の暮らしを知ることができる。あの人は私よりたのしそうだ、この人は私よりずっと今を謳歌している――、他人の生活を知るとはつまり、比較を覚えることを意味する。無意味な、あまりよくない種類の比較だということには気づかないまま。
 『4TEEN』という小説の一行が、荒木さんの内側で重く響く。おそらく、上記のことを荒木さんが自覚し、考えていたからこそ、この一行が立ち上がったのだろう。もし荒木さんが十四歳だったら、十八歳だったら、胸に響いたのはこの一行ではなかったかもしれない。そんな、読み手の立ち位置によって、言葉というのはいくらでも意味を変え、距離感を変える。そのことのおもしろさ、意義深さを、つい考えてしまう文章だった。
 『シャーロック・ホームズの冒険』から一行を見つけた寺西さんは、ただ見る――この場合では傍観する、に近い「見る」だろう――ことの危険性について、この一行から感じ取った。探偵小説の言葉を、私たちの日常にも適用させたところがユニークだと思う。そしてまさに、探偵ではない私たちでも、報道や情報を自分自身の目や耳や頭で、吟味し選択しなければならない時代になってしまっている。とても鋭い指摘だと思う。
 荒木さんと同じ小説を読んでも、中西さんに響いたのはべつの一行だ。ふだんの、何気ない光景を、その何気なさが持つ幸福を、すぱっと描いた一行を中西さんは選んだ。
 これから中学を卒業し、高校を卒業し、大人になっていくと、毎日決まっただれかと挨拶を交わす、ということがあたりまえのことではなくなっていく。大人になったとき、中西さんはきっとこの一行と、自分の書いた文章を思い出すのではないか。そうして自分の持っていた「あたりまえ」が、ものすごくたいせつな時間だったことをあらためて知るのに違いない。幸福の持つ、貴重さやもろさではなく、何気なさ、さりげなさといった面を、うまくとらえた文章だ。
 十代のころに読み、「わかった」「共感できた」というのではなく、ただ、ひっかかるように心に残ってしまう一行というものがある。松本さんにとって、『レインツリーの国』の一行は、そのようなものなのだと思う。たぶん彼女は、この一行の持つ意味と、私たちが他者とかかわりながら生きていくことの意味について、この先ずっと考えながら大人になっていくのだと、彼女の文章を読んでいて思った。答えが出るような経験を、この先にするかもしれないし、あるいは、どんな経験をしても答えは出ないままかもしれない。でも考えることがだいじなのだ。一行は、そうした重要なきっかけをも作ってくれるのだと、読んでいてはっとした。
 『蜘蛛の糸・杜子春』に出てくる「正直」という言葉を含む一行を挙げつつ、「私はとても嘘つきです」とはじまる池澤さんの文章を興味深く読んだ。彼女はこの一行から、嘘とは何か、正直とは何かの、自分なりの定義を考えはじめている。正直を貫いて人を傷つけるよりも、嘘をついて人を守るほうを選ぶという、池澤さんのちいさな決意がここに描かれている。「人間らしい、正直な暮し」が、彼女にとっての「友人を守る嘘」だったのだ。池澤さんに導かれるように、私もこの一行について深く考えこんでしまった。
 みなさんが挙げた一行を、もしかして中学卒業後、高校卒業後に読んだら、意味ががらりとかわっていて、驚くかもしれない。そのくらい、言葉というのは、読み手の成長とともに意味を変えていく。あるいは、何年たっても、ずっと大人になっても、読んだときとまったく変わらず、心に響く一行もあるかもしれない。どちらもすばらしい出合いだと思う。前者は、まさにその年齢を生きていたことの証となるのだし、後者は、生きていくための支えになる杖を、とっても若いときに見つけたということになる。
 心に残る一行を、これからも、たくさん見つけていってほしいと思う。ずっとあとになって読み返したとき、そこにあるのは、たんなる書物ではなくて、悩み考えながら成長してきた、あなた自身の姿である。


最終選考通過者

最終選考結果 学校名・職業 氏名 対象図書
大賞 東京都 東京都立国立高等学校一年 荒木莉子 4TEEN
優秀賞 広島県 広島県立西条農業高等学校二年 寺西誠一 シャーロック・ホームズの冒険
優秀賞 東京都 星美学園中学校二年 中西里彩子 4TEEN
佳作 東京都 星美学園中学校二年 池澤優希 蜘蛛の糸・杜子春
佳作 埼玉県 浦和明の星女子中学校一年 松本えみな レインツリーの国

二次選考通過者

  氏名 学校名 対象図書
北海道   小西春菜 北海道置戸高校 ふたり


福島県   根本新太 いわき市立小川中学校 夏の庭


埼玉県   伊藤愛 西武学園文理高校 ツナグ


東京都   石田萌絵 星美学園中学校 坊っちゃん
    小熊咲楽 女子美術大学附属中学校 西の魔女が死んだ
    金坂一樹 都立国立高校 こころの処方箋
    小林由芽 八王子市立第五中学校 星の王子さま
    小松月穂 都立保谷高校 陽だまりの彼女
    冨田泉 都立大島海洋国際高等学校 ツナグ
    松下ゆきの 女子美術大学付属中学校 キッチン
    吉田麗 練馬区立石神井西中学校 しゃばけ


長野県   横澤紅葉 南安曇農業高等学校 ぼくは勉強ができない


京都府   稲岡仁 京都暁星高校 人間失格


  木室真鈴 百合学院高等学校 陽だまりの彼女
大阪府   森岡航生 吹田市立南千里中学校 ツナグ


兵庫県   小出恵太郎 六甲高等学校 金閣寺
  佐々木拓馬 神戸高等学校 甲子園が割れた日


奈良県   内海輝 なら学園高等学校 ボトルネック


広島県   井坂歩美 広島県立西条農業高等学校 ぼくは勉強ができない
  濱田健裕 広島学院中学校 坊っちゃん





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