新潮文庫ワタシの一行大賞



第2回 新潮文庫ワタシの一行大賞


第2回「中高生のための新潮文庫ワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第二回目の今年度は2014年9月末に締め切り、昨年を上回る24729通もの応募がありました。沢山のご応募、本当にありがとうございました。社内選考スタッフの一次・二次選考を経て20作品に絞り、選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、上記のとおり、大賞一作品、優秀賞二作品、佳作二作品の受賞が決まりました。



大賞


高杉洋暉さん『こころ』

(成蹊高校二年)


優秀賞


竹ノ下紗菜さん『ぼくは勉強ができない』

(倉敷青陵高校二年)

松野楽生さん『西の魔女が死んだ』

(山梨県立巨摩高校一年)


佳作


清水俊英さん『ぼくは勉強ができない』

(本庄東高等学校附属中学校二)

櫻井幸子さん『ふがいない僕は空を見た』

(甲府市立甲府商業高等学校三年)




選考委員


角田光代 カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『人生ベストテン』『おやすみ、こわい夢を見ないように』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『坂の途中の家』『拳の先』など多数。



第2回 新潮文庫ワタシの一行大賞 選評


自分と出合う

角田光代


 高杉さんの選んだ一行を読み、ぎょっとした。私も諳んじている『こころ』の、よりによってこの一行。しかも、ご本人は光まばゆい未来をすぐそこに感じている。大学も彼女も、作者の生き生きした直近の未来を、私ですら感じることができる。でも、作者の心にひっかかったのは、絶望ともいえるこの一行である。
 小説の一行に、自分の明るい未来を託す文章が多いなかで、明るい生活を実際には送りながら、未来の闇をちらりと見る感性、それをけっして見なかったことにしない覚悟が、この短い文章にはあると思う。
 ある一行がどうしようもなく心にはりつくとは、こういうことだと、あらためて私はこの作者に教えられた。自分を助けるような、救うような、なぐさめるような一行ばかりが心に残るわけではない。自分とはまったく関係ない、共感もできない、それなのに忘れられない一行というものがある。なぜその一行が忘れられないのか、私たちはずっと考えることになる。それはつまり、自分も知らない自分の真実と、向き合い続けることでもある。
 『ぼくは勉強ができない』から、自分の気持ちを代弁する一行を選んだ竹之下さんの文章を読んでいて、三十年前の自分が書いたのかと錯覚しそうになった。この年齢の窮屈さを、本当にうまく、自分の言葉にしていると思う。十七歳の時の私に、竹之下さんを会わせてあげたいと思った。そして三十年後の竹之下さんに、この文章を読み返してほしいと思った。
 ご自身の名前についての考察に、あたらしい光をあてた松野さんの『西の魔女が死んだ』。すごく新鮮な読み方で興味深かった。楽、というのは、ズルとは違う。そのことに気づかない大人もたくさんいる。だからこの一行は、この先成長していく作者とずっとともにあると思う。名前とまったくおんなじに。
 『ぼくは勉強ができない』は、竹之下さんと同じ本だけれど、清水さんはまったくべつの一文を選び、「正しさ」について考える。考えているうち、どうしたらいいのかわからなくなる。私もそうだ。ずっと大人になった私でも、正しさとは何かを考えていると、わからなくなってしまう。わかったふりをしないで、正しさについて考え続けている渦中を書いたところに、とても好感を持った。きっとこれからも、清水さんは考え続けていくことになると思う。答えがずっと出ないとしても。
 『ふがいない僕は空を見た』を読んだ櫻井さんは、たぶんご自身ではまだ実感したことのない、「複雑で面倒くさい」世界があるらしいと知る。「人生の汚点を作ってしまう」かもしれず、でも「おそろしくやっかいなもの」を背負って生きていかなくてはならないかもしれない。けれど作者はここで絶望していない。そんなめんどうな大人の世界にいきたくないとは書かない。未来への、あるいはこの小説への、しずかで強い信頼が感じられる文章だった。
 この文章はすてきだな、と思う一行は、どんな本にもある。そればかりか、ひとつの小説に幾つもある。線を引いたら線だらけになるかもしれない。けれどもずっと覚えている一行というのは、じつはそうそうはない。場面や、人物や、状況を覚えていても、一行そのまま覚えていることはめずらしい。今回みなさんが選んだ一行は、いつまでみなさんとともに在るか。成長に従って、違う一行に場所を譲るかもしれないし、あるいはずっと近くに居続けるかもしれない。理由もわからないまま心にはりついた一行の意味が、あるときはっとわかるかもしれない。だから、どうか忘れないでいてほしいと思います。あなたの心にはりついたこの一行と、そしてご自身で書いたこの文章を。


最終選考通過者

最終選考結果 学校名・職業 氏名 対象図書
大賞 東京都 成蹊高校二年 高杉洋暉 こころ
優秀賞 岡山県 倉敷青陵高校二年 竹ノ下紗菜 ぼくは勉強ができない
優秀賞 山梨県 山梨県立巨摩高校一年 松野楽生 西の魔女が死んだ
佳作 埼玉県 本庄東高等学校附属中学校二年 清水俊英 ぼくは勉強ができない
佳作 山梨県 甲府市立甲府商業高等学校三年 櫻井幸子 ふがいない僕は空を見た

二次選考通過者

  氏名 学校名 対象図書
埼玉県   馬場杏奈 川口市立川口高校 何があっても大丈夫


千葉県   大塚真由美 日本橋女学館高等学校 陽だまりの彼女
    諏訪杏美 専修大学松戸中学校 レインツリーの国


東京都   茅根喜久 東京農業大学第一高等学校中等部 レインツリーの国
    今野公介 東京都立三鷹中等教育学校 杜子春
    山口栞 東京都立保谷高校二年 しゃぼん玉
    北川雅恵 八王子市立第五中学校 老人と海
    角谷透子 渋谷教育学園渋谷中学校 さがしもの


神奈川県   赤松美樹 日出高校 精霊の守り人


大阪府   田中万美子 大阪教育大学附属池田中学校 夏の庭
  伊勢村まい 桃山学院中学校 ニシノユキヒコの恋と冒険
  単怡文 桃山学院中学校 走れメロス


長崎県   鵜池彩華 向陽高校 さがしもの


沖縄県   玻座真大介 昭和薬科大学付属中学校 夏の庭
  宮平乃梨子 昭和薬科大学付属中学校< ムーンライトシャドウ(キッチン所収)





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