新潮文庫ワタシの一行大賞



第4回 新潮文庫ワタシの一行大賞


「中高生のための新潮文庫ワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第四回目の今年度は2016年9月末に締め切り、全国から21241通もの応募がありました。沢山のご応募、本当にありがとうございました。社内選考スタッフの一次・二次選考を経て20作品に絞り、選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、上記のとおり、大賞一作品、優秀賞二作品、佳作二作品の受賞が決まりました。



大賞


阿部日菜子さん『異邦人』

(広尾学園高等学校一年)


優秀賞


宮里樹京さん『蜘蛛の糸』

(東村山市立東村山第七中学校二年)

伊藤麻友子さん『ぼくは勉強ができない』

(中京大学附属中京高等学校一年)


佳作


百瀬涼平さん『金閣寺』

(川口市立川口高等学校一年)

伊東康平さん『四畳半王国見聞録』

(北陸高等学校一年)




選考委員


角田光代 カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『人生ベストテン』『おやすみ、こわい夢を見ないように』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』など多数。



第4回 新潮文庫ワタシの一行大賞 選評


一行の作用

角田光代


異邦人』という、おそらく自分とは接点のない小説と、百年前の家計簿を見つけたという非常に個人的な体験が、ある一行で重なり合う。そのときに阿部さんは、死後の自分ではなく、自分のいなくなった後の世界について、思いを馳せるようになる。さらりと読むと、その二つの違いは些末に思えるかもしれない。でも自分がいなくなっても世界はあり続けると実感を持って知ることは、世界観がひっくり返るくらいのプリミティブな衝撃ではないだろうか。私が今いる場所は、だれかが鼓動を止めて、残してくれた場所―私にも阿部さんの書いた一行が心に残った。
「私も地獄へ落ちたことがある。」と衝撃的な出だしで書きはじめる宮里さんが選んだ一行は、だれもが知っているだろう『蜘蛛の糸』のものだ。苦くてつらい、忘れたい思い出を宮里さんはていねいに綴り、自分のおかしたあやまちと、カンダタのそれとを重ね合わせる。そんなに自分を責めないでもいいのに、と思わず言いたくなるような、誠実な思いが文章からあふれている。書物に記された一行は、こんなふうに読み手をさいなみ、苦しめることもある。それもまた、読書の大きな意味だ。
ぼくは勉強ができない』の一行を挙げた伊藤さんの文章を読んでいて、自分が十六歳だったころのことを思い出して胸が苦しくなった。私は多数派の目を気にする高校生で、人に好かれようと目論んで生きていたから。この年齢のときに山田詠美さんの小説を読んでいたら、伊藤さんみたいに強い考えを持つことができただろうかと、うらやましくなった。
 百瀬さんの文章が非常に独特なのは、小説の一行への驚きを書き綴っているところだ。多くの人は、書かれた一行に共感したり、何か気づかされたり、励まされたりと、自身の経験や感情と重ねているなか、百瀬さんはただひたすら、この言葉の持つオーラに驚いている。その驚きは、じつは私がはじめて三島由紀夫作品を読んだときも感じた。自分の使っている日本語と、何が違うのかわからないけれど何かが違う。その驚きがまっすぐに描かれていて、とても印象深かった。
四畳半王国見聞録』から一行を選んだ伊東さんは、森見作品を愛しているのだろうなあと、文章からも行間からも伝わってくる。伊東さんは森見作品を読んでいくなかで、こんなふうに生きたい、こんなことを自由だと思いたい、ということを見つけたのだろう。それはけっして仰々しいことではない。まさにこの一行に凝縮されたようなことだ。おそらく、そこからつかんだ人生観、自由観というものは、この先十年、二十年経っても色あせない。ずっと大人になってふりかえったとき、はるか後ろの足跡に、この一行、この一冊がそっと置かれていると思う。
 高校生の私も、じつは伊東さんのように、ある随筆の一言に感銘を受けて「こんなふうに生きるのだ」と決めたことがある。それは未だに私の内にある。そしてまた、宮里さんのように、ある一行に、自分のしたことを鋭く指摘され、苦い後悔をし、そのせいで忘れられない一冊もある。書物のなかの一行は、人生の指針をも決めるし、消えない後悔を植えつけもする。ただひたすら驚かせてもくれるし、強い考えを持たせてもくれる。死にまつわる世界観を変えてもくれる。あらためて、一行というものの摩訶不思議な作用を思い知らされた。


二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
百瀬涼平 川口市立川口高等学校 金閣寺
髙橋 爽 関東国際高等学校 ゼロからトースターを作ってみた結果
塩路絵莉花 大阪薫英女学院高等学校 博士の愛した数式
伊東康平 北陸高等学校 四畳半王国見聞録
田中乃愛 北陸高等学校 きみはポラリス
山﨑和輝 町田工業高等学校 海辺のカフカ
梅本ひなの 白百合学園中学校 あと少し、もう少し
寺田拓海 玉川学園中等部 マイ国家
西村唯花 東水沢中学校 西の魔女が死んだ
吉村健太郎 芝浦工業大学柏中学校 いなくなれ、群青
伊藤成美 聖光学院高等学校 きみの友だち
陌間紗佳 彦根市立西中学校 博士の愛した数式
長澤拓海 伊勢崎市立殖蓮中学校 裏庭
宮里樹京 東村山市立東村山第七中学校 蜘蛛の糸・杜子春
田邉佑季 広島県立西条農業高等学校 キッチン
伊藤麻友子 中京大学附属中京高等学校 ぼくは勉強ができない
川本咲恵 広島県立西条農業高等学校 星のかけら
山野暁美 京都府立京都すばる高等学校 夜のピクニック
阿部日菜子 広尾学園高等学校 異邦人
中村基紀 中京大学附属中京高等学校 陽だまりの彼女


(順不同)



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