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第11回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を書いてもらう、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。
 第11回の今年度は全国から19926通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

選考委員

角田光代

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

選考委員

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

角田光代

選評 角田光代

あなただけの読書

 宮詩音さんは、『つめたいよるに』のなかの一編、「ねぎを刻む」を読んで、自身のなかの「ねぎを刻む」的行為は真夜中にちいさくピアノを弾くこと、音楽を聴くことだと書く。十代のときの孤独というものが、年齢とともに成長せず、まったく同じかたちで今も私のなかにある、ということを、宮さんの文章を読んでいて気づいた。自分にとっての「ねぎを刻む」はなんだろうと考えさせられた。

 柳沢玲花さんが選んだのはなかなか複雑な一行である。小説のなかの「岡田」と出会い、自身のなかに岡田を感じ、好感を持つ。こうして私たちは読むことで、友だちを得ることができる。この先ずっと、柳沢さんのすぐ隣に岡田は居続けて、あなたの好き嫌いを共有したり、感覚を広げてくれたりするだろう。ずっと大人になったとき、岡田はもしかしてもういないかもしれないけれど、そういう友だちがいた記憶を、きっと柳沢さんは持ち続けているはずだ。

 上原翠晟さんが選んだ一行はとても個性的で印象深い。切ると涙が出る野菜を「意地悪」だと思っていた観点もおもしろい。野菜も、天敵を追い払うために身を守る術を持っていると知った時点で、玉ねぎはきっと身近な存在になったはず。私もこれから玉ねぎを切るときは、上原さんの文章を思い出すだろう。

 山﨑百華さんは、シャーロック・ホームズの言葉を、自身の部活動に当てはめて、ちょっとした学びを得る。観察することで世界が変わると書く。そんなに大げさなことではない、日常のなかの、ちょっとしたことで、世界は大きく変わる。そういえば、私も野鳥の本を開いて、姿と鳴き声と名前を覚えたことで、庭の光景が一変したことを思い出した。

 宇高太陽さんは、『夜のピクニック』の一行に、自身の記憶を掘り起こす。ラストの数行で、見たこともないのに、宇高さんたちの小学校の光景が、音やにおいや湿度といっしょに、私のなかに、わっといっぺんにあふれるようだった。友だちと物理的に離れても、記憶は消えない。この先薄らぐことがあっても、記憶は私たちの一部となって、私たちの日々を支える。宇高さんの文章は、そんなふうに、別れをくり返して先に進むしかない私たちを、強く励ましてくれる。

 その一行があるだけで、一冊の本がいきなり身近になり、本全体が自分だけに向けて輝きはじめる。そういうことはたしかにあると、この選考委員を務めさせていただいて、深く感じました。読むことは創作することでもあり、読むだけで、忘れ得ぬ人や光景と出会うことができる。そのことのいきいきとした感動を、みなさんの文章によって、あらためて実感することができました。

 本を読むのに正解というものはなくて、いつなんどきも、どんな本も、自分の好きなように読んでいい。好きな一行を選ぶということは、まさにそのことの体現です。みなさんの選んだ、思わぬ一行に驚いたり共感したり、あらたな発見をしたり、刺激的な経験をさせていただきました。ありがとうございました。

大賞 受賞作品

宇高太陽(逗子開成中学校)
恩田陸『夜のピクニック』

選んだ一行

 でも、あたしは覚えている。あたしの記憶はあたしだけのもの。

 人生は出会いの連続である。それすなわち、人生は別れの連続である。人は必ず別れを経験する。かくいう私も、一度大きな別れを経験する機会があった。中学受験だ。中学受験を経て、私は地元と離れた今の学校へ進学した。小学校時代の級友たちのほとんどは、卒業してそれっきり。積み重ねてきた関係が、こうもたやすく、それもひっそりと消え去ってしまう。私のことなど、皆とうに忘れ去っているかもしれない。そう考えると、ひどく胸が締めつけられるようだ。そんな僕が出会ったのがこの言葉だ。自分は、いずれ忘れられる。その事実を受け入れ、これを肯定してしまう。なんと切なく、それでいて眩しい言葉だろう。そうだ。私は覚えている。大雨の昼休み。給食の取り合い。愚痴を言い合った帰り道。皆に忘れ去られようと、私は覚えているのだから。それらの経験は既に、私という存在の一部となっている。消え去ってしまうことなんてない。それで、いい。

優秀賞 受賞作品

上原翠晟(昭和薬科大学附属中学校)
稲垣栄洋『一晩置いたカレーはなぜおいしいのか―食材と料理のサイエンス―』

選んだ一行

 もちろんタマネギは、人間を泣かせたくてこんな悪さをしているわけではありません。

 ぼくが幼稚園のころ、玉ねぎを初めて切りました。あの感覚を初めて味わったぼくは、なぜ泣きたくなるのか分からず、みっともないので泣くまいとしていましたが、泣いてしまいました。この一件から、玉ねぎの正体を知るまで、意地悪をする野菜だと勘違いしていました。
 今でさえ理由を知り慣れたものの、知らずにいたその頃からしたら悪夢であったことに疑う余地はありません。自分を食べようと狙う天敵を追い払うためのこのメカニズム、自然界で生き残る生存戦略が、(最終的にヒトは食べますが)我々にも効果を発揮しているのですね。
 玉ねぎが蓄えた糖分を、催涙成分という関門を突破してまで食べる人間を、玉ねぎは恨んでいたりしないか心配になるものです。ただ、これも我々が生きる術、今日の夕飯にも豚の生姜焼きに添えられた玉ねぎは、甘くておいしそうです。命や自然に感謝して、いただきます。

優秀賞 受賞作品

山﨑百華(千葉黎明高等学校)
コナン・ドイル/著 、延原謙/訳『シャーロック・ホームズの冒険』

選んだ一行

 君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大ちがいなんだぜ。

 書道部の活動中に書いている字に納得できないことが何度かある。先生の手本を見ているのに、上手く書けていないと思ってしまう。そうやっていらいらしていた時に、この言葉に出会った。
 確かに、私はただ手本を見ていただけだということを思い出した。観察することで、点一つでも特徴や字全体のバランスなどの情報を得られたのかもしれないと思うと、後悔の思いが増した。それから、字が上手く書けないときには、筆をどう扱ったらいいのか、線の長さや細さ、文字どうしの間隔など様々な箇所に意識を向けるようになった。観察の甲斐あってか、自分が納得できる字を書けることが増えた。さらに、書道が楽しいという気持ちを取り戻すこともできた。
 見るのではなく、観察するということは、日常生活にも意識を向けてみると、世界が少し変わって見えるのではないだろうか。観察によって湧き出る気づきやアイデアを、私は大切にしたい。

佳作 受賞作品

宮詩音(京都府立京都すばる高等学校)
江國香織『つめたいよるに』

選んだ一行

 こういう夜は、ねぎを刻むことにしている。こまかく、こまかく、ほんとうにこまかく。そうすれば、いくら泣いても自分を見失わずにすむのだ。

 誰にでも、「さみしい」という感情が突然やってくる夜がきっとあると思う。両親や友達、恋人がそばにいれば、声を聞けば、さみしさは紛れるのだろうか。私はこのお話の主人公のように、そんなことをしても余計に孤独は増していくだけだと感じた。ひとりぼっちがさみしいのに、ひとりでいたい。矛盾した感情を埋めるように主人公は一心不乱にねぎを刻む。自分の孤独と向き合うために。自分を見失わないために。この一行を読んで、私にとっての「ねぎを刻む」は、真夜中に小さな音でピアノを弾いてみることや、大好きな音楽を何度も聴いてみることとよく似ていると思った。孤独に押し潰されそうな夜はどうしようもなく涙が出るけれど、そんな時にこの一行を読むと、自分の孤独を理解できるのも、埋めることができるのも自分だけだと寄り添って、乗り越えて、また明日からなんでもないような顔をして前を向くことができるような強さと優しさを思い出せるのだ。

佳作 受賞作品

柳沢玲花(神奈川県立横浜南陵高等学校)
三浦しをん『きみはポラリス』

選んだ一行

 残酷さを愛するのを信条としている。だからたまに、無神経を装って残酷にふるまいたくなる。寺島の無意識の残酷さでつけられたのと同じだけの傷を、返してやりたくなるのだ。

 私は相手の何気ない言葉に傷付いた時、私もなんでもない顔をしてやり返したくなる。しかし、これは相手が嫌いだとか、ものすごく気分を害したとか、そんなことではない。むしろ嫌いな人が相手なら大して気にはしない。大切な相手だからこそ傷付き、同じ気持ちを共有したいと思ってしまう。こんなものは我儘でしかなくて愛ゆえとかそんな言い訳も出来ない自分の嫌いな部分だ。
 岡田の気持ちは話が進むにつれて少しずつ分かってくる。岡田は一途で、でも少しひねくれているような人だと思った。だが最後まで読めば寺島への思いは純粋で切ないものだった。私が嫌いな私と同じものを持っている。それでも岡田の気持ちを私は素直に読み好感を抱いた。むしろこのひねくれた部分があったからこそ岡田に共感し、私はこの話を好きになったのだろう。そう思うと私の嫌いなところも案外悪くないのかもしれない。あの一行は私に好きなものを増やし、嫌いを減らしたのだ。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
山﨑結月 (日本女子大学附属高等学校) 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』
鈴木 徹 (山形県立南陽高等学校) 芥川龍之介『蜘蛛の糸・杜子春』
宮 詩音 (京都府立京都すばる高等学校) 江國香織『つめたいよるに』
川口真央 (岐阜東中学校) 赤川次郎、新井素子、石田衣良、荻原浩、恩田陸、原田マハ、村山由佳、山内マリコ『吾輩も猫である』
北村晴菜 (大妻中野中学校) 柚木麻子『本屋さんのダイアナ』
宇高太陽 (逗子開成中学校) 恩田陸『夜のピクニック』
軍司珠璃奈 (鎌倉女学院高等学校) サン=テグジュペリ『星の王子さま』
中町希々子 (女子学院高等学校) 小川洋子『博士の愛した数式』
芝田妃那 (島根県立益田翔陽高等学校) 住野よる『この気持ちもいつか忘れる』
林 紗花 (京都光華高等学校) 朝井リョウ『何者』
篠﨑一花 (江戸川学園取手中学校) 重松清『おくることば』
樋口 祐 (福岡常葉高等学校) 角田光代『さがしもの』
金谷苺香 (京都共栄学園中学校) 吉本ばなな『キッチン』
山﨑百華 (千葉黎明高等学校) コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』
柳沢玲花 (神奈川県立横浜南陵高等学校) 三浦しをん『きみはポラリス』
亀井舞悠 (女子学院高等学校) ヘミングウェイ『老人と海』
小椋涼子 (福島県立会津学鳳高等学校) 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』
宮内珠希 (日出学園高等学校) 柚木麻子『BUTTER』
上原翠晟 (昭和薬科大学附属中学校) 稲垣栄洋『一晩置いたカレーはなぜおいしいのか』
森田小春 (横浜市立原中学校) 柚木麻子『本屋さんのダイアナ』

敬称略、順不同

第11回 ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2023年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、「新潮文庫の100冊」ホームページにて2023年7月3日に発表します。
締切 2023年10月2日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」2024年1月号(2023年12月27日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次審査通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作