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松山荘二(まつやまそうじ)
東京生まれ、2003年3月13日没。日本パイプスモーカーズクラブ世話人を務めた。著書に「デンマークのパイプ」「書肆の記」など。
 六月八日の午後三時ごろ、名古屋市千種区春岡通にあるKマンションの一室で、若い女の死体が発見された。
 たまたまそのマンションを訪れたベッドのセールスマンが、三階の廊下に漂うガスの臭気に不審をいだき、カギのかかっていないドアからとびこんで、南側四畳半の部屋にあおむけに倒れていた白いツーピースの女を見つけたのである。台所のガス栓がいっぱいに開かれ、ガスは音を立てて流れ出していた。
 一一〇番の通報で駆けつけた所轄の千種署員は、死んだ女が、その部屋を借りているバーのホステス、青野マキ子、二十七歳であることを確認し、衣服や部屋の様子から、いちおう、ガス自殺、または事故死の線で捜査を開始したが、敏腕な刑事たちは、さすがにいくつかの不審な点を見のがしはしなかった。
 死体の顔は欝血で桃色になっており、仔細に調べると、ノドにかすかな索絞の跡らしきものが残っていた。これはマキ子が苦しみもがいてネックレスを引きちぎった傷のようにも思われるが、それにしては衣服が乱れていない。しかも体にはガス中毒死特有の反応もなかった。
 数時間後に出た解剖結果は、はたして刑事たちのその勘を立証したが、死体はほとんどガスを吸っておらず、死因は扼殺と判明した。
 愛知県警捜査一課はただちに千種署と協力して特別捜査本部を設け、刑事たちは八方に飛んで行った――。
 

 その日の夜、岡本茂夫は国鉄名古屋駅から東海道線の下り列車に乗り込んでいた。金沢までの乗車券が彼の手に握りしめられていたが、荷物らしい荷物は何ひとつ持っていなかった。
 なぜ金沢へ行く気になったのか、彼自身でさえ、よくわかってはいない。
(……理由なんかどうでもいい)
 二十五歳の茂夫は座席に腰をおろしながら、ヤケッパチにひとりごちた。ともかくいまは、名古屋という土地をひたすらに離れたい気持でいっぱいだった。
 ホームを駅弁売りが通った。そういえば、朝からまだ何も食べていないことに気づいたが、食欲はまるでなかった。
(メシなんか、食わなくたっていい)
 そう思ったときに発車のベルが鳴り、やがて列車はホームを離れた。遠ざかる名古屋市街のネオンをながめながら、茂夫はホッとため息をついた。
 急に疲れが出たような気がして、彼は目を閉じたが、疲労しているわりに眠ることはできなかった。むしろ、列車の単調な音を伴奏に、新しい不安がこみあげてくるのを感じて、いらだたしかった。
(……なぜ、こんなことになってしまったのだろうか)
 思いはどうしてもそこへ落ちた。
(続きは本誌にて)