Special Contents Part III(第1回)

鼎談:井上夢人×「くろけん」×「さる編」

企画当初は「92人の最終電車」だった!? 「くろけん」こと黒田研二さんの「乗客公募」入選秘話、「さる編」こと西尾琢郎さんの「99人」への熱い思い……。「99人」の歩みを隅々まで知る3人による、4時間におよぶ大鼎談。

集合写真

お三方のプロフィール(今更ながら……)
師匠・井上夢人 / 「くろけん」こと黒田研二 / 「さる編」こと西尾琢郎



◆鼎談 第1回 くろけん、「乗客公募」に挑戦す!



井上夢人 連載が始まったのが96年の4月だから、もう6年目に入ったということなんだ。最初は98年に完結するつもりだったのに。

西尾琢郎 でも、月日の経つのは早いですね、ほんとうに。4月でまる5年になったわけですから、その間、黒田さんもいろいろ変わられたと思いますけれども、僕もずいぶんと変わりましたものね。

井上 最初に西尾くんに会ったとき、髪が真っ黒だった。今は白髪が多くなって、僕より年上に見える。

西尾 ひどいことを(笑)。

井上 くろけんさんとは、これまでメールでは何度も何度もやりとりをしてきたんですが、じつはきょうが初対面なんですね。

黒田研二 はい、初めまして(笑)。

西尾 くろけんさんのHPの日記をみたら、「明日より東京出張。ついに、憧れのあの人とご対面です♪」と書いてありました。

黒田 じつは、きょうの対談のために、全部読み直したんですよ。

井上 ええっ、全部読んだの。

黒田 うちはケーブルを引いているのですが、それでも丸1日かかります、やっぱり。

編集 原稿用紙を積み上げたら、大人の背丈より高くなるんじゃないですか。3000枚ぐらい。


「半年で完結ということでやっていたのが、1年になり、2年になり、3年になり……。」
井上 いや、もっと多い。全部書き終わると、800ページを超えるはずなんですよ。1人分がだいたい原稿6、7枚ですから、原稿用紙としては現在でも4000枚以上、完成したら5000枚近くになりますよ。

編集 1日で4000枚!

黒田 グループとかカップルとか、近くにいて同じ会話をしている人が結構いますね。だから、そういうところはダーッと流し読みになってしまうのですけれども。

井上 それはそうだけど……すごいな。それを読んできてくれたの。ありがとうございます。お疲れさまでした。僕自身、この後CD-ROMにするときに全部読まなければいけないんだと思って、何か暗澹たるものがあるんだけどな。

編集 黒田さんはいつごろから「99人」を読み始めたのですか。

黒田 僕は井上ファンで、連載が始まったときからです。

編集 連載開始はどこでお知りになったんですか。

西尾 あまり積極的に宣伝をしてなかったものですから。

黒田 でも、けっこうネット上では話題になっていた。4月から始まるよ、みたいなことで。

編集 当時、モデム速度はいくつだったんでしょうか。

黒田 144かな。

西尾 うちでも288はいってなかった。

編集 じゃあ、けっこう大変だったでしょう。

井上 144の時代って、けっこう長いんですよ。9600になってそれが、144になったときには速い、と思ったもの。おお、すごい! って。

西尾 黒田さんが感想文のなかで書いてくださったのか、それとも別の方だったかちょっと覚えていないのですが、要は、これからは「99人」を読むにはネスケ(ネットスケープ)が必須だねって書いてくださっていた。

井上 最初のうちは、フレームを切ってましたから。

西尾 フレームが切れるということを、ある日その方は発見したわけですね。それで、これは読みやすいということで。これ以降は絶対ネスケで読まなきゃね、という意味合いで書いてくださった。

井上 あのころは、フレーム版とプレーン版(ノンフレーム版)と二つつくっていたんです。

西尾 そうですね。両方つくっていたのは、たぶん数分間分のことだと思いますが、作業量は今の倍近かった。

編集 時代を感じさせるエピソードですね。

西尾 実際、大学から接続して読んでくださっている方もけっこういました。大学はUNIXマシンが多かったのですが、当時、UNIXのブラウザでフレームが切れるものが存在しなかったんです。

井上 まだ、モザイクだったとか、そんなところじゃないかなあ。

西尾 そうですね。そういう状況下でとにかくフレームなしのブラウザでも見られるようにしろという注文メールがたくさんきてましたから、両方でやらざるをえなかったんです。


「きょうの対談のために、全部読み直したんですよ。ケーブルを引いていても丸1日かかりました。」
黒田 最初のころは、トップページから小説に飛んでゆくと、必ず(最終電車の出発時刻である)23時56分から始まった。あれも重くて、時間を進めるだけですごくいらいらしました。

西尾 痛いとこ突かれたなと思ったんですが、あれは黒田さんが意見してくださったんですね。

黒田 そうかもしれません。

井上 最新のページに飛べるようにしてくれという要望が、最初のうちかなりあったんだよ。

西尾 ありました。いま、その機能が生まれ変わって、あの時計のインターフェイスになっているわけですが、あれも最初はみなさんわけがわからなかった。

井上 あの時計が重いんだよ。文字が少しずつ出てくるんだ、文字盤が。

西尾 環境によっては、パソコンがあきらめちゃって、最後まで出ないこともあるんですよね(苦笑)。

井上 だから、僕なんか、原稿を書く段になると、サイトへ行って読んだ方が早いわけです。ローカルにも入れていないページがあるから。サイトで順繰りに読んでゆくと、やっぱり重いなと思うもの。しかし、こんなふうに1日で全部読める時代になっちゃったんだものなあ。

西尾 まさに、「99人」はインターネットの歴史とともにある作品になりました。

井上 そこまではいかないでしょう(笑)。

西尾 商用インターネットと言った方がいいですかね。

井上 そうか、そうか。そうですよね。

編集 「インターネット・フォーカス」がネット上に公開されたのが、「99人」の1年半後くらいですが、月刊で200万ページビューくらいは記録した。この時期でもまだコンテンツが少なかったということですね。

井上 だから、始めたとたんにほとんどのパソコン雑誌から引き合いがあって、あっちこっちに出されちゃった。インタビューに答えていて、だんだんやばいなと思ったのは、どこでも同じことを繰り返して喋っているわけですよ。言うことなんてそんなにあるわけじゃないし、この先どうなるかってことも、僕自身よくわからないような感じでしたから。

西尾 作品完結の見込みについては、非常に景気のいい発言をなさって……。

井上 もう、うそばっかり言ってるね(笑)。だって、一番最初、西尾くんと始めたときは、半年という……。

黒田 最初のころは、週ごとに1分ずつ景気良く進んでいたじゃないですか(笑)。

井上 だから半年で完結ということでやっていたのが、1年になり、2年になり、3年になり、もう数えるのもいやだという状況になった。

西尾 連載開始のときに生まれた子供が小学校に上がってしまうんだから、たいへんなことですよ(笑)。

井上 あ、そうか。

黒田 『パワー・オフ』(96年7月集英社刊)の著者紹介のところに、「99人の最終電車」はこの秋に完結予定とかなんとか書いてあったんですよ。あれは、最初から信じていなかったですから。この調子でいくと、それは絶対無理だと思った(笑)。

西尾 さすが、ファンの方はわかってらっしゃる(笑)。

井上 この前、黒田くんに文庫本(岡嶋二人『コンピュータの熱い罠』講談社文庫)の解説をお願いしたんですが、そこで「岡嶋二人」の名前で検索をかけると2000件以上ヒットするとかいうことを書かれていた。自分の名前で検索するというのはしばらくやっていなかったから、ほんまかいな、と試したらやっぱりけっこうヒットした。そのなかに、「99人」というのが相当あって、そこを覗いてみたら「まだ続いている」とか「いまだに完結していない」とかね、書いてある(笑)。

編集 前に黒田さんのホームページを探したときに、まず「くろけん」「クロケン」と検索をかけて、さらに「99人」で絞り込んだら、ページが見つかった。あったあった、これだって。なかを見てすごいなと感じたのは、「99人」に登場するキャラクター紹介でしたね。

井上 キャラクターのランキングまでやっていただいて、どうもいろいろお世話になりましてありがとうございました(笑)。

黒田 いえいえ。

西尾 おかげさまで、私(「西尾琢郎(仮名)」)も人気キャラにしていただきまして(笑)。

井上 あのランキングは労作だものね。

編集 われわれもキャラクター紹介には助けられました。途中から読み始めた人から、サブテキストはないのかって聞かれるんです。

西尾 読み手の方もそうだと思いますし、先ほどの新しい時間に飛ぶというのもそうですけれど、僕の勝手な意識としては、読み手と一緒に「99人」をつくってきたような感覚はあるんですよ、ほんとうに。

井上 いや、ほんとうに読者と一緒につくっているんだから。前からけっこう指摘があったのは、自分がどこにいるのかわからない、読んでいる人物がどのボタンなのかわからない、ということでしたね。

西尾 以前と違って、きょうびのブラウザはポップアップするので、Altテキストをいれておけばキャラクター名は出せるんです。ただそれだけだと、結局はマウスオーバーさせないといけないことには違いないので、あまり根本的な解決にはなっていないんですよ。

井上 完成したらROMをつくるわけだけど、ポイントするとあのキャラクター・アイコンが出てくるとかいう、そういう方がいいかもしれない。キャラクタープラス名前とかね。あ、でも、名前が出ちゃいけないところもあるんだ。

西尾 そうなんですよ。あの作品は縛りがひじょうに強いので……。

井上 そう、あのね、名前出しちゃいけないところがあるんですよ。だから、ページの下回りにリンクを張るときに、たとえば「ベンチの男」だとか「クーラーバッグの男」とか、その文中から拾ってきた言葉を使ってもらっているわけです。そこにいる女性とか、単なる男とか。知らない人間の名前をそこに書いてはいないんです。 さらに複雑にしているのは、勝手にこいつはだれだれだと思いこんで乗っているやつがいるんですよ。だから、そこにちゃんとした名前を書くわけにはいかない。


「読み手と一緒に『99人』をつくってきたような感覚はあるんですよ、ほんとうに。」
西尾 これに関する書き込みが「読者談話室」に載るたびに、ぼくはニンマリしてるんですよ。

井上 そうそう、やったやったって。引っかかった、引っかかったって。あの手のもので一番楽しかったのは、予言者ね。彼は人の心が読めるという設定なんだけど、実際は全部外れているんだよ。でも、それは彼のなかでは完結しているから、彼のなかではちゃんと人の心を読んでいることになる。

西尾 まったく矛盾していないんですよね。

井上 でもリンクで飛んで行くと、なんだ全然違うじゃないか、と。

西尾 でもそういう文脈で書かれていたとんでもない評論がありましたね。純文学の雑誌で、何でしたっけ。たしか『メドゥサ、鏡をごらん』(初出誌「小説推理」95年10月号~96年6月号、97年2月双葉社刊、現・講談社ノベルス)が話題になっていた時期だったんですよ。何か破滅系というか、そういう文脈で「99人」までかち割ろうという、とんでもない評論があって、苦笑いさせられました。

井上 僕の小説の主人公って、いい目に遭わないんだ、大体において。もうグチャグチャにされちゃう。雰囲気としてはハッピーに終わった小説でも、ほんとうはそいつの人生はグチャグチャなんですよ。たぶん僕はネクラなの。

編集 そう言われると、ハッピーな感じの人は少ないですね。

井上 他人が書いたものなら割とハッピー、ハッピーした小説が好きなんですよ。だけど、自分で書くとどういうわけかなんだか……。たぶん、前世が……(笑)。

編集 井上ファンの黒田さんとしては、どの辺に引きつけられたんですか。

黒田 そういう部分です。どよーんとしたところ。だから、たとえば『ダレカガナカニイル…』とかは、もう僕の生涯ベスト作品なんですけれど。

井上 ありがとうございます。あれは新潮社なんです(笑)。

黒田 あ、そうですよね。タイミングよかった(笑)。あの作品でも作中人物になり切って読んでると、最後はめちゃくちゃ、要するに主人公はボロボロじゃないですか。

井上 もうボロボロで救いようがないよね。

黒田 あれ読んで、ほんとうに3日くらい引きずったんですよ。もうちょっと心が弱かったら、たぶん自殺とか考えたんじゃないかというくらい。作中の女の子とかにもけっこう好感持っていたから、わあ、もうドーンと落ちたんです。

井上 作家仲間からもしょっちゅう言われる。もうちょっと救いのある話を書けって(笑)。

黒田 でも逆にそういうところがのちのちは何か残ります。楽しいですよ。

井上 残ってくれるんだったらいいんだけど、読者の感想にはもうこういうのを読むのは二度といやだというニュアンスのものもあるから(笑)。

西尾 作品とは違いますが、黒田さんが「99人」の読者投稿に応募されたときは、井上さんからかなり厳しいアドバイスもあったでしょうが、いかがでしたか。

井上 手直しの参考にしてもらおうと思って、メールを出したんですよね。 何を書いたかほとんど忘れているんですけれども(笑)、たぶんすごく失礼なことを言ったと思います。

黒田 いろいろ欠点を指摘していただいて、十分いまの欠点を納得してくださって書き直してくれたなら載せてあげましょう、でも、自分がこれでもういいと思うのなら、今回の話はなかったことにしましょう、こういうような内容だったんですけれども。

井上 そんなこと書いた? 偉そうだなあ。すみません(笑)。

黒田 僕自身は、そういうもんなんだと思った、というか、あのとき自分の文章を初めて人に読んでもらって、なんて独りよがりだったんだろうと気がついたんです。いままで文章を見てもらったりとか、文芸サークルに入ったりということがなかったものですから。

西尾 いいチャンスになったんですね。

黒田 そうです。『コンピュータの熱い罠』の解説にも書いたとおり、井上さんのアドバイスがなかったら作家になることもできなかったと思います。

井上 生かしていただければ、こちらもうれしいけど。その後ずっと恨まれているとか(笑)。

黒田 ちょうど会社を辞めるときとピッタリ重なってるんです。だから、キャラクターへの応募は何かちょうどいい転機になりました。

井上 あの時の応募原稿にはすごいのがあったものね。

西尾 ありました、月が見えちゃうというのとか(笑)。

井上 地下鉄に乗っているのに、見上げて星空を眺めちゃったりする人がいるから。

黒田 そういえば、あのときに僕を選んでくれた理由というのが、決して僕の作品がよかったからではなくて、全体のレベルが低かったからだとか、メールに書いてあったような……。

井上 いえ、もちろん、よかったんですよ。だから選んだ。よかったんだけれど……ええと、何書いたんだろう。当時のメール引っ張り出さないと。

編集 応募数は多かったんですか。

西尾 いえ、数は少なかった。すでにできあがっている話のなかに新しい人物を入れ込まなきゃならないから、難しいんですよ。みなさん、ひじょうに苦しまれて。

井上 黒田くんの場合は、そのころから小説を書こうという意志があったから、レベルは他の人たちと全然違っていたんですよ。はがき一枚書くにも苦労するってタイプの人が応募していたり、もう小説以前にちょっと日本語を覚えたらどうか、そういうレベルのものもけっこうあって、これはやばいと思いました。だから、黒田くんの応募作があって、救われたの、実際。

西尾 極端な話、入選作というか、該当作なしにしようかということですね。締切を延長して、がんばって書いていただいてということがあったんですけれど、延長しなかったら、ほんとうに載せる作品がなかったんです。

編集 黒田さんのはペアで登場するんですね、「水口徹也」と「佐山美智子」。

西尾 それが黒田さんの工夫のポイントなんですよ。

編集 1人じゃ、関係性をつくるのが大変ですものね。

西尾 何しろ周りの人とは会話が成り立たないわけですから。

井上 ああいうアイディアも黒田くんだけだった。あのアイディアこそ、言ってみれば「99人」に合っているわけです。じつに喜ぶべきか悲しむべきか、そういうものを持ってきたのが彼だけだった。

編集 私たちは、井上さんから何度か叱られたことがあります。年輩の男性と若い女性の会話の場面なんですが、ある言葉が、一方は漢字で理解しているけれど、若い方はカタカナにしか聞こえない。校閲者からの指摘があって、それを機械的にそのまま井上さんに伝えて、ずいぶんと怒られました。計算してやってるんだ! って。

井上 語句を統一しなくていいか、という指摘ですね。あれはたしか、明治時代から来ている人物(「日下部敏郎」)と現代人(「浜子に似た女」、本名は「榎本ひとみ」)が会話するというものを考えたときに、明治の人は自分が生きていた時代の言葉を使うのが当然だと考えて、そういうルールを自分に課したんです。

編集 「99人」のなかには、そういう掛け合いの妙が巧みに取り入れてありますね。

西尾 読者からの公募の前に、プロの方にいただいた追加キャラクターでも、ほんとうに苦労して書かれておられるのが実状なんです。

井上 我孫子武丸くんの「松戸征夫」と岬兄悟さんの「大滝旬太」だったね。

編集 会話って、難しいですね。黒田さんは、最初からセットで応募されたんですか。

井上 あれはセットじゃなくちゃ意味がないんです。男が女に、女が男に、という人間の入れ替わりですから。思い出したけれど、僕がケチをつけたのは「これは女じゃない」ということだったよね。

黒田 そういう指摘がありました。朝起きたときに自分の体が女になっているのを見た男が、こんなリアクションはしないだろう、とか。

井上 「キャー」とかは言わないだろうと。

編集 たしかに奇妙な話だったから記憶に残っているんですけれど、ゲストキャラだとはまったく気づきませんでした。井上さんが書かれている他の多くのキャラクターと比べても、ありうるなという感じで、違和感なくきれいに入っていたんですね。

黒田 けっこう苦労したのは、一人称と三人称の使い分けですね。どう使い分ければいいのかが分からないんですよ。井上さんの描いている「99人」は、一応、三人称で書かれているでしょう。三人称なんだけれども、地の文に一人称を使ったところがポコポコ入ってくる。だから、やはりそういうスタイルにしなきゃいけないと思ったけれど、それが難しくてすごく苦労したのは覚えています。

井上 あれは文章のリズムをつくるためにやっているんですね。心理的に強まったときは地の文もずっと一人称で押して書いていく。それで、たとえばアナウンスがあったときに、ポンと離れて、外側から見るという格好で三人称に変える。一人称と三人称をごっちゃに入れるというのは、普通の小説ではやらない手法なんですよ。だけど、普通の本でページを繰って読んでゆくのと、ディスプレイで読んでもらうのとでは、読者の腰の落ち着き方が違うと思ったから、ちょっと腰が浮いてた方がいいなと、この手法で書いているんです。

黒田 読んでいて全然違和感はないんですけれども、実際にまねしようとしても、あの書き方というのはできないんです。

井上 僕も、一応考えて書いてるんですよ(笑)。

編集 黒田さんのいまのお話は、応募された方ならではのいいご指摘ですね。

西尾 そもそもそういうレベルで考えてくださった方は、他には皆無だったということです。先ほど、「99人」への応募が転機になったというお話がありましたが、その後どうやって作家への道を歩まれたのですか。

井上 応募してくれたときというのは、もう作家を志してからどのくらい経っていたの。

黒田 志したのは大学に入ったころなんで、ずいぶんと経ってますね。乗客の公募は連載開始の年から半年後くらいで、ちょうどそのころはいろいろあって会社を辞めたのと、応募作品を見てもらえた、褒めてもらえたこと、それに別に応募していた「小説推理」の新人賞に2年連続で最終候補に残ったこととかもあって。それで、ひょっとしたら作家になれるんじゃないかと。

井上 双葉社の「小説推理」に知り合いの女性編集者がいて、彼女が「くろけん? ああ、知ってる」って言ってましたね(笑)。

黒田 その方は以前、井上さんの『プラスティック』(94年5月双葉社刊)の担当をされてて、そういうこともあって知り合いになれたこともあったし、光文社の短編集『本格推理』(『本格推理8~悪夢の創造者たち/鮎川哲也・編』96年9月光文社文庫)にも一編採用してもらった。そういうことが、たまたまその年に全部重なって、もしかしたらプロになれるんじゃないかと思ってしまって。同じころ「メフィスト」(講談社)に投稿しはじめて、1人の編集者の方に一緒にがんばってやりましょう、と励まされました。それから4、5年かかったんですが去年の6月に『ウェディング・ドレス』(講談社ノベルス)で単行本デビューできました。

井上 「デビューします」というメールいただいたでしょう。「おっ、やったな、くろけん」と思いましたよ。さっそく、「メフィスト」の編集者に「おれ、くろけん知ってるんだよ」って電話をかけた。

黒田 その編集者の方も途中から応援してくださるようになって、それが大きかった。編集部のなかでは「こんなのダメだよ」という厳しい意見も多かったですけど(笑)。

井上 だけど、あとでまずかったのかなと思ったのは、僕が掲示板に「99人の最終電車」出身作家と書いたことですね。これはもしかしたら、マリリン・モンローの隠された写真みたいな、過去の汚点かもしれないなと(笑)。

西尾 名だたるゲスト作家の方たちと並んで、ましてや井上さんの作品上に 書いてらっしゃるわけですから、そんなことはないでしょ(笑)。

編集 連載から作家が生まれるなんて珍しいというか、ないと思いますよ。

西尾 すごいですよね。

井上 ちょっとそこら辺は、僕もうれしいというか、自分の作品に関わった人がプロになってデビューするというのは、これはいいなというか、しめしめと(笑)。


【モザイク:Mosaic】1993年に米国イリノイ大学の学生たちが開発した、画像表示を可能にしたWWW閲覧プログラム。まずUNIXワークステーション版、ついでウィンドウズ、マック用の各バージョンを作成。無料で公開したため、インターネット人口が爆発的に増加した。現在広く使われているネットスケープ、エクスプローラ等、WWWブラウザの原型。




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