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「あれぇ?」
瞬間移動をしてきたかのように車両内に突然出現した大滝旬太は、細い
目をパチパチとしばたたいた。
袖も裾も長すぎる熊の顔のプリント模様のだぶだぶのパジャマを着た五
歳の幼稚園児だった。
左手に自分のベッドで眠るときにいつも抱きしめている象のぬいぐるみ
をしっかり抱えていた。
髪は寝癖でぼさぼさ、瞼は腫れぼったく、ぼうっとした表情をしていた。
普通の五歳児よりもかなり背が低いし、ひ弱そうに痩せている。
パジャマのズボンの長い裾から出た足は裸足だった。
「おっかしいなぁ……」
ついいままでいっしょに児童公園で遊んでくれていたシルバーロボが、
「坊主さらばだ。オシッコはちゃんとトイレでするんだぞ」
そう言ってシュワッチ! と夜空に飛んでいってしまったと思ったら、
いつのまにか旬太は地下鉄の車両内にいるではないか。
旬太は自分がいる場所がまだよくわかっていなかった。
電車の中だということは旬太にもわかる。でもこれは普通の電車じゃな
いようだ。窓の外がすごく暗いし、走る音もうるさい……。
そして、旬太は理解した。
ああ、そうか。ここは地下鉄の電車の中なんだな。この間の日曜日、お
父さんとシルバーロボの映画を渋谷の映画館へ見に行くときに初めて乗っ
た、地下を走る電車、地下鉄なんだ。
そう大滝旬太は理解したのだった。
でもなんでぼくはこんなところにいるんだろう?……。
そのとき、旬太の下腹部がキュンとした。
旬太はオシッコがしたくなっていたのだ。
旬太が、
「ぼくオシッコがしたくなってきたよ」
とシルバーロボに訴えると、シルバーロボは、
「じゃあ、きちんと目を覚ましてトイレにいきなさい。君はもう五歳にな
るんだから、夜中でも一人で起きて、一人でトイレにいってオシッコをし
なければならないぞ。また明日君が眠ったら遊んであげるよ」
そう言って、カラータイマーをピコピコ点滅させて飛んでいってしまっ
たのだ。
そうなのだ。じつは旬太は夢を見ていたのだ。
シルバーロボが去っていってしまったのだから、早く目を覚ましてトイ
レにいかなければならないのだが、なぜかふいに夢の場面が変わって、旬
太は地下鉄の車両内にいる夢を見始めてしまっていたのである。
旬太にとっては夢であったが、しかし旬太が出現した地下鉄は現実だっ
た。
乗客たちは誰一人として車両内に突然出現した旬太に気づいていなかっ
た。
それもそのはずである。
旬太の姿は抱えている象のぬいぐるみも含めて、なんと半透明に透き通
っていたのだから……。
大滝旬太の肉体は、家の二階の自分の部屋のベッドで、象のぬいぐるみ
をぎゅっと抱きしめてぐっすり眠っている最中だったのだ。
旬太は、夢の世界から幽体となって出現してきた目に見えない幽体だっ
たのだ。
シルバーロボと遊んでいるときは完全に夢の世界にいたのだが、なぜか
旬太は目覚めることができずに、現実世界の地下鉄の最終電車の車両内に
幽体となって出現してしまったのである。
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