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 24:07 虎ノ門駅
 鳥塚弥生
(とりつか やよい)


     あれ……?

 弥生は、ふと足を止めた。
 ホームの前方。その最前部のあたりに、一組のカップルが向かい合って立っていた。女のほうはこちらに背を向けているが、男の顔ははっきりと見て取れた。

 松尾さんじゃないの。

 まあ、どうなってるんだろう、と弥生はつい、クスッと笑った。
 あの松尾さんが女性と?
 これは、明日第3次世界大戦が起こったっておかしくないわ。あの松尾さんが、女性と?

 いけないな、と思いながら、弥生は2人のいるほうへ足を進めた。
 今日は、馬鹿な客ばかりでいい加減うんざりした。
「頼むよ、1本でいいから」
 あの客はしつこく弥生の陰毛をほしがった。あまりのしつこさに、マモルちゃんに一本頂戴といって、それをティッシュに包んでくれてやった。あのバカは、大喜びして、なんとその場でマモルちゃんのケを口に含んだのだ。

 しかし……と、松尾とその前に立っている女性を眺めながら、弥生は首を傾げた。
 どう考えてもあの松尾さんとつき合おうという女性がいるなんて信じられない。
 そりゃあ、弥生は一度松尾と寝てあげた。あのときは、どうしようもなく落ち込んでいたときだったし、本気で自殺しようと思っていたときだ。どうでもよかった。相手が松尾だという意識はどこにもなかった。
 ところが、驚いたことに、松尾はほとんど童貞としか思えない男だったのだ。彼は感激のあまり、パンツを脱ぐ前に果ててしまった。あんな男がいるとは思わなかった。

 醜男なのはいい。べつにそんなのは気にならない。しかし、ケチなのは最低だ。あの松尾も、部屋を出ていくとき一応財布をとりだした。しかし、その財布から引っぱり出したのは千円札一枚だけだったのだ。
 バカにするな、と言って部屋から放り出した。

 弥生は、松尾たちから数メートルの距離で立ち止まった。
 吹き出したくなるほど、松尾は真剣な顔をしていた。そして、彼の前に立った女性の口から、信じられないような言葉が発せられるのを、弥生の耳は聞いた。

「私、松尾さんが大好きですから」

 うそ……と、弥生は思った。
 大好き? 大嫌いの言い間違えじゃないの?

 ところが、松尾は、以前弥生も目撃したことのあるあの大感激の表情で女性を見つめている。
 いったい、どんな女なの?
 急激に興味がわいた。松尾に「大好き」と言う女の顔を拝んでみたくなった。

 不意に、松尾の目が弥生に気づいた。
 弥生は、その松尾に微笑んでみせた。同時に女がくるりとこちらを振り返った。

「…………」

 びっくりした。
 美人だったのだ。それもとびきりの美人だった。
 しかし……その彼女の眼が奇妙な光を持っているのに、弥生は気づいた。

「こんばんは。お久しぶりですね」
 えい、という気持ちで、弥生は2人のほうへ進んだ。
「このごろお見えにならないから、松尾さん、どうしたのかなって思ってたのよ」
 そしておもむろに、松尾のお相手へ目を向けた。
「ごめんなさい」
 と挨拶すると、彼女は小さくお辞儀を返してきた。

「いや、最近は接待もあまりないので――」
 邪魔だから消えろと言われるかと思ったが、なんと松尾はそう言い訳した。
「この方、松尾さんの彼女? 隅に置けないんだから」
 訊きながら女と松尾を見比べる。
「え、いや、その……」
 困ったように、松尾は口ごもった。

 なんだかへんだ、と弥生は思った。
 さっき、この女は「松尾さんが大好きですから」と言っていた。
 しかし、彼女の眼には、好きな男に愛を告白したばかりの高揚がどこにもない。聞いた言葉の調子と、眼の光がまるで違う。

 なにか、きな臭い……。
 弥生は、理由もなく、そう直感した。
 そこで松尾に言ってみた。

「紹介していただけない?」


 
    松尾さん 彼の前に
立った
女性

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