『解説』 ―― 二上洋一  
 
 
 この作品が、「5WIH殺人事件」のタイトルで、双葉ノベルスの一巻とし
て出版された昭和六十年は、日本の推理小説界にとって、実り多い年であった。
 岡嶋二人氏は、本作品の他は「チョコレートゲーム」「とってもカルディア
ビッグゲーム」「ちょつと探偵してみませんか」などを上梓し旺盛な筆力を
示していたし、宗田理氏の「ぼくらの七日間戦争」、小松左京氏の「首都消失」、
草野唯雄氏の「消えた郵便配達人」、小杉健治氏の「陰の判決」、夏樹静子氏
の「Mの悲劇」、東野圭吾氏の「放課後」志水辰夫氏の「背いて故郷」、赤瀬
川隼氏の「潮もかなひぬ」など、いろいろのジャンルの力作、話題作が世に出
た年であった。
 事実、岡嶋二人氏の「チョコレートゲーム」、志水辰夫氏の「背いて故郷」
は、翌六十一年度、第三十九回の日本推理作家協会賞・長篇部門賞を受賞する。
 しかし、「5WIH殺人事件」として発表されたこの作品も、決してそれに
劣るものではなかった。
 WHO(だれが)、WHEN(いつ)、WHERE(どこで)、WHY(な
ぜ)、WHAT(なにを)、HOW(いかに)の六つの要素は、推理小説にと
って必要不可欠の条件である。
 岡嶋二人氏は、六つの章立てを、この六つの要素を置くことで、一篇の本格
推理小説を組み立てたのである。無論、これらの要素は緊密に共鳴し合い、緻
密に絡まり合わなけれは、秀れた小説にならないのは自明である。岡嶋二人氏
は、この難事を見事にやりとげたのであった。私が、「チョコレートゲーム
にも、決して引けを取らないと断言した理由は、ここにある。
 岡嶋二人氏の小説技術の巧さは、すでに定評のあるところである。
 昭和五十七年、第二十八回の江戸川乱歩賞を受賞した「焦茶色のパステル
は、デビュー作で、早くも、その特徴を、いかんなく示してくれている。
 選評を、いくつか引用してみる。
 生島治郎氏は、〈「焦茶色のパステル」は新人らしからぬ見事な作品である。
ストーリィの展開の仕方と言い、伏線の張り方と言い、申し分がない。
 私はこの作品こそ乱歩賞にふさわしい作品だと思った。他の詮衡委員から、
あまりにも手なれすぎているという意見もでたが、この作者は自分の世界をち
ゃんと持っていて、その世界はこの作者独自のものであり、既成作家の世界の
どれにも似ていない。そういう意味での新人らしからぬ味は大いにけっこうで
ある。今後の活躍が楽しみな新人である〉と書く。
 また、西村京大郎氏は〈「焦茶色のパステル」は、もっとも安定していた。
文章も読みやすく、サラブレッドの血統を問題にしたストーリィも面白い。ハ
イミスと中年の人妻(夫を殺されて、すぐ未亡人になってしまうのだが)二人
が探偵役というのも、変っていて、楽しかった。二人のお喋りが楽しいのであ
る。トリックもあり、意外などんでん返しあり、活劇場面もありで、うまく出
来すぎているのが、難といえば難であるが、とにかく、この人は書ける人であ
る〉と書いている。
 小説が巧すぎて、決して悪いことはない。推理小説においても、それは例外
ではない。
 岡嶋二人氏の特徴は、「焦茶色のパステル」で、既に、明示されていたので
あったが、以後それが一層磨き上げられた形で作品化されたのであった。
"5WIH"という、いわば推理小説の基本項ともいうべき要素を各章の見出し
にし、一篇の推理小説を構成した「解決まではあと6人」は、従って岡嶋二人、
氏の意欲の表明であると同時に、それを可能にした才能の証明でもある。
 昭和五十八年に上梓した「七年目の脅迫状」で著者の言葉に、岡嶋二人氏は、
こう書いた。
〈どうも「謎」というやつには、麻薬のような作用があるらしい。この妖しい
魅力に取り憑かれたら、脳味噌をすべて摘出してしまわない限り、逃れること
など到底できやしない。そのいい例が私である。謎を見せられているだけでは
飽き足らなくなって、とうとう自家製造するようなことにまでなってしまった、
私は、いま密かに、この「謎中毒」を、あなたにも伝染させようと企んでいる
のである〉と。
 謎中毒大いに結構、それこそ推理小説の魅力であり醍醐味ではないか!!
 そして、その謎を構成するのが、WHO、WHEN、WHERE、WHY、
WHAT、HOWの六つの要素なのである。謎中毒になるような魅惑的な謎が、
軽妙な会話や読みやすい文章や、さりげない伏線や、魅力的なトリックとして
随所に嵌められ、素晴しい作品になる。それが岡嶋作品の魅力なのであった。
 ところで、岡嶋二人氏のデビューは、「焦茶色のパステル」が江戸川乱歩賞
を受賞した昭和五十七年である。
 これも有名なことだが、岡嶋二人は二人合作のペンネームであり、"おかし
なふたり"をもじったものだといわれている。一人は、昭和十八年生まれの徳
山諄一氏、そしてもう一人は昭和二十五年生まれの井上泉氏で、どちらも東京
都出身である。
 徳山氏は法政大学中退、井上氏は多摩芸術学園中退、それからいろいろの職
を転々とし、二人が結びつき、作家としての道を歩み始めたのであった。
 二人合作といえば、すぐに、エラリー・クイーンやボワローとナルスジャッ
クが例に出されるが、今更らしく書くこともあるまい。ただ、岡嶋二人氏の作
品の幅が広いのは、二人合作であることと、いろいろな転業を経験したことと
無縁ではないかもしれない。
 ディック・フランシス風の競馬ミステリー「焦茶色のパステル」でデビュー
した岡嶋二人氏は、昭和五十八年には、八百長レースを強いる脅迫状にからみ
二億円のサラブレッドが殺された「七年目の脅迫状」、三億二千万円のサラブ
レッドが盗まれ、二億円の身代金を思いがけない見事な方法で奪う「あした天
気にしておくれ
」を世に出した。
 翌五十九年には世界ジュニア・ウエルター級タイトルマッチの二日前オイ、
が誘拐され、チャンピオンをノックアウトで倒せの脅迫状が届き、高まるサス
ペンスを描いた「タイトルマッチ」、新人歌手が誘拐され、一億円の身代金が
要求される「どんなに上手に隠れても」、短篇集「開けっぱなしの密室」が出
版された。
 昭和六十年から六十三年にかけては、たとえば、野球を素材に「ビッグゲー
」「殺人!ザ・東京ドーム」、ボクシングを扱った「ダブル・ダウン」、コ
ンピュータをテーマに「コンピュータの熱い罠」「99%の誘拐」、核シェルタ
ーの中に閉じこめられた男女を描く「そして扉が閉ざされた」、サスペンス・
ミステリーの「殺人志願者」、密室の中に死体だけが残り、犯人と凶器と身代
金が消えた「七日間の身代金」、二日間の空白を追う「珊瑚色ラプソディ」、
そして推理ゲーム形式の「ちょっと探偵してみませんか」まで、質量共に充実
したラインナップが並んでいる。
 岡嶋二人氏は、今、最も注目される作家であることは論を俟たない。
「解決まではあと6人」は、その岡嶋二人氏の特質を、最も良い形で示した代
表的な作品である。それは、一読してみれば、自明なことであろう。
 蛇足でつけ加えるならは、私は、お遊びで年賀状に前年度の推理小説ベスト
10を書くのが恒例である。勿論、私の好みが色濃いリストになるのだが、昭和
六十年は、「5WIH殺人事件」がトップであった。その意味では私の大好き
な作品といってよい。