『解説』 ―― 穂井田直美(コンピュータ・サロン勤務)  
 
 
 岡嶋二人を一言で表現するなら、多彩な推理作家としかいいようがない。
 本格ものからサスペンスものまで、シリアスな作品があれば、ユーモラスな
作品もある。扱っている題材も多様である。競馬界や野球界を舞台にした作品
があれば、新興住宅地での日常的な生活の中にひそんでいた犯罪もある。
 そのような岡嶋作品の特色の一つに、コンピュータとの関わり合いがある。
しかも多彩な作家にふさわしく、さまざまな角度からコンピュータと取り組み、
読者を楽しませてくれている。たとえば、ミステリー・ゲーム・ブックともい
える実験作『ツァラトゥストラの翼』(講談社)、ハイテク機器を駆使して完
全犯罪の可能性を追求した『99%の誘拐』(徳間書店)、SFを越えたトリッ
キーなミステリーである『クラインの壺』(新潮社)など、コンピュータを材
料にしたミステリーの調理法は多様である。そして、『コンピュータの熱い罠』
は、コンピュータを中心とした情報化社会が抱えている問題をテーマにし、社
会派的な味つけをした作品である。
 
 大手企業グループの系列下にある結婚相談所に、ある日、失踪した兄嫁に関
するデータを見せてほしいと、中年の女性がやってくる。そのとき応対に出た
夏村絵里子は、その女性が路上で刺殺されたために、結婚相談所の登録者のデ
ータに疑問を持ち、思わぬ事件に巻き込まれる。意外な展開を見せるストーリ
ーは、読んでいただければ充分に堪能してもらえると思うが、ここでは特に興
味を惹いた二点について述べたい。
 
 まず、コンピュータが持っている危険性について、警鐘している点である。
気がつかないうちにプライバシーが侵害されているかもしれないという問題提
起がされているのだが、作品の軽快な流れを乱すことなくなされている。その
点が素晴らしい。なぜなら、情報化社会の抱えている問題点が、未消化なまま
直接的な表現で書かれているために、その部分が浮き上がっているのを残念に
感じた作品が少なくないからだ。
 絵里子は、結婚相談所のシステムの中に異常な部分を見つける。『トロイの
木馬』と呼ばれるコンピュータ犯罪の手口の一つである。上からの命令で、そ
のプログラムを忍びこませたと告白する人物の言葉を借りて、作者は情報化社
会が抱えている問題を伝えている。結婚相談所に会員登録してある絵里子の恋
人の市川輝雄のデータは、彼が自分で記入したデータ以上のものが集められて
いた。グループ内にあるコンピュータから、彼に関するデーダがひそかに集め
られていたからだった。
「情報をどれだけ多く集め、どれだけ効率のいい形にして蓄え、要求されるさ
まざまな用途に供給できるか。それが求められている……情報を持っていない
企業は生き残れないからだ。……特に、個人情報の入手にはどこでも力を入れ
ている」
 ここで、作者は新たな段階に進んだコンピュータ犯罪を描いている。その行
為は、ハッカーと呼ばれるコンピュータ・マニアの個人的な犯罪を越え、企業
犯罪になりうる危険性をはらんでいる。事実、情報をビジネスの武器として積
極的・能動的に活用していこうという動きは、戦略的情報システムと呼ばれ、
現在、最も注目を集めているコンピュータ活用技術の一つになっている。しか
も、会社のためという名目はサラリーマンにとって陥りやすい哀しい罠でもあ
る。そこに、コンピュータに関する作者の地についた深い見識力をみることが
できる。
 
 第二点は主人公の夏村絵里子の生きる姿勢である。
 岡嶋二人の描く女性は、いきいきとしていて魅力的であることは定評のある
ところだが、絵里子も例外ではない。彼女はどこにでもいそうな、明るい現代
っ子である。システム・エンジニアやプログラマとして働く女佐が増え、OL
がワープロやパソコンを使えるというのが珍しくなくなった今日、普通の女性
であるほうがかえって現実的なような気がする。四年前にカッパ・ノべルスで
読んだときよりは、その意を強くしている。
 コンピュータの絡んだ犯罪に巻き込まれ、命を落としたかもしれないほどの
危険な目に会った後、彼女は以下のように語っている。
「コンピュータというものがほんの少しわかってきたの。というか、今までわ
かっていると思っていたことが間違いだったって気がついたのよ。あたしはコ
ンピュータの技師よ。これからも、そぅいう仕事をしていく。センターは辞め
たけど、自分の仕事を捨てたわけじゃないわ。あたし、コンピュータが大好き」
 絵里子は結婚相談所を辞めたが、コンピュータの仕事を辞めたわけではない。
これこそ、情報化社会での生き方ではないだろうか。
 コンピュータが絡んだ犯罪や問題では、コンピュータは単なる道具にすぎな
く、それを利用している人間に原因がある。コンピュータが普及してゆくにつ
れ、私たちはさまざまな問題に遭遇するだろう。そのようなとき、コンピュー
タが悪いのだと否定的にとらえるよりは、犯罪や問題の原因に目を向けるべき
ではないだろうか。
 ふっきれちゃったと、主人公が新しい生活に向けて歩み始めたところでこの
作品は終わっている。その主人公の姿勢に、情報化社会に対する作者の建設的
な提案を読むことができる。
 最後に、ミステリーの中にコンピュータを取り込む場合、大きなハンディが
あることを書いておきたい。コンピュータ技術は急激に進歩しているために、
小説の中に出てくるコンピュータが陳腐化してしまうことである。コンピュー
タ技術が犯罪の手段として大きな役割をはたしている場合、時がたつにつれ、
そのトリックは古めかしくなり、作品にとってハンディになるだろう。
 しかし、コンピュータが社会に与える影響や問題を扱う場合、主役は人間で
あるために、テーマが古くなることはない。事実、一九八九年十二月に発表さ
れた総理府の調査によれば、約六割の人がプライバシー侵害が増加していると
感じている。四年前の調査と比べれば約二割の増加になる。
『コンピュータの熱い罠』が警鐘として描いている罠は、これからもホットで
あり続けるだろう。