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「僕は失われてしまった少女に恋をし、死んでしまった少年に嫉妬する」

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海辺のカフカ〔下〕

村上春樹/著

810円(税込)

本の仕様

発売日:2005/03/01

読み仮名 ウミベノカフカ2
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-100155-5
C-CODE 0193
整理番号 む-5-25
ジャンル 文芸作品
定価 810円

四国の図書館に着いたカフカ少年が出会ったのは、30年前のヒットソング、夏の海辺の少年の絵、15歳の美しい少女――。一方、猫と交流ができる老人ナカタさんも、ホシノ青年に助けられながら旅を続ける。〈入り口の石〉を見つけだし、世界と世界が結びあわされるはずの場所を探すために。謎のキーワードが二人を導く闇の世界に出口はあるのか? 海外でも高い評価を受ける傑作長篇小説。

著者プロフィール

村上春樹 ムラカミ・ハルキ

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』などの短編小説集、エッセイ集、紀行文、翻訳書など著書多数。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞、 2016年アンデルセン文学賞を受賞。

書評

世界水準としてのHaruki Murakami

新元良一

 海外で活躍する、あるいは認められる人間を呼ぶ時、日本人はその名の前に「世界の」という言葉を置きたがる。
 では、村上春樹はどうか。90年代初頭、アメリカの数ある文芸出版の中でもトップクラスに位置する、クノップフ社から英訳が刊行されるようになって以来、着実にムラカミ・ファンは増加傾向にある。過去、有名作家の小説を世に送り続けた雑誌「ニューヨーカー」では、自作の短編がしばしば掲載され、英訳の最新刊『海辺のカフカ』は、ジョン・アップダイクが書評を手がける、と条件が揃えば、「世界のMurakami」と呼んでも差し支えないように思える。しかし、そうした呼び名に、僕は違和感を覚える。日増しに認知度が高まり、アメリカの一般書店の棚に、彼の小説を見かけるのは日常となった今でさえ、いや、今だからこそ、ためらいを感じてしまう。
 その理由を話す前に、村上春樹についての、アメリカ人作家の反応をここで紹介しよう。2000年の春、僕はテキサス州オースティンに住む、ティム・オブライエンを訪ねた。ヴェトナムでの戦争体験に根ざした執筆活動を続けるオブライエンの作品は、その多くが村上自身により翻訳されている。作家が別の作家の小説を手がけることに関し、訳された側のオブライエンに感想を求めると、「うれしい」といった表現を使った。
 ところが、それから2年半の時間を隔てて、状況が変わった。出版されたばかりの『July,July』(これも『世界のすべての七月』のタイトルで、村上訳が出た)のプロモーション目的の朗読会のため、ニューヨークに来ていたオブライエンに、僕はその時、久しぶりに会った。立ち話程度の会話だったが、その数日前に、村上氏が同じようにニューヨークで朗読会を行った旨を伝えると、「翻訳してもらっていることへの御礼を、直接言いたかった」と、オブライエンは残念そうに話した。しかし、彼の態度は、以前とは微妙に違っていた。ひとりの日本人作家が自分の小説を翻訳している事実肯定から、あのハルキ・ムラカミに「訳してもらっている」という態度への変化と、僕は受け止めた。村上担当のクノップフ社の編集者ゲイリー・フィスケットジョンは、「アメリカでのムラカミ人気は、年々高まっている」と語ったが、その傾向と先のオブライエンの態度の変化は、おそらく無関係ではないだろう。
 そのオブライエンとともに、村上春樹が翻訳を手がける現代作家に、グレイス・ペイリーがいる。昨年の9月、99年以来の再会を果たした僕は、同様に、自作の訳者であるハルキ・ムラカミについて、ペイリーに訊ねた。
「彼ほど寛大さ(generosity)を持つ人はいない」
 短い言葉ではあるが、ペイリーの村上への思いが、そこに集約されている。
 作家とは、持ち得る感性、洞察力、言語力などを駆使し、自身の小説執筆に打ち込むものである。にもかかわらず、村上は、ペイリーやオブライエン、そして、レイモンド・カーヴァーと、言わば「他人」の作品を読者に届けようとする。ペイリーが示す寛大さの意味するのは、そうしたことへの深い感謝とともに、村上春樹というひとりの作家に対し、並々ならぬ尊敬の念を抱いている証として捉えていい。敬意を表するのは、翻訳する作家ばかりではない。ラッセル・バンクス、リチャード・フォードといった現代アメリカ文学を代表する人々から、リチャード・パワーズ、ジョナサン・レセム(ブルックリンにある彼の自宅の書棚には、村上作品が何冊か並んでいた)などの中堅の気鋭に至るまで、ここ数年、著名なアメリカ人作家たちと会うと、異口同音に村上への賞賛の言葉が聞かれる。一方、一般読者はと言えば、僕のニューヨークの自宅近くにあるセント・マークス書店という本屋では、マルケスリョサと並び、厳選された海外文学の書棚の定位置で村上の本は見つかる。セレクションの良さでは定評のある本屋だが、ここで書店員に、「ハルキ・ムラカミの本はどこ?」とアメリカ人の客が訊ねる光景を目にしたのは一度や二度ではない。そして、いずれの場合も、取りたてて、海外文学を意識して買い求める風ではなかった。
 作家であれ、一般読者であれ、アメリカ人の多くは、村上春樹の小説に、「日本の」という言葉を冠したエキゾチシズムを求めてはいない。その意味において、「日本の」と対を成す「世界の」を、村上春樹の名前に付けることは、どこか時代遅れの響きさえある。Haruki Murakamiとその小説は、今や文学を愛する者にとって、確固たる共通語になったのである。アメリカでの『海辺のカフカ』の出版後、わずか1ヶ月で3度も増刷がかかる、そんな人気の過熱ぶりの背景には、こうした村上春樹への評価の大きな変化があったのだ。

(にいもと・りょういち 文筆家)
波 2005年3月号より

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