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野火

大岡昇平/著

605円(税込)

発売日:1954/05/04

  • 文庫
  • 電子書籍あり

テレビや教科書では教わらない、戦争の真実がここにある。

敗北が決定的となったフィリッピン戦線で結核に冒され、わずか数本の芋を渡されて本隊を追放された田村一等兵。野火の燃えひろがる原野を彷徨う田村は、極度の飢えに襲われ、自分の血を吸った蛭まで食べたあげく、友軍の屍体に目を向ける……。平凡な一人の中年男の異常な戦争体験をもとにして、彼がなぜ人肉嗜食に踏み切れなかったかをたどる戦争文学の代表的名作である。

  • 受賞
    第3回 読売文学賞 小説賞
  • 映画化
    野火 Fires on the Plain(2022年7月〜アンコール公開)
  • 映画化
    野火(2015年7月公開)

書誌情報

読み仮名 ノビ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-106503-8
C-CODE 0193
整理番号 お-6-3
ジャンル 歴史・時代小説
定価 605円
電子書籍 価格 396円
電子書籍 配信開始日 2013/12/27

書評

人間に潜む暴力性

塚本晋也

 美術学科に在籍していた高校時代、課題の絵を描かずに本ばかり読んでいたので、呆れられたことがあります。読むべきといわれる本は大概この時期に読みましたが、その中で僕の創作の原点となったのはカフカ変身』です。

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 朝起きたら虫になっていた――。僕の監督デビュー作「鉄男」は身体に鉄の種がうまれて、人間が畳の上で鉄になる話で、『変身』そのもの。僕は「鉄男」をゲラゲラ笑いながら作っていたのですが、カフカも『変身』を朗読するときには笑いながら読んでいたらしい。日常に異常が起こるという設定は僕が目指すものです。
 名作はそれなりに読んだと自負していたのですが、大人になるまで取りこぼしていたのが遠藤周作沈黙』でした。ある日、オーディションの電話がかかってきて、誰の映画だと聞くと、マーティン・スコセッシだという。スコセッシ監督はご存命の監督の中で最も尊敬している方で、内容を聞くと『沈黙』だと。すぐさま書店に走り、一気に読みました。
 僕は絶対に踏みます。踏まないなんてあり得ない。踏んで「ごめんなさい。ウソでした」と言います。ですから僕が演じたモキチのような人を演じるには、強い気持ちになれる別のことを見つける必要がありました。僕はどちらかといえばキチジローに近く、共感を覚えます。
 でも、今とは全く違うその時の状況だと、どうだろうか。

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 その時代の生活状況があまりに酷いから、キリスト教に救いを求めていたのでしょう。だとしたら殉教して、短い人生が濃くなる方を選ばないとも限らない。現在の心境では、意地でも生きる道を選びたいですが。
 僕が『沈黙』で一番共感したのは「権力者によって一般市民が酷い目に遭う」ということ。外国との貿易を円滑に進めるために国が布教を許したのに、突如方針が変わり、キリスト教は禁止され、信者に拷問までする。それも嬉々としてやっていたのではないかと疑っています。人間の中には恐ろしい暴力性があり、「上から命令された」などの大義名分があれば、人はいくらでも他者を傷つける。つまり人間の凶暴性が引っ張り出されるのが戦争ではないか……。
 高校時代、とりわけ衝撃を受けたのが、大岡昇平『野火』です。大岡昇平の実体験が元であるにも拘らず非常に俯瞰的な視点で、冷静に、正直に主人公の気持ちが描かれていました。人肉食を含む凶事が淡々と描かれているので非常にわかりやすく、僕自身がまるで戦場にいるかのようにリアルに状況が迫ってきました。
 同時にフィリピンの自然描写が大変美しかった。自然の美しさと人間の醜さ、この対比が素晴らしいと思い、当時8ミリ映画を撮っていたので、いつか自分が映像化したいと思っていたのです。50代になり、お金は全く無かったのですが、今作らなければという危機感があり、映画化する決意をしました。

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 政治的なことはよくわかりませんが、当時、憲法改正の議論があり、その内容が僕には権力者の都合の良い内容に思えました。論理の飛躍は重々承知ですが、この考えで突き進めば戦争になってしまう、と強く感じたのです。
 生きるか死ぬか、戦場という異常な状況にいると人間は獣になる。人を殺さないとか、食わないとか、余裕があればいくらでも口にできますが、戦場で美徳を貫くのは難しい。綺麗事を言う前に、人間の叡智があるのですから、なんとか戦争に近づかないようにしたいというのが僕の作品のテーマです。
 (2023年)11月25日に公開された最新作「ほかげ」は戦後を描いています。僕は戦争はもちろん反対ですし、お客様には戦争はいやだと思って欲しいですが、そういう方向に拳を振り上げて導くようなことはしたくない。戦後も苦しむ姿をご覧になって、「だから武器なんか要らない」とおっしゃる方もいるでしょう。「戦争をしないためにも、武器をしっかりと持たなければならない」と考える方もいらっしゃるでしょう。そこは皆さんに考えて頂きたいのです。
 はっきりと言えるのは、戦争の一線を超えるのは、特別じゃない。普通の一歩で、人間は平気で暴力の世界に足を踏み入れます。
 僕は戦争を二度としないための一石を投じたい。どれほどの効果があるのかはわからないですが、あと一作は作りたいと思っています。

(つかもと・しんや 映画監督/俳優)
波 2023年12月号より

著者プロフィール

大岡昇平

オオオカ・ショウヘイ

(1909-1988)東京生れ。京都帝大仏文科卒。帝国酸素、川崎重工業などに勤務。1944(昭和19)年、召集されてフィリピンのミンドロ島に赴くが、翌年米軍の俘虜となり、レイテ島収容所に送られる。1949年、戦場の経験を書いた『俘虜記』で第1回横光利一賞を受け、これが文学的出発となる。小説家としての活動は多岐にわたり、代表作に『武蔵野夫人』『野火』(読売文学賞)『花影』『レイテ戦記』(毎日芸術大賞)などがある。1971年、芸術院会員に選ばれたが辞退。

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