ホーム > 書籍詳細:萩原朔太郎詩集

萩原朔太郎詩集

萩原朔太郎/著

539円(税込)

発売日:1950/12/12

  • 文庫

孤独と焦燥に悩む青春の心象風景を写し出した第一詩集「月に吠える」をはじめ、孤高の象徴派詩人の代表的詩集から厳選された名編。

書誌情報

読み仮名 ハギワラサクタロウシシュウ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-119701-2
C-CODE 0192
整理番号 は-2-1
ジャンル 詩歌
定価 539円

書評

音楽と文学の幸福な関係

けんご

文学作品にオマージュをささげた音楽画集『幻燈』を発売した大人気アーティスト・ヨルシカ。その大ファンであるけんごさんが、新潮文庫とのコラボレーション作品を解説します!

読書初心者へのおすすめは

 アップテンポな曲調のなかにある喪失感と文学性――ヨルシカの魅力はそこにあります。僕は大学生のときにヨルシカの「ただ君に晴れ」を耳にして衝撃を受けて以来、今では年に何度もライブツアーに足を運ぶほどのファンになりました。
 今回のヨルシカと新潮文庫のコラボレーションは、ヨルシカファンで普段、本をあまり読まない人、反対に、読書家でヨルシカの楽曲を聴いたことがない人、その両方におすすめしたいです。
 まず読書初心者には、楽曲「左右盲」のモチーフになったオスカー・ワイルドの『幸福な王子』を。これは、王子の像が貧しい人たちのために自らを彩る宝石や金箔を分け与えてしまう、というお話。読みやすいけれども、深いメッセージを持った非常に感動的な作品です。
「左右盲」は『今夜、世界からこの恋が消えても』という小説が原作となった映画の主題歌でもあります。これは失われていく恋の記憶をめぐる物語で、「左右盲」の歌詞と結びつくのですが、さらにヨルシカのコンポーザー・n-bunaさんは、「剣の柄からルビーをこの瞳からサファイアを」という『幸福な王子』にオマージュを捧げた歌詞を持ってきます。恋人の記憶を次第に失くしていく様が、宝石や金箔を少しずつ剥がされていく王子の様子に見事に重ね合わされているわけです。僕がヨルシカの魅力として挙げた「喪失感」を体現した曲だと思います。
ブレーメンの音楽師』は、短いグリム童話がたくさん詰まっていて、やはり読み慣れていない方におすすめです。物語と楽曲「ブレーメン」には共通点があります。それは、一見陽気でポップなのですが、実はその底に深い悲しみが流れているところ。
 本作はロバや雄鶏など動物たちが泥棒をやっつけるという痛快な物語ですが、実は彼らはそれぞれに、長年尽くした主人に虐待され家を出てきた、という切ない過去があるのです。
 そのせいか、楽曲も明るいテンポの曲なのに歌詞の所々から苦しみが感じられます。ブレーメンを目指す仲間は四匹なのに、「ずっと二人で暮らそうよ」とか「たった二人だけのマーチ」とか、あえて「二人」というフレーズが用いられているのが印象的で、動物たちが自分を捨てた主人に向けての未練を歌っているのかな、などと深読みしてしまうほど、悲哀が強く感じられました。

書影

対照的な二曲

老人と海』『新編 風の又三郎』は誰もが知る名作文学。この二作をモチーフにしたヨルシカの「老人と海」と「又三郎」は対照的な楽曲で、その違いを楽しむという聴き方ができます。
「又三郎」はボーカルのsuisさんの嵐のように力強い歌声がガツンと耳に入ってきます。それはまるで、田舎の小学校にやってきた転校生、又三郎のよう。彼は小さな村の閉塞感を吹き飛ばすような存在でした。
 反対に「老人と海」は、柔らかな力強さが感じられる曲です。ヘミングウェイの『老人と海』は読みだした途端、命をかけて闘う老人の姿に夢中になりました。満身創痍で帰還した老人を、彼を信頼する少年が労わる、という穏やかな結末と、静謐に終わっていく曲のイメージとが重なります。
 子どもたちの物語にオマージュを捧げた勢いの良い「又三郎」と、老人のしなやかな強靭さを表現する「老人と海」。物語を読んでから曲を聴くと、さらに深くその対比が迫ってくるのではないでしょうか。

理解することだけが読書じゃない

 楽曲「月に吠える」と『萩原朔太郎詩集』、「チノカテ」とジッドの『地の糧』は、読書好きでヨルシカの曲をあまり聴いたことがない、という方におすすめしたいコラボーレーション。
 萩原朔太郎の「月に吠える」を読んで、詩というものは小説以上に行間から様々なイメージが立ち上がるものだと実感しました。怖くて、グロテスクで、幻想的で。n-bunaさんが朔太郎の言葉と言葉の間から湧き出すイメージを、自分の中で咀嚼して吐き出したような楽曲「月に吠える」には、詩の作品世界が鮮やかに表現されています。
「ずっと叶えたかった夢が貴方を縛っていないだろうか?」というサビのフレーズが心にぐさっと刺さって残り続ける楽曲「チノカテ」。この曲がオマージュを捧げているジッドの『地の糧』には、こんなにすごい作品だったのか――と心から驚かされました。
 特に僕が印象に残ったのは以下のフレーズです。「私の一生に満たし得なかったあらゆる欲望、あらゆる力が私の死後まで生き残って私を苦しめはしないかと思うと慄然とする。私の心中で待ち望んでいたものをことごとくこの世で表現した上で、満足して――或いは全く絶望しきって死にたいものだ」。まさに「チノカテ」のサビにも通じる箇所です。
 この本は一見難解ですが、わかろうとして読むものではなく、読者一人ひとりが自らの心に響く言葉を探しながら読むものではないでしょうか。「チノカテ」を聴くことがその一助になります。「理解することだけが読書じゃない」、僕はそう思います。
 ヨルシカの楽曲はたくさんの人に愛されているけれど、n-bunaさんは一貫して、多くの人に向けてではなく自分自身に向けて曲を作り続けているのではないかと想像します。だからこそ、僕を含めて曲を聴いた人間が「これは自分のことだ」と自己の深いところで受容することができるんです。

『地の糧』復刊という文学的事件

 今回のコラボレーションをきっかけに『地の糧』が約四十年ぶりに復刊されたことは、アーティストの影響で過去の名作が読めるようになった、というひとつの事件です。
 文学によって独特の感性を培ったヨルシカが作った音楽が、多くの人が文学に触れる契機を作る。文学と音楽の両方を愛しているヨルシカだからこそ、その架け橋になることができるのです。こうしたことは今後も起きるはず。音楽と文学というのは意外に相性がいいと僕は思います。
 僕がTikTokで小説を紹介し、それが嬉しいことに特に若い世代が本を手に取るきっかけになっているように、文学というのは決して閉じたジャンルではなく、音楽や映像、SNSといった他の領域にも開かれ、さらに拡がっていく可能性を秘めている、そう僕は確信しています。

(けんご 小説紹介クリエイター)
波 2023年5月号より

文庫本にも歴史あり

川島幸希

 文庫本は初版本コレクターの天敵である。高額な初版本を嬉々として買う種族にとって、「文庫でも読めるのに(バカじゃないの)」という言葉ほど苦々しいものはないからだ。その「元天敵」(コレクターは引退したので)についての寄稿依頼が来た。大学のゼミのテクストとして新潮文庫にはお世話になっているが、それよりもやはり初版本の視点から書いていきたい。
 夏目漱石坊っちゃん』は、雑誌「ホトゝギス」に掲載後、明治四十年一月『鶉籠』(春陽堂刊)に『草枕』『二百十日』と共に収録された。初めて本のタイトルになったのは大正三年十一月のことで、こちらも春陽堂から縮刷版『坊ちやん』が出ている。新潮社も同月に『坊っちやん』(代表的名作選集第二編)を出版したのだが、残念ながらわずか一日だけ発行日が遅かった(前者は十八日、後者は十九日)。
 実は、新潮文庫はこの年の九月十八日に創刊された。従ってそこに『坊っちゃん』が入っていれば、「最初の『坊っちゃん』というタイトルの本」なる「栄誉」は新潮社に輝いたであろう。ただ当時、新潮文庫は「小型本翻訳叢書」としてスタートし、最初の六冊はすべて翻訳書なので、そのチャンスはなかった。『坊っちゃん』が新潮文庫に初登場したのは昭和十二年四月で、タイトルは『坊つちやん』。ちなみに新潮文庫の累計ベストセラー第一位『こころ』は、昭和二十七年二月刊行である。

Image

 萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』は、日本で口語自由詩を確立した近代詩史上に燦然と輝く名詩集だが、その初版本がまた本当に素晴らしい。恩地孝四郎の装丁と夭折の天才画家田中恭吉の挿絵が朔太郎の詩と絶妙なまでにマッチし、さながら詩画集の趣がある。
『月に吠える』が新潮文庫に初めて入ったのは昭和十一年四月。朔太郎の生前であり、文庫本では最も早い(岩波文庫収録は昭和二十七年一月)。ただしタイトルは『現代詩人全集14 萩原朔太郎集』であった。初版本の風合いは再現できるはずもないが、せめて『月に吠える』という名前だけは残したい。それが実現したのは昭和三十年二月で、『月に吠える他 萩原朔太郎詩集』が刊行された。
 現在、新潮文庫の新刊で手に入るのは『萩原朔太郎詩集』(昭和二十五年十二月刊の改版)のみで、『月に吠える』という名前は消えてしまった。残念な気もするが、一冊の文庫本に朔太郎の代表的な詩集の抄録が網羅されているのだから仕方がない。この本で関心を持った方は、是非初版本の復刻版で『月に吠える』を読んでほしいと思う。通販サイト「日本の古本屋」などで簡単に購入が可能。三千円くらいで買える。

Image

 太宰治晩年』は彼の処女出版本である。およそ第一小説集にそぐわないタイトル(作品名ではない)は、当時薬物中毒に侵されていた太宰が、「もう、これが、私の唯一の遺著になるだらう」と考えて付けた。『人間失格』に至るその後の太宰文学の見本市の如き重要な小説集で、吉行淳之介は「太宰治のエッセンスは、すべて「晩年」一巻の中に集まっている」と語っている。
『晩年』の初版本は昭和十一年六月、砂子屋書房刊行。昭和二十二年十二月、新潮文庫からも出された。太宰の作品が新潮文庫に入るのはこれが初めてであり、雑誌「新潮」連載の『斜陽』(『晩年』の五日後に新潮社より単行本化)が話題となっていたことと無縁ではなかろう。
 文庫本『晩年』の出版は、当時企画されていた八雲書店版『太宰治全集』の刊行順に影響を与えた。かち合うのを避ける太宰の意向により、第一回配本(昭和二十三年四月)が第一巻『晩年』から第二巻『虚構の彷徨』に変更となったのである。そしてこれにより、太宰が第一巻『晩年』を手にする機会は永遠に失われた。その配本前に彼は命を絶ったからである。

Image

 このように、新潮文庫所収の近代文学の名作にはそれぞれ物語がある。「初版本でも文庫本でも内容は同じ」と同様に、「どの文庫本で読んでも内容は同じ」と考える人も多かろう。しかし前者はもちろん後者にも与しない。文庫本も歴史と伝統を大切にしたいから。そしてその由緒正しさこそが「私の好きな新潮文庫」なのだ。

(かわしま・こうき 秀明大学学長)
波 2021年10月号より

著者プロフィール

萩原朔太郎

ハギワラ・サクタロウ

判型違い

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

萩原朔太郎
登録
詩歌
登録

書籍の分類