ホーム > 書籍詳細:明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか

頼れるのはおのれの芸のみ! 革命も粛清も生き延びようとした日本人たちの物語。

明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか

大島幹雄/著

562円(税込)

本の仕様

立ち読みする

発売日:2015/09/01

読み仮名 メイジノサーカスゲイニンハナゼロシアニキエタノカ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-120061-3
C-CODE 0121
整理番号 お-90-1
ジャンル 日本史
定価 562円

崩壊寸前のソ連で入手した三枚の写真。それは日本人が革命前のロシアに到達し、サーカス芸人として大活躍した証だった。手がかりはイシヤマ、タカシマ、シマダという名前だけ。その足跡を追いかけた著者が発見したのは、日露戦争、第一次大戦、ロシア革命、そしてスターリンの大粛清に翻弄された孤独な人々の姿だった。歴史の襞に埋もれた秘伝を掘り起こす本格ノンフィクション。

著者プロフィール

大島幹雄 オオシマ・ミキオ

1953(昭和28)年宮城県生れ。早稲田大学第一文学部露文科卒。サーカス・プロモーター。アフタークラウディカンパニー(ACC)勤務。海外からサーカスや道化師を招聘し、日本全国での興行をプロデュースするほか、石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師も務める。主著に『海を渡ったサーカス芸人 コスモポリタン沢田豊の生涯』『虚業成れり 「呼び屋」神彰の生涯』『満洲浪漫 長谷川濬が見た夢』『〈サーカス学〉誕生 曲芸・クラウン・動物芸の文化誌』などがある。

書評

旅の空に線引きはなかった

ドリアン助川

 あなたには芸がある。棒の上で倒立したまま足で寿司を握るバランス芸だ。危険極まりない芸だが、握った寿司を蹴飛ばして客席まで届けるので大いに受けている。
 これだけの芸があるのだからとあなたは考える。この島国だけではなく、大陸でも勝負してみたい。世界の人は自分をどう観るだろう? どんな物語が生まれるのだろう?
 ちょうどそんなとき、あなたは書店で本書を見つける。著者は大島幹雄さん。ああ、彼の名は知っているとあなたはつぶやく。サーカスや道化師の呼び屋として、あるいは我が国に於けるサーカス学のパイオニアとして有名な人ではないか。
 惹かれるものがあり、あなたは本書を購入する。そして自宅の狭い部屋で倒立し、足でページをめくり始める。いきなり現れたのは古い古い三枚の写真だ。芸人風の揃いの衣裳を着た四人家族。だが、人種はそれぞれ違うように見える「イシヤマ」という一枚。続いて、口にくわえた撥に鞠をのせている「タカシマ」の写真。三枚目の「シマダ」はちょっと信じられないバランス芸に挑んでいる男たちだ。ロープ上の台で腹這いになった男が頭に長い竿をのせ、そのてっぺんで別の男が倒立している。しかも腹這い男の曲げられた足の上ではさらにもう一人の男が倒立。こんな凄まじい芸は観たことがないとあなたは驚く。これがみな日本人? しかも明治時代にロシアで活躍? どんなジャンルでも平成のこの世が一番進んでいると思い込んでいたあなたは、その脆い常識を打ち破られたようで足さばきが乱れ、本のページをめくり過ぎてしまう。
 そこで偶然目についたのが、当時の大陸と日本の定期航路を示す地図だ。なるほど、とあなたは思う。日本から一番近い大陸は極東ロシアなのだ。決してアメリカではない。鎖国が解かれ、いざ海外へと青年たちの胸が熱くなった時代、彼らにとってまず懸案となったのは渡航手段であり、それはすなわち距離の問題でもあったはずだ。大陸に一歩を印すため、越えるべき海は日本海だった。
 あなたはもう一度最初のページに戻る。著者の大島さんは、ロシア革命の牽引役の一人だったある道化師の生涯を調べているうち、偶然にも日本人だと思われる芸人たちの写真を得た。彼らが何者だったのかを知るため、まずは幕末から明治初期に渡航した日本の芸人がどれだけいたのか、そこから丁寧に調べ始める。大島さんのその念入りな取材ぶりにあなたはとにかく脱帽する。調査結果を読んでいるだけで、日露間の芸人の交流だけではなく、サーカスの成り立ちについての基礎知識までが自然と頭に入ってくるからだ。
 それにしてもと、あなたは唸る。明治のサーカス芸人たちの息吹きよ。おのれの技を信じ、海を越えようとした芸人たちのなんと度胸の座っていたことか。
 あなたは寝食を忘れ、逆立ちをしたまま本書を読み進めていく。第一次大戦勃発時に欧州で公演していた日本の芸人グループは全部で十八組などというびっくり情報に触れつつ、しかしやはりあなたが手に汗を握り締めたのは、後半、ロシア革命に翻弄されてしまう彼ら日本人芸人の命運を、大島さんがその子孫にじかに会い、ひとつひとつはっきりとさせていくくだりだ。
 スターリンによる粛清の嵐。革命をも受け入れた日本の芸人たちが、人種的偏見の入り混じった密告によりしょっぴかれ、裁かれ、処刑の場へと連れられていく。その無言の叫びよ! 残された家族たちの過酷な日々よ!
 誰がどんな運命を辿ったのか。これから読む人のためにあなたはいっさい明かさない。憮然として、口をつぐんだままあなたは逆立ちを続ける。鮮やかだったはずの彼らの芸とは対照的に、その人生を飲み込んでしまった全体主義の冷酷さにあなたは目を閉じる。
 だが、それでもあなたの瞼の裏には、澄んだ空の碧が浮かび上がる。体で見せる芸があるからこそ、国境も言葉も越えることができた明治の青年たちの旅。その頭上には、線引きのない自由な空が輝いていただろう。断崖に向かっていた彼らの旅を二十五年もかけて追い続け、本書を著した大島さんの旅、その頭上にも等しく澄んだ空はあったはずだ。あなたはその純粋さが胸にしみているから、本書を閉じたあとも逆立ちを続け、空の向こうにおのれの旅をも思い描く。

(どりあん・すけがわ 作家)
波 2015年9月号より

目次

プロローグ
第一章 日露戦争前のロシアに渡ったサーカス芸人

1 なぜ彼らは海を渡ったのか
幕末、芸人たちは一斉に海外に飛び出した/日本人で初めて旅券を受け取った一座/榎本武揚が、ロシアで日本のサーカス芸人を見る/あの南方熊楠は海外でサーカス団員もやっていた
2 ロシアで好評を博した日本人たち
舞台演出家スタニスラフスキイは日本の芸人を囲っていた/二枚の写真に写っていたものは/新聞に書かれていた芸人は誰だったのか/日露戦争に翻弄された横田一座
第二章 追跡、謎のヤマダサーカス

1 戦慄のハラキリショー
ロシアで最も有名だった日本人一座/それは“公開殺人”のような芸だった/「ハラキリショー」のからくり/日本を最も象徴した芸/彼らはモスクワで「日本の奇跡」と呼ばれていた/日本サーカス史に残る「山田」の名
2 山根ハルコのロシア放浪記
ヤマダサーカスの足跡は、なんと日本でみつかった/激動期のロシアで山根が見たもの/彼女は海外旅券を持っていたのか
3 極東サーカス――サーカスがつないだ日本とロシア
シベリア鉄道と日本海航路が運ぶもの/日本を代表する木下サーカスはこうして誕生した/大阪で大当たりしたバロフスキイサーカスとは/なぜ「空中ブランコ」を「ロシア式」と呼ぶのか/バロフスキイ一座はなぜ突然帰国したのか/日本最初のサーカス常設館をつくった男/弁次郎が残した帳面に書かれていたものとは
4 帰ってきたイシヤマ
現代に息づくヤマダサーカスの遺伝子/判明した一枚の写真の真相
5 ジャグラー、タカシマ伝説
ヨーロッパで活躍した伝説の日本人/タカシマの写真の謎が解けた!/夭折したイタリア人天才ジャグラーの師
6 戦争とサーカス
横田一座、ロシア人興行師にだまされる/異郷でサーカス場まで開いたカマキチ/大河に臨む町に集った日本人芸人たち/大戦勃発――欧州を去る芸人、残る芸人
第三章 サーカスと革命

1 山根ハルコの悲劇
激動のさなか、夫と死別/日本大使館は流浪の女芸人の身元を照会した/そして彼女は帰国せざるを得なくなった/ついに判明した座長の名前
2 アヴァンギャルドとタカシマ
ロシア・アヴァンギャルドとサーカスが結びついた/タカシマの最期
3 イルクーツクのドクター・シマダ
「日本人によろしく」とシマダは言った
第四章 粛清されたサーカス芸人

1 ヤマサキ・キヨシの運命
私に託された「ヤマサキファイル」/なぜヤマサキは逮捕されたのか/メディアが告発を煽動する
2 ナロフォミンスクからの手紙
息子は父の名誉回復を申し立てた/アレクセイからの返事/ヤマサキの忘れ形見と対面する/父の祖国、日本を知りたい/約束は果たせなかった
3 パントシ・シマダの秘密
「オレンジ色の本」との出会い/思いがけない国籍/やはりパントシ・シマダは朝鮮人だった/朝鮮サーカスの持つ特殊な事情
4 究極のバランス芸
「父、逮捕される」/「幻の芸」の面影/シマダ・ジュニアを襲った死の危険/スパイの濡れ衣を晴らせ!/サーカスの世界からシマダの名が消えた理由
エピローグ

感想を送る

新刊お知らせメール

大島幹雄
登録する
日本史
登録する

同じジャンルの本

書籍の分類