ホーム > 書籍詳細:増補版 僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た

目の前のご遺体、怯える被災者たち。そのとき報道人は何ができるのか―渾身の被災地ルポ。

増補版 僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た

笠井信輔/著

594円(税込)

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発売日:2016/03/01

読み仮名 ゾウホバンボクハシャベルタメニココヒサイチヘキタ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-120291-4
C-CODE 0195
整理番号 か-75-1
ジャンル 社会学
定価 594円

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災発生。翌日から笠井の現地取材ははじまった。目の前で発見される遺体と泣き崩れる家族。どう言葉をかけたらよいのかわからなかった。「水がない」と訴える人の声を聞きながら、取材車に積んである水を配るべきか悩んだ。何のためにここに来たのか――報道人としての葛藤や失敗、今も続く被災者との交流を綴る渾身の震災ノンフィクション。

著者プロフィール

笠井信輔 カサイ・シンスケ

1963(昭和38)年、東京生れ。1987年、早稲田大学卒業後、フジテレビ入社。アナウンス室所属。現在は「とくダネ!」に出演。主に“情報畑”を歩き、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、和歌山カレー事件、三宅島噴火、米大統領選挙などを現場でリポートした。

目次

僕は何のためにここへ来たのか
第1章 震災発生! 報道人は“食べて”はいけない
その時、52階にいた私
笠井さん、行きますか!
緊急態勢! アナウンス室
蘇った「地下鉄サリン」の記憶
東京にも食料はない
手書きの通行許可証
乗り上げた船の前で被災者を待つ
震災で行列のできる店
被災地に現れた「蜘蛛の糸」
誰のために放送しているんでしょうか?
背広のまま寝る
「食べる」ことの深い意味
排泄をする余計な人間
映せなかった被災者の“犯罪”
遺体は拳を突き上げていた
頼りになる被災者
被災者はなぜ車を捜すのか
私はお年寄りを抜いてしまった
忘れていた停電
被災者が語った「死なない方法」
第2章 72時間超! 報道人は“乗せて”はいけない
なぜ“停電”がトップ項目?
被災者に“明日の約束”はできない
さあ、東松島市には笠井くんがいます
衝撃映像とは何か
津波警報に慣れてしまった被災者
沖縄が消滅したって本当ですか?
濡れたままのお年寄り
9・11 アメリカの尋ね人
一部の被災者に便宜を図ってよいのか?
ヘルメット取材への違和感
遺体安置所になった避難所
水20本でもあげればよいのか?
告白……
この避難所は捨てます
同じ日に見た2つの避難所
カメラを回せないもう一つの理由
他の被災者に見られていないか
取材なら、何かください
新しい被災地報道の試み
第3章 1週間! 報道人は“泣いて”はいけない
どこが復興か!
私の前で見つかったご遺体
撮るなーっ!
今日はもう撮れない!
子供の顔にモザイクをかけるのか?
玄関で寝る老人
小倉さんを無視した
CMまたぎとは何事か
私の一面を垣間見た
官能小説家
「生きている」ということ
第4章 東北人と関西人
内緒で飛行機を予約しろ!
感情のスイッチを切った
どの番組でもいいから放送してほしい
被災者に怒られた私
おまえは、えせジャーナリストだ!
爆発映像送れず
遊軍クルー崩壊
テレビや、テレビや、映ったろ!
第5章 被災地で出会った忘れられない人たち
白装束であの日を過ごした人々
初めての歌声
車体に書かれたメッセージ
高3少女の大切なもの
奇跡と絆の詩
陸海空自衛隊が揃い踏み
救出活動と捜索活動
助けられず、すみませんっ
ファースト・ミッション
物資を送り返したひょうたん島
第6章 2カ月……3カ月……そして半年
蘇るリアス式海岸の光景
どうして、手続きしないのですか?
メールもよくしています
あの船だ!
大人を励ますもの
私の精神状態
女子高校生の手紙
終わりに
第7章 あの日から5年――
震災から1年半……福島の子供たち
震災から2年……人の戻らない町
2年目の後悔
取材拒否の時代……三宅島全島避難
三宅島での“拒否”と“奇跡”
血染めのワイシャツ
震災3年目の本音
あの日出会った、あの人たちは……
原発があってよかった
平成の大合併の明暗
命を分けてあげたい
「忘れないで」……2016年 震災から5年の被災地
文庫版あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

忘れないでほしい――五年後の願い

笠井信輔

 あの日から私の、いや、日本人の生活は、一変してしまいました。
 津波の映像を携帯電話の小さな液晶画面で見た瞬間、気持が突き動かされ、現場へ向かったあの日から、もう五年が経ちます。
 被災地の現場で、私が最初の一週間に直面した数々の問題。それはすべて、「人を救うという事はどういうことなのか?」そして「自分は何のためにここへ来たのか?」ということに尽きます。

 取材中、津波に飲まれた女性から、「おばあさんを蹴って沈めました」という告白を受けました。建物の中に避難していたところ、突然襲ってきた大津波。その女性は自分の周りにいた近所の子供たちを両腕に抱えますが、黒い水はみるみるうちに二階の高さになりました。子供二人を抱えながら、どうにか海水に浮いていると、そこにおぼれかけたお年寄りがすがってくる……。
「おばあさんが足につかまってくるんです」
 話しながら、彼女は泣きだしました。
「子供を両手に抱えているし、このままだと、みんな死んじゃうって思って……。だから蹴って沈めました。おばあさんを蹴って、沈めたんです……」
 それは告白というより懺悔と言うべきものでした。私は必死に慰めの言葉をさがし、「救った子供たちのことを考えましょうよ」と励ますのが精いっぱいでした。すると今度は、「子供たちの恐怖に震えた顔が忘れられないんです。子供たちは、あの地獄を見ていたんです……」と再び落涙しました。カメラは回っていましたが、放送しませんでした。
 子供たちは一体どんな光景を見たのでしょうか。
 その恐怖を忘れることはできないのでしょうか。
 それとも、この未曾有の災害を後世に伝えるために忘れない方がいいのでしょうか。

 また避難所では、ある女性が「水がないの」と訴えていらっしゃいました。「大変ですね」と返しながら私は、近くの取材車の中に積んである水のことを考えていました。
 そのまま取りに行って配ればいいじゃないか!
 しかし、それがなかなかできません。
 ボランティア活動をしていたほうがずっと、役に立つのではないか? そう考えたスタッフもいました。
 避難所へ行くなら、必要物資を運んで行ったほうがいいのではないか? 取材車を使って行方不明者さがしを手伝ったほうがいいのではないか? そして結局、同じ問いに戻ります――それならば、自分たちがここにいる意味はいったい何なのか。

『僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た』は、フジテレビの朝の情報番組「とくダネ!」取材班の一人として被災地入りした私の、生の言葉を綴った一冊です。生の言葉というなら、テレビで沢山しゃべってきたかもしれません。しかしそれ以上に、言葉にならなかった言葉、今だから話せるようになった言葉が詰まっています。
 今回の文庫化にあたり、まるまる一章を加筆しました。この五年間つづけてきた被災地取材のなかで、伝えたい言葉はますます増えていました。
 あれから五年。確かに東北のみなさんの表情はあかるくなりました。しかし、それでもう大丈夫だなんて思ってしまっていないでしょうか。心のどこかで、そろそろ東北は復興のレールにのったかな、なんて考えていないでしょうか。
 津波で壊れたままの家に、そのまま住み続けている方がまだまだいます。現地に行きお話を伺うと、乗り越えがたい困難とじっと向き合い、暮らしていらっしゃることがわかります。
 そしてみなさん、薄々感じているのです。東北が大津波に襲われたことを、遠く離れて暮らす全国のひとたちが、いずれは忘れていくのだろうと。
 どうか、忘れないでほしい――そんな被災地の方々の思いが伝わりますように。本書が、東北のために少しでも役立つことを、心から願っています。

(かさい・しんすけ フジテレビアナウンサー)
波 2016年3月号より

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