ホーム > 書籍詳細:千住家にストラディヴァリウスが来た日

一家は再びひとつになった――。「億」の値段がついた、幻の名器を迎えるために。博(画家)、明(作曲家)、真理子(ヴァイオリニスト)を育てた母による、家族の絆の物語。

千住家にストラディヴァリウスが来た日

千住文子/著

464円(税込)

本の仕様

発売日:2008/05/01

読み仮名 センジュケニストラディヴァリウスガキタヒ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-121032-2
C-CODE 0195
整理番号 せ-10-2
ジャンル ノンフィクション、音楽理論・音楽論、音楽
定価 464円

巨匠ストラディヴァリによって製作された幻のヴァイオリン、デュランティが売りに出された。幸運にも試奏を許されたヴァイオリニスト、千住真理子は、この名器に運命的なものを感じる。どうしても手に入れたい。だがその値段は億単位。途方にくれる真理子と母の背中を押したのは、画家と作曲家である二人の兄だった――。芸術家兄妹を育て上げた母親による、家族の愛と奮闘の記録。

著者プロフィール

千住文子 センジュ・フミコ

東京出身。明治製菓株式会社研究所薬品研究室研究員として抗生物質開発の研究に従事。退職後、千住鎮雄(後に、慶應義塾大学名誉教授)と結婚。長男・博は日本画家、次男・明は作曲家、長女・真理子はヴァイオリニストとなった。著書に『千住家の教育白書』『千住家にストラディヴァリウスが来た日』(ともに新潮文庫)などがある。

書評

波 2008年5月号より わが家にとてもたいせつなものが来た日

重松清

提案である。
千住家にストラディヴァリウスが来た日――その題名に、こっそりルビ(読み仮名)を付けていただけないか。
「千住家」のところに「わがや」を。「ストラディヴァリウス」の横には、「とてもたいせつなもの」を。
この二つのルビで読み替えてほしい。そうすることで、まずは日本画家・千住博氏、作曲家・千住明氏、そしてヴァイオリニスト・千住真理子さんの顔と名前を、いったん忘れていただきたい。ストラディヴァリウス。言わずと知れたヴァイオリンの歴史的名器。こちらのほうも――とりわけ「億」単位という価格を、ちょっと忘れておいてもらえないか。
要は、本書に対する先入観を捨ててほしいわけだ。難しいということはよくわかっている。なにしろ、あの千住家だ。あのストラディヴァリウスだ。それでも、あえて、しつこく、いま一度――本書をどうか『わが家にとてもたいせつなものが来た日』と読み替えてもらえないだろうか……。
もちろん、本書の梗概を伝えるなら、「きらめく才能を持つ三人の子どもに恵まれた家族が、娘のために協力し合い、励まし合って、おそろしく高価なヴァイオリンの名器を手に入れるまでの紆余曲折を、母親の千住文子さんが綴った物語」となる。それはもう、否定するわけにはいかない。芸術家の素顔を垣間見て、著名な一家のリビングルームの風景をこっそり拝見するといった少々俗な興趣だって、「ない」と言い切るときれいごとすぎてしまうだろうし、前著『千住家の教育白書』と同様、子育て指南書としての一面も、確かに本書にはあるはずだ。
しかし、それらを認めてもなお、僕は思うのだ。万が一にでも最初に抱いた先入観ゆえに本書を敬遠してしまうひとがいるのであれば、「そうじゃないんですよ」と言いつづけることが、先に本書を読了した者の務めではないか、と。
〈あの頃の私は、浅はかで、ひたすら自分を追い詰めていた。子供たちへの判断にも迷った。三人の子供たちは、そのせいで、より険しい山道を登ることになったのだ〉
文子さんは、本書の中で幾度となく自問し、自責する。
〈私というリーダーは、数多くの失敗を繰り返した。そして千住家という名の船は、ますます海の底深く、沈んで行ったのだ〉〈母親として、いったい、何をやってきたのか。淋しい。今までの人生が、この上もなく淋しいものに思えた〉〈すべての人や物事から解放されて、たった一人になりたかった。孤独だけが、私の隠れ家であった〉
本書は、千住家の父親・鎮雄さんが亡くなってからの物語である。文子さんは母として、一家の大黒柱として、子どもたち――特に若き芸術家としてさまざまな苦悩の時期にあった真理子さんとともに、〈険しい山道〉を登っていく。むろん、その道のりは苦難の連続で、文子さんは悩みつづける。それは、世界の違いや程度の差こそあれ、子育てに悩むすべての親の姿ではないか? 文子さんの流す涙は、決して「芸術家の母」という立場に限られたものではない。せいいっぱいに子どもの幸せを願いながらも、思いどおりにいかないとき――僕たちだって、同じ涙を流しているのではないか?
だからこそ、思い悩んだすえに千住家がストラディヴァリウスを買うことを決めたとき、読者は心の中で「そう、そう、それでいいんですよね」とつぶやくはずだ。千住家が「とてもたいせつなもの」を手に入れたことを祝福し、幸せを祈りながら、ふと、自分自身にとっての「とてもたいせつなもの」についても思いをはせるかもしれない。
わが家にテレビが来た日、わが家に愛犬が来た日、わが家に赤ちゃんが来た日、わが家に「あなた」が来た日……。
そして、気づくだろう。「とてもたいせつなもの」をわが家に迎えるまでの日々こそが、「ほんとうのほんとうに、とてもたいせつなもの」だったのだ、ということにも。
文子さんは最後に言う。〈物語は、これで終わったのではない。こうして、始まったのである〉――たぶん、「とてもたいせつなもの」を手に入れたあとの僕たちだって。

(しげまつ・きよし 作家)

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