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主婦病

森美樹/著

605円(税込)

発売日:2017/12/25

  • 文庫
  • 電子書籍あり

「これは単なる短編集ではないぞ」三浦しをん氏激賞! 心の奥を直撃する6編。

「たとえ専業主婦でも、女はいざという時のために最低百万円は隠し持っているべきでしょう」。新聞の悩み相談で目にした回答をきっかけに、美津子はある仕事を始めた。八時三十分から三時まで、昼休憩を除いて六時間勤務。完全在宅勤務でノルマなし。欠かせないのは、熟したトマト――。R-18文学賞読者賞を受賞した「まばたきがスイッチ」をはじめ、生きる孤独と光を描ききる六編を収録!

  • 受賞
    第12回 R-18文学賞 読者賞
目次
眠る無花果
まばたきがスイッチ
さざなみを抱く
森と蜜
まだ宵の口
月影の背中
解説 三浦しをん

書誌情報

読み仮名 シュフビョウ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 星野ちいこ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-121191-6
C-CODE 0193
整理番号 も-41-1
ジャンル 文芸作品
定価 605円
電子書籍 価格 605円
電子書籍 配信開始日 2018/06/15

書評

日常というきらめく星座

三浦しをん

 決して派手ではないけれど、深く惹きこまれる短編集だ。
 母親が謎の事故死を遂げ、父親と暮らす12歳の女の子(「眠る無花果」)。夫と会話が成立せず、秘密のアルバイトに精を出す妻(「まばたきがスイッチ」)。長年連れ添った夫の隠しごとを知り、動揺しつつ介護する妻(「さざなみを抱く」)。夫や娘と幸せに暮らしているはずなのに、小学校時代の出来事をしきりに思い出してしまう女(「森と蜜」)。結婚して経済的には恵まれているものの、早朝からお団子屋さんで働く女(「まだ宵の口」)。激しい恋情に駆り立てられるかのように、タクシー運転手となって街を走るお嬢さま育ちの女(「月影の背中」)。
 登場人物はみな、なんの変哲もない生活を送っている。だが実際には、「変哲のなさ」の背後から不穏な影が忍び寄り、暗い亀裂が生じてもいる。端整な文章は、ときに切なる哀感を伴い、ときにほのかなユーモアを漂わせ、人々の感情の奥行きと、日々にひそむ一瞬の鮮烈さをあぶりだす。
 そして読み進むうちに、ふと気づくはずだ。「これは単なる短編集ではないぞ」と。実は、各編はゆるやかに連関し、合わせ鏡のように照応してもいる。「さざなみを抱く」と「森と蜜」のあいだに脳裏で縦軸を引いてみると、前半3編と後半3編とで、内容やテーマが線対称になるつくりなのだ。著者の森美樹さんは、本書が初単行本だが、空恐ろしい才能の持ち主がいるものだと震えた。
 とはいえ、本書は技巧を見せびらかしはしない。あくまでも静かだ。ゆっくりと日が暮れていき、夜との狭間でまだ赤みを残す空に、銀色の星が瞬きはじめる。星の数は徐々に増え、気づけば星座を形づくっている。各編ごとのつながりは、それぐらい自然で、さりげなくうつくしい。
 では、本書が描きだす星座の名は、はたしてなんだろう。とても見慣れた形だと思った次の瞬間には、グロテスクな、あるいは残酷な、あるいは見たこともないほど麗しい姿に変化して、容易に正体を見きわめられない。
 自慰をしたあとの丸めたティッシュを、ベッドの下に放置しておく夫。おやつに赤黒い麩菓子を差しだされる女の子。日々の営みからにじみでる、生々しく暴力的な性と恐怖のにおい。ふだんは蓋をして目をそらしているものが、登場人物(および読者)の平穏な暮らしに揺さぶりをかけてくる。同時に、本書では崇高な解放の瞬間も描かれる。マンションのベランダから見える朝の街並みと、髪に感じる心地いい風。恋人たちを祝福するように、夜の公園を照らす街灯の明かり。色づき輝きはじめた世界に触れる、その喜びと高揚が痛いほど胸に迫ってくる。
 そうか、容易に正体をつかみにくい星座の名、本書が描きだしているものは、「日常」だったのか。劇的なことなどそうそうなく、不安や不満をのみこんで、私たちは淡々と日常を生きる。たまに生じる不測の事態や親しいひととのあいだの齟齬すら、たいがいは「なかったこと」にし、忘れたふりで時間が過ぎるのを待つ。やがて本当に忘れてしまう。そうして成り立つ日常の残酷さと理不尽に、私は叫びたくなるときがある。
 だけどこの小説は、そんな叫びも含めて抱きしめてくれる。残酷で理不尽なのが日常であり、ひとの心だ。でも、怯えなくていい。絶望しなくていい。よく見てごらん。その残酷さと理不尽の向こうに、それでも輝く誇りが、前向きな諦念が、赦しが、愛と言いきるには曖昧な、けれど愛にきわめて近似した尊い感情が、たしかに存在するのを。一瞬だけ通いあった気持ち、触れた体温、だれかのなにげない一言や振る舞い。すぐに消え去り忘れられてしまうかもしれないそれらが、私たちを生かす。それが日常であり、ひとの心だ。
 本書を読むあいだずっと、私は登場人物たちの静かで力強い囁きと抱擁、日常を生きることへの言祝ぎを感じていた。
『主婦病』というタイトルだが、読者が主婦や女性でなくてもまったく問題ない。決して派手ではないけれど、かけがえのないきらめきを帯び、深く惹きこまれる小説だ。私たちの毎日が、そうであるのと同様に。

(みうら・しをん 作家)
波 2015年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

森美樹

モリ・ミキ

1970(昭和45)年、埼玉県生れ。1995(平成7)年、少女小説家としてデビュー。その後5年間の休筆期間を経て、2013年、「朝凪」(「まばたきがスイッチ」と改題)で、R-18文学賞読者賞を受賞。おもな著書に受賞作を収録した『主婦病』、『私の裸』『母親病』『神様たち』『わたしのいけない世界』などがある。

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