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会社員は、上司も配属先も選べない。すべてのサラリーマンに捧げる白熱・迫真の経済小説。

人事異動

高杉良/著

529円(税込)

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発売日:2011/04/01

読み仮名 ジンジイドウ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-130330-7
C-CODE 0193
整理番号 た-52-20
ジャンル 経済・社会小説
定価 529円

一流商社・光陵商事の新井治夫は、ロンドン駐在から帰国まもなく、退社を決意して社内を驚かせる。出世コースを歩んではいたが、その心中には商社に巣くう理不尽な組織体質への鬱憤が積もっていた。転職先は、急成長中の電子部品メーカー・サンライト。新天地で新井は再び頭角を現すが、この会社でも組織は腐臭を放つ。それは、人事までも壟断する「女帝」=社長夫人から漂っていた。

著者プロフィール

高杉良 タカスギ・リョウ

1939(昭和14)年、東京生れ。化学専門紙記者、編集長を経て、1975年「虚構の城」で作家デビュー。以来、経済界全般にわたって材を得て、綿密な取材に裏打ちされた問題作、話題作を次々に発表している。主な作品に『小説 日本興業銀行』『労働貴族』『広報室沈黙す』『燃ゆるとき』『王国の崩壊』『金融腐蝕列島』『不撓不屈』『乱気流』『挑戦 巨大外資』『反乱する管理職』『青年社長』『破戒者たち』『人事の嵐』『第四権力』『小説ヤマト運輸』『めぐみ園の夏』等がある。

目次

第一章 華麗なる“民僚”たち
第二章 系列化工作
第三章 ロンドンの日々
第四章 転職
第五章 抜擢人事
第六章 ライバル
第七章 出向命令
第八章 十年早い定年
解説 中沢孝夫

インタビュー/対談/エッセイ

波 2011年4月号より [新潮文庫 新年度スタート特別対談] 理想の経営者とは、サラリーマンの生き方とは

高杉良湯谷昇羊

  あのドラッカーが絶賛した男

湯谷昇羊『「できません」と云うな―オムロン創業者 立石一真―』高杉 湯谷さんの『「できません」と云うな─オムロン創業者 立石一真─』を、文庫版刊行を機会にあらためて拝読しましたが、立石さんは、本当に凄い人、立派な人ですね。
湯谷 単に会社を大きくした、巨大な企業グループを創り上げたというだけでなく、日本で最初に身障者が自立して働ける福祉工場を設立するなど、その人間的なところに魅力を感じました。
高杉 湯谷さんは、経済誌「週刊ダイヤモンド」の編集長までつとめ、そして三年前にジャーナリストとして独立された。その最初の作品がこの本ですが、その題材に立石さんを選んだのは、経営者として、魅了され、関心を持ったからですね。
湯谷 そうですね。立石さんのことを調べていて面白いと思ったのは、オムロン創業前の彼の発明品です。昭和初期に、京都の片隅でズボンプレッサーや包丁を砥ぐためのグラインダーなどを製作し、それがなかなか売れなくて苦労している。そんな人が、戦後には自動改札、銀行のATМ、交通信号システムなど、日本の社会インフラに大きな貢献をする開発をどんどん成し遂げて、大企業グループを創り上げていく。この上昇、拡大のプロセスにも非常に関心がありました。
高杉 それに、いま話題のドラッカーさんとの交友も興味深いですね。巻頭の方に、ドラッカーさんと立石さんが一緒に写った写真が載っていますが、緊密な親交ぶりを示して余りある。写真のドラッカーさんもまだ若々しいけど、平成三年に立石さんが九十歳で亡くなるまで、三十年以上ものおつきあいになるわけでしょう。
湯谷 そうなんです。いま、『もしドラ』(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』)をきっかけに、あらためて非常に注目されている経営学者のドラッカーさんですが、立石さん以外にも、彼と交友があった日本人経営者は何人かいます。しかし、彼がここまで親しくつきあって、且つ、その技術への造詣の深さ、経営者としてのビジョン、そしてその人間性まで含めて絶賛している人物はいません。私は、立石一真という人は、松下幸之助や本田宗一郎に勝るとも劣らない経営者だと思っているのですが、一般の人には、その業績や人間像がほとんどと言っていいほど知られていません。それで、もっとこの人のことを世に知らせたいと考えたのが執筆のきっかけです。
高杉 なるほど。その気持ちはよく分ります。私も、立石一真さんの存在を、例えば十年前にきちんと知り得ていれば、彼を主人公にした小説を書きたいと思ったかも知れません。名前は存じ上げていたけれど、これほどの方とは知りませんでした。不明を恥じますよ。彼のことが知られていないのは、やはり一般消費者向けの製品をオムロンがあまり作っていないからでしょうね。
湯谷 ええ。今でこそ血圧計などの商品はよく知られていますが、駅の券売機や自動改札に「オムロン」と大きく書いてあるわけじゃないですしね。それに加えて、本人があまり目立つことを好まなかったということもあるかもしれません。じつは、立石さんは京都商工会議所の会頭に推されたこともあったのですが、これを固辞しています。自分は熊本の出身で、純粋の京都人ではないという遠慮があったようです。もし、会頭になっていれば、もっと注目される存在になったと思うのですが……。
高杉 しかし、その点も立石さんの人間性の素晴らしさですね。湯谷さんは、この本を書くのに、取材を含めてどのくらいの時間がかかりましたか。ご本人が亡くなられて十五年以上経ってからの取材だから、たいへんだったでしょう。
湯谷 本の元になった原稿は、雑誌で一年余りの連載でしたが、その連載の間も取材を続けていましたから、二年ほどかかっているでしょうか。でも、立石一真という人は相当な筆まめで、社内報などをはじめ、書き残した文章がいっぱいあるんです。それが執筆の上では大きかったですね。そして、御家族はもちろんのこと、かなりの数の関係者から取材をしましたが、皆さん、立石さんのことを話すのが本当に好きなんですよ。ほとんどの方が快く取材に応じてくれて、いろんな話が聞けました。

  大事なのは、志の高さ

高杉 やはり、それも立石さんの他人を大切にする人間性ゆえでしょうね。立石さんは、そうした人間性の上に、経営者としての判断力にも比類のないところがありますね。
湯谷 そうなんです。私が一番凄いなと思ったのは、従業員全員でもまだ百十人の町工場でしかないときに、そのうちの十五人が研究員だったことです。そこまで研究開発に重点を置いて、世界の名だたるメーカーに先駆けて「無接点近接スイッチ」というオートメーションの時代に欠かせない製品を完成させています。こういう経営者が、いまの日本に果たして存在するだろうかと思いますね。
高杉 終戦から間もない頃に、立石さんは、会社の再建にあたって五つの方針を掲げていますね。「借金しない」「部品はすべて外注する」「研究投資を優先する」「大企業の系列下に入らない」「大企業と協力の立場を採る」――。これは、現代においても、じつにメッセージ性がありますよ。
湯谷 本当に志の高さですね。従業員の給料の遅配が続いて、会社の製品を現物支給していたような苦しい時に、こんな方針を掲げていたことは驚きでした。
高杉 その点は、技術者出身の経営者らしいところですが、GHQの占領が終った翌年に早速、アメリカにも視察へ行っていますね。ただ行ったというだけでなく、短期間ながら、技術開発の動向をきちんと掴んでくる。やはり経営者には、強い好奇心が必要で、それが立石さんにはありますね。
湯谷 その後、立石さんは、これからは半導体、当時だと具体的にはトランジスタですが、これが重要になるとみて、自分たちもその分野に進出したいと考えるんです。どうしてもその頃は企業規模が小さすぎて開発を断念していますが、これも大変な先見の明だと思います。
高杉 そうした先見の明、判断力という点でみたときに、七〇年代後半、大きな研究投資をしていた電卓事業からの撤退を決断したのは大変なことです。事業撤退は、とても勇気のいることで、創業者ならではの決断だと思います。サラリーマン社長にはなかなか出来ない。そして、その判断にあたって、米国のコンサルタント会社・マッキンゼーにいた大前研一氏が登場しますが、彼への認識をあらたにしましたよ。まだ、三十代でこれほどの仕事をしていたとは。そして、それ以上にそうした若きコンサルタントの大前氏に、きちんと教えを乞うて業績のV字回復に活かした立石さんに脱帽しました。
湯谷 アルファブロガーの小飼弾さんが、この本を書評してくれた中で「教師が教わる生徒」と表現していましたが、立石さんが大前さんから教わる一方で、じつは大前さんも立石さんから多くを学ばれていたということですね。大前さんも、「立石さんのことなら」と取材に応じてくれた一人でした。
高杉 立石さんは、技術系の起業家としても第一号と言えるような人ですが、その偉大さという意味では、東の横綱がソニーの井深大さんなら、西の横綱はオムロンの立石一真さんだと思いました。
湯谷 じつは、その井深さんですが、立石さんに福祉工場の設立を持ちかけた社会福祉法人「太陽の家」の中村裕理事長や評論家の秋山ちえ子さんが、工場の設立を立石さんより前にお願いに行っていたのが井深さんだったんですよ。井深さんも福祉にはとても理解があって、これを実現しようとするのですが、役員会で「事業と社会福祉を一緒に考えないで欲しい」と否決されたそうです。それで困り果てた中村さんたちが、紹介を受けて飛び込んだのがオムロンの立石さんだったのです。そして、オムロンでの成功をみたソニーは、「うちでも事業として出来る」と、あらためて福祉工場を造ったそうです。
高杉 なるほど。井深さんもやろうとしていたのですね。やはり、立派な経営者は人物像が重なるところが多いですね。私がこれまでに会ってきた経営者の中では、日本触媒の創業者の八谷泰造さんが、立石さんと共通するところが多いと思いました。私は『炎の経営者』(文春文庫)で彼のことを描いていますが、日本触媒も基礎産業の化学工業の会社だから、世間にはあまり知られていません。八谷さんも技術のことをよく知っている人でした。そして、一九五〇年代の海外からの技術導入一辺倒の時代に一社だけが、国産技術で、合成繊維の原料になる「エチレンオキサイド・エチレングリコール」の事業化に成功するんです。周囲は、乾坤一擲の賭けに勝ったように言いました。しかし、そうではなくて、八谷さんには、技術的な見通しが十分にあって、研究開発に邁進していたんですよ。明るくて、人を大事にするところも、立石さんと重なりました。

  上司を選べないサラリーマン

高杉良『人事異動』湯谷 さきほど、立石さんが筆まめだとお話ししましたが、ところが、その立石さんにして、さきほどの電卓事業からの撤退の話と、労働争議の話は全くと言ってよいほど書いていないんですよ。
高杉 ああ、なるほど。それは分ります。悔しかったし、嫌な思いがあったのでしょうね。立石さんは、創業者としてほとんど晩年まで経営の第一線に立っていたようですが、去りぎわもいいですね。持ち株などの多くを財団や研究所に寄付したりしています。企業の大小を問わず、創業者には「カマドの灰まで俺のものだ」というタイプが多いけれど、そんなところが立石さんには微塵もなかったようですね。
湯谷 まったくそうなんです。そう言えば、高杉さんの新刊文庫『人事異動』でも、「俺の言うことが聞けないのか」「ここは俺の会社だ」というオーナー社長が出てきて、主人公は苦労させられますね。
高杉 それに、お母ちゃん、つまりオーナー夫人までがしゃしゃり出て、人事にまで口を出してくるようなことが多い。むしろそういう創業家の方が多いくらいです。
湯谷 高杉さん、この『人事異動』に出てくるオーナーとその夫人の「女帝」は、やはり、ワンマン経営者として知られた合繊メーカー「帝人」の大屋晋三社長と政子夫人がモデルですか。
高杉 ええ。もうこれは、女帝の口調などからも分かってしまいますよね。じつは、まだ私が専門紙の記者と作家の二足のワラジをはいていた頃に、この『人事異動』の原型になる短編を書いているんですが、その時に、勤め先の専門紙の方へ、「おたくとはもう広告取引をしない」などと、帝人側からある種の圧力がかかった事実があります。夫人本人の意向だったのか、周りの腰巾着の先走りだったのかわかりませんが……。
湯谷 それにしても、オーナー経営者や、ワンマン経営者には、奥さんが占いに凝っていたりして、占いで次のトップ人事や、他社を買収するかどうかとか、重要なことを決めてしまう人が結構多いですよね。
高杉 これは、経済誌の編集長として、多くの経営者を見てきた湯谷さんの方がよく知っていると思うけど、じつは山ほどいます。
湯谷 最近もセイコーの子会社、あの高級宝飾店の和光で、会長側近の女性役員が、女帝さながらに人事を壟断していた例が報道されましたが、サラリーマンは、こうした人々が上にいても、「部下は上司を選べない」ということがありますよね。
高杉 やはり、いまの時代、部下に優しい人が、本当はいちばん大事ですよね。「責任は俺が取る、だからお前は頑張れ」、そう言えるかどうかです。八谷さんもそういう人だったし、立石さんもきっとそうでしょう。また、私は三菱油化(現、三菱化学)で、東大卒のエリート社員が会社の人事処分に反乱して、地位保全の裁判を起こした事件をモデルにして『懲戒解雇』(講談社文庫)を書きましたが、このエリート社員の上司、当時常務だった方は、そのエリート社員を百パーセント庇おうとしましたね。「これほど会社に貢献した人間をどうして辞めさせるんだ」と、常務会でその決定の書類にサインしなかったそうです。そういう人も中にはいるんです。しかし、いずれにしても、上司は自分では選べないのがサラリーマンの宿命です。

  自助努力して、天命を待つ

高杉 部下思いで、温かくて、仕事もできる、そんな上司に恵まれることは、なかなかない。でも、運がいいこともある。まずは、運がいいときにいかに頑張るか。そして、嫌な人間が上司になった時も、仕事をきちんとして、そんな上司を見下せるくらいにならないといけません。やはり自助努力ですよね。しかし、上の顔色ばかり見ているただのイエスマン……そんな人が案外出世しますから……。
湯谷 私も、上司の方がどんどん小粒になっているような気がします。だから、部下を育てられない。部下が育てば、自分も評価されるはずなのに、嫉妬したりする。「俺の仕事を取られるんじゃないか」とか。それで上司と部下の間のトラブルが増えています。
高杉 神ならぬ人間は愚かで、ヤキモチを焼いたり、やっかんだりします。私は、そういう点を『人事異動』で書いたつもりですが、仕事が出来る人は、上司もしっかり認めなきゃだめですよね。
湯谷 一方で、嫌な上司の下でも一生懸命働いている人は、必ず誰かが見ていてくれる、ということがありますね。そして、会社組織というのは、パッと局面が変わることがあって、そのときにはスッと上に行けることがある。だから、あきらめちゃいけません。
高杉 そうですね。繰り返しになりますけど、自分のスキルを研くことです。実績で示すしかないのでしょう。
最近は、日本人の心が、本当に傷んでしまっていますが、そういう意味でも、この時期に、立石さんのような経営者の人生が一冊の文庫になるのはじつにタイムリーですよ。本当に元気が出る本でした。部下の頭の上で胡座をかいているような経営者にも、嫌な上司に悩むサラリーマンにも、是非読んでもらいたい本です。

(たかすぎ・りょう 作家/ゆたに・しょうよう ジャーナリスト)

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