ホーム > 書籍詳細:寝ても覚めても本の虫

読書の達人、児玉清さんは、こんな作家にハマってきた! 「もう、ぞくぞくするような愉しさなのだ。」

寝ても覚めても本の虫

児玉清/著

637円(税込)

本の仕様

発売日:2007/02/01

読み仮名 ネテモサメテモホンノムシ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-130651-3
C-CODE 0195
整理番号 こ-38-1
ジャンル エッセー・随筆、本・図書館、人文・思想・宗教
定価 637円
電子書籍 価格 605円
電子書籍 配信開始日 2008/05/01

大好きな作家の新刊を開く、この喜び! 本のためなら女房の小言も我慢、我慢。眺めてうっとり、触ってにんまり。ヒーローの怒りは我が怒り、ヒロインの涙は我が溜め息。出会った傑作は数知れず。運命の作家S・ツヴァイク、目下の“最高”N・デミル、続編が待ち遠しいT・ハリスに、永遠の恋人M・H・クラーク……。ご存じ読書の達人、児玉さんの「海外面白本探求」の日々を一気に公開。

著者プロフィール

児玉清 コダマ・キヨシ

(1934-2011)東京生れ。学習院大学独文科卒。東宝映画を経て1967(昭和42)年フリーに。NHK大河ドラマ「龍馬伝」、日本テレビ「花は花よめ」、TBS「ありがとう」、フジテレビ「HERO」など、数多くのドラマに出演。朝日放送「パネルクイズアタック25」、NHK・BSII「週刊ブックレビュー」の司会も務める。著書に『たったひとつの贈りもの―わたしの切り絵のつくりかた』『人生とは勇気』など。

目次

I いつもそばに本があった
どうして本が好きになったか
わが青春の岩波文庫
僕にとっての稀覯本
クリスティを読んでいない
女性ハードボイルド作家の時代到来
“ジャンク・フード”のような愉しさ
大統領夫妻を直撃した本
世界を震撼させる二大ベストセラー作家
“ライアン”はアメリカ人の心の具現者か
虜になったヒロインたち
II 本棚から世界が見える
“面白小説家”デュマの復権
欠陥図書館
真の商売上手
アメリカ人の理想の男
タイガー・ウッズとダブル・ボギー
“夢の国”の裏の顔
名画の運命
夢ふくらませたスイスの物語
コンピュータvs.人間、チェスの対決
赤ワインに目覚めた本
S・シェルダンの迫力
南北戦争への郷愁
マイヤーリンクの墓泥棒
太宰治とゲイシャ物語
アメリカに根づく感動物語
老いてますます……
替え歌だった「アロハ・オエ」
バハマのヘイリー氏
奇跡のゴルフ本
淀川長治さんの一言
“危険中毒者”たちの至福のとき
史上最高の続編
III わが愛しの作家たち
WANNABESの新星
古骨を掘り起こせ!
フォレットの風貌
乗って、走って、落ちて……
ダルマさんに夢中
事実は小説より……
恐怖の医療小説
名コンビの快作
純愛に死闘をからめて
映画化の夢と希望
文豪スパイの活躍
新人の当たり年
サリンを阻止せよ!
スパイ小説の結実
エレガントな謎解き
青春が蘇る
六〇年代への追想
恐怖の“いるか現象”
疑惑の島
すべては聖書に
魔都の六人
幸運のゆくえ
コブラの恐怖
鷲が蘇った
極限の頭脳戦
カリスマの警告
海の男への憧憬
流星、再び
一幅の名画のように
ハードボイルドの街
百年目の月面
夾竹桃の夜
筆跡鑑定官
したたかな囮
クライトン久々のSF
王者のゲーム
絶望の淵から
運命の血筋
最後のドン
八十歳のファイト
ベテラン作家の世紀末
妻の謎の死を追って
熊と龍
法律家が消えた
IV 女流作家の時代に乾杯
等身大のヒロインの鮮烈なる登場
超美女多作作家に脱帽
虜になったら逃げられない
心の魔性を白日の下に
家族とは何か
“ブリーズィー”爽やかな暖かさ
ミステリの女王、登場
元弁護士の描くハラハラドキドキ
スリルとロマンス!
コーンウェル以上?!
爽やかにして斬新……
内科医の冴えた筆致
人間の目くるめく欲望を抉る
本のある日々――あとがきにかえて
文庫化に寄せて

まとめテーマでくくる 本選びのヒント

立ち読み

 聞くところによると、井上ひさしさんの家では、実際に本の重さで床が抜けてしまったそうだが、井上さんの十三万冊以上という蔵書には到底及ばぬ、その十分の一以下の蔵書数とはいえ、狭いわが家の一階と二階の書庫には収まりきらず、床まで山積み状態となってしまった。そのうち家内の警告どおり、次第にわが家は書庫側が本の重さで沈みはじめ、ベランダへ通じるドアの引き戸がゆがんで、鍵をかけなければきちんと閉まらないという緊急事態に陥ってしまった。
 それにしても本は重いなぁとつくづく思う。二十年ほど前から、英語のハードカバーを読むのが、“大”のつく愉しみとなった僕は、アメリカやヨーロッパへ旅行する際には、このときとばかりに本を買い漁り(といってもまだ自制心が働いて目茶買いとまではいかないが)、二十冊くらいの小説をトランクに入れて持ち帰る。しかし、その重さといったら……。
 ホテルで荷物を取りに来てくれるボーイさんが、持ち上げようとした瞬間に、予想に反するトランクの抵抗に驚いて慌てて持ち直し、気合を入れてやっと運び出すなんてことはしょっちゅうだ。その度に僕が「ブックス」と声をかけると、ボーイさんは、あっそれでかと納得顔になる。
 本の重さは空港でも大問題となった。超過料金を請求されそうになるというトラブルまで起こってしまい、ハラハラドキドキもののスリルを経験してからは、トランクにはせいぜい十冊程度を収め、残りは機内持込み手荷物として自分で持つことにした。ところが、これがもう死ぬほど重い。泣きたくなることもしばしばである。しかし、好きな本のためならこれくらいのことは我慢、我慢と、外国へ出るたびに今でも続けている。この頃は少し智恵もついて、スチュワーデスの皆さんが判で押したように引いている例のヤツを使うようになったので、ちょっとは楽になったが、段差のあるところでは相変わらず手で持ち上げなくてはならず、今もって大労働を強いられている。
 数年前の話だが、ロンドンから乗ったBA便が空港管制官の指名ストに遭って滑走路上で立ち往生してしまい、ようやく一時間半遅れでオランダのスキポール空港に到着したことがあった。乗り継ぎ便の東京行きオランダ航空の出発時間はギリギリに迫っており、BAの地上係員の「走れば間に合う」という指示に従って、必死になって走った。また運の悪いことに、BA航空とオランダ航空極東便の発着場所は、広大な空港施設の両端にあった。その遠いことといったら、僕の感触では確実に一〇〇〇メートルはあった。
 懸命に走りに走り、息も絶え絶えになってようやくゲートに辿り着いたのだが、「ああ無情!! レ・ミゼラブル」。既に飛行機はゲートから離れ出していた。
 係員がオオ!! と両手を広げる前で、僕は床に仰向けに倒れこんでいた。そして倒れると同時に、大声で悲鳴をあげていた。東京便に乗り遅れたという無念さもさることながら、ずっと胸に抱えて走ってきた物凄い重さのボストンバッグが、倒れた瞬間に僕の顔面を襲ったのだ。僕は転がったまま、しばし起き上がることができなかった。
 自分では全力疾走したつもりが全然スピードが出ていなかったのも、途中で何度もへたって止ってしまったのも、全部ボストンバッグ一杯に詰め込んでいた十冊のハードカバーのせいなのである。一冊がだいたい四〇〇頁のハードカバーは重いのだ。
 ところで、僕が最初に手にした原書は、D(ディック)・フランシスの『TWICE SHY』(邦題「配当」ハヤカワ・ミステリ文庫)だった。記念すべき一冊ということで、今でも本棚の一番目立つところに置いてある。この本を皮切りとして、好きな外国作家の作品はすべて、新刊のハードカバーで読むことを心掛けている。
「原書で読んでいる」などというと面映いが、僕の英語力がどれほどのものかとなると、これはもう甚だ心許なくて、もし正規の試験を受けたりしたら、恐らくひどい成績になると思う。しかし、原書を読むのにはさほど支障がなく、面白く読んでいるのだから、これはこれでいいと思っている。
 外国語は、格好はよくなくても最終的に通じ合えればそれでいいのだ、というのが僕の基本的姿勢である。振り返ってみれば、これまで根を詰めて勉強したという意識は僕にはまったくなくて、何冊も何冊も原書を読んでいるうちに、いつの間にか次第に直感のようなものが研ぎ澄まされてきたというのが実感だ。
 黙読しているときに、さっと頭に浮かぶ解釈とフィーリングには、えもいわれぬ味わいがあり、しばしその感覚に恍惚となってしまう。この至福を誰かと共有したいと懸命に日本語にしてみるのだが、想像力と才能に欠けているせいか、訳してみたとたんに、原文の光彩が消えてしまうような気がする。これはいったいどうしたわけなのだろう。これまで何度かそういう経験をしてからは、ひとりで密かにこの感覚を愉しむことになってしまっているのだが、本当にそれはもうぞくぞくするような愉しさなのだ。
 作家はそれぞれ独特の文体を持っていて、たとえば僕の大好きなD・フランシスは、キビキビとした簡潔で要を得た文体で実に気持ちがいい。
 話は変わるが、原文を読んでいて気づかされるのは、英語という言語が膨大な量のボキャブラリーと多様な語法を持っていることである。時として、次から次へと見知らぬ単語の羅列に、本当にこれが英語の文章なのかと、唖然とすることもある。しかもそんなことが起こるのは、決まって小説のとっかかり、冒頭部分なのだ。面白いというべきか、困ったというべきか……。
 作家はだれでも物語の出だしに凝るものだと思う。主人公が登場する前に、周囲の状況やら物語の舞台となる場所を説明したりする。そこでは文章に工夫を凝らし、難解な言葉や意味深な修飾語を重ねたりすることもあるだろう。その結果僕は、原書を読みはじめた最初の頃、冒頭部分で撃退されてしまったことが何度もあった。そこを我慢して少々分らなくても辛抱強く読み進んでいくと、突然に光が差してくるように理解できるようになる。このあたりが英語の表現力の類まれな豊かさと多様性を感じさせるところなのだが、それが世界共通語として、もてはやされる原因でもあるのだろうと思う。

感想を送る

新刊お知らせメール

児玉清
登録する
エッセー・随筆
登録する
本・図書館
登録する

書籍の分類

同じジャンルの本

寝ても覚めても本の虫

以下のネット書店よりご購入ください。

※ 詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

電子書店

Shincho Live!