エイガクロベノタイヨウゼンキロク
映画「黒部の太陽」全記録


熊井啓

DVD化も再上映もされない幻の大ヒット映画。監督自らがついにその封印を解いた! 壮絶、感動、秘話満載。

昭和43年に公開され三船敏郎、石原裕次郎の競演で空前の大ヒットを記録した傑作「黒部の太陽」。今や伝説となったこの映画の裏側には、壮絶なドラマが隠されていた。五社協定の壁、配給問題、困難を極めたトンネルセットでの撮影、そして十数名の負傷者を出した大事故。誰よりも銀幕を愛し、製作不可能と言われた大作に命をかけた男達の物語。『黒部の太陽―ミフネと裕次郎―』改題。

発行形態 : 新潮文庫
判型 : 新潮文庫
ISBN : 978-4-10-136951-8
C-CODE : 0174
整理番号 : く-33-1
ジャンル : 芸術・芸能
映画
発売日 : 2009/02/01

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熊井啓
クマイ・ケイ

(1930-2007)映画監督・脚本家。1930年、長野県生れ。1949年、旧制松本高校修了。1953年、信州大学文理学部卒業後、1954年、日活撮影所に入社。『霧笛が俺を呼んでいる』(1960)、『銀座の恋の物語』(1962)などの脚本を執筆。1964年、第一回監督作品『帝銀事件・死刑囚』を発表。以後、『日本列島』(1965)、『地の群れ』(1970)、『謀殺・下山事件』(1981)、『海と毒薬』(1986)、『日本の黒い夏 冤罪』(2000)などの社会派問題作をはじめ、『忍ぶ川』(1972)、『サンダカン八番娼館・望郷』(1974)、『天平の甍』(1980)、『千利休 本覺坊遺文』(1989)、『ひかりごけ』(1992)、『深い河』(1995)、『愛する』(1997)、『海は見ていた』(2002)などの文芸作品まで、幅広い作品を発表。監督作品数は現在までに19本を数え、そのほとんどが内外で多くの賞を受賞している。1995年、紫綬褒章受章。著書に『映画と毒薬』(キネマ旬報社)、『日本の黒い夏』(岩波書店)などがある。『黒部の太陽―ミフネと裕次郎―』の題材となった『黒部の太陽』(1968/三船プロ・石原プロ共同製作)は、監督生命を賭してまで監督・脚本に挑んだ超大作で、観客動員数733万人、興行収入16億円(現在の約80億円相当)を記録し、その年最大のヒット作となった。

プロローグ
第1章
意外な監督依頼/五社協定の壁/監督を熊井啓に/黒部川電源開発史/「黒四」建設/私の要望
第2章
登場人物について/井手雅人氏のこと/トンネルを地上につくる/シナリオを書きはじめる/石原裕次郎氏のこと/三船敏郎氏のこと/中井氏、村上所長と会う/記者会見
第3章
ルール違反/ミフネと裕次郎/五社長会議/日活幹部の態度/美術準備はじまる/生きている五社協定/岩永訓光氏のこと/宇野重吉氏と劇団民藝/笹島信義氏のこと
第4章
混沌の日々/「辞表」提出/決断の日/五社は配給しない/「解雇通知」来る/三船氏、堀社長と面会/製作に向かって
第5章
配給は東宝、日活に/メイン・スタッフ決定/黒部へロケハン出発/破砕帯/熊谷組と黒四建設/扇沢・松本へ
第6章
諸準備/大阪・第一次京都ロケ/黒部峡谷ロケ/セット撮影開始/滝澤修氏のこと/高熱トンネル
第7章
第一次豊川ロケへ/三船と裕次郎/撮影開始/湧水のなかで/破砕帯撮影準備完了/撮影中止/芳賀・笹島両氏の忠告/「ドカーン……」/コンクリートの壁/笹島信義氏と黒四・大町(関電)トンネル
第8章
その後/第二次豊川ロケへ/第三次豊川ロケへ/第二次京都ロケ/冬の立山連峰ロケ/冬の黒四ダム/松本・八方尾根/音楽・編集ラッシュ/厳冬の黒四ダムへ/音楽・効果音のこと/観客動員への期待/空前の大ヒット
第9章
日本人の素晴らしさを描きたかった(三船敏郎)
仕事の楽しさ知る、“映画は人の和で”を実証(石原裕次郎)
プロデューサーとしての責任を賭けて(中井景)
“トンネル”の闇を通って……(熊井明子)
第10章
“不退転の精神”描く(山崎豊子)
壮大な日本映画の記念碑(荻昌弘)
雄大な建設をなしとげた人間の美しさ(登川直樹)
音と映像の醍醐味を追求した稀代の映画(西村雄一郎)
追悼 石原裕次郎氏(熊井啓)
追悼 三船敏郎氏(熊井啓)
「黒部の太陽」スタッフ・キャスト一覧

シナリオ「黒部の太陽」(井手雅人・熊井啓)

熊井啓フィルモグラフィー
あとがき

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