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お父さん、あのね、私……都落ちしたいの!

偏路

本谷有希子/著

1,404円(税込)

本の仕様

発売日:2008/09/29

読み仮名 ヘンロ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 159ページ
ISBN 978-4-10-301773-8
C-CODE 0093
ジャンル 戯曲・シナリオ
定価 1,404円

東京で女優になる夢を諦めようとする娘と、とことん暴走する父(おとん)が親戚宅で繰り広げる、スリリングかつハートウォーミングな一週間。劇作家・本谷有希子の「善意」に満ちた最新戯曲。特別付録:本谷家リアル父娘対談。

著者プロフィール

本谷有希子 モトヤ・ユキコ

1979(昭和54)年、石川県生れ。2000(平成12)年「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。2007年に『遭難、』で鶴屋南北戯曲賞を最年少で受賞。2009年には『幸せ最高ありがとうマジで!』で岸田國士戯曲賞を受賞した。2002年より小説家としても活動を開始。2011年『ぬるい毒』で野間文芸新人賞、2013年『嵐のピクニック』で大江健三郎賞受賞。他の作品に、『江利子と絶対』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『生きてるだけで、愛。』『あの子の考えることは変』『自分を好きになる方法』などがある。

劇団、本谷有希子WEBSITE (外部リンク)

書評

波 2008年10月号より 「ハートフル」こそ「グロテスク」

榎本正樹

本書は、劇作家、演出家、小説家、エッセイスト、パーソナリティなど多くのジャンルで活躍する本谷有希子が主宰する「劇団、本谷有希子」によって、昨年十二月に初演された同名の演劇作品の戯曲である。初演とほぼ同じタイミングで、本谷は小説『グ、ア、ム』(新潮社から本年六月に刊行)を発表している。表現形態こそ違え、『偏路』と『グ、ア、ム』は相似形をなしている。二つの作品をつなぐのは、「家族」というテーマであり、父と娘の不均衡な関係への着眼である。
女優になる夢を実現するために両親の反対を押し切って上京するも、夢破れて「都落ち」すべく九年ぶりに帰省する二十八歳の木多若月。お遍路さんとして四国八十八カ所を巡礼し、「魂の問題」と向かいあおうとするも、先の読めない行動によって周囲の人間を混乱に陥れる公務員の木多宗生。若月の従兄妹の家を舞台に展開する物語は、「挫折した娘」と「エキセントリックな父親」の関係に焦点をあてながら、親戚を巻きこんだ壮絶な葛藤劇を現出せしめていく。
若月は直接実家には帰らず、親戚の家を経由して「都落ち」を遂げようとする。若月にとって従兄妹の家は、克服されるべき田舎の象徴である。みずからも地方出身者である本谷は、多くの作品の中で、中央(都会)と地方(田舎)を対照させつつ、あらゆるヒト、モノ、コトを均質化させてしまう田舎の空間と時間の特質を、愛憎入り交じった思いをこめて描いてきたが、この作品も例外ではない。主人公若月にとって負の属性を帯びた生まれ故郷は、浅く薄っぺらで、超克されるべき異世界として認識されている。
すでに述べたように、この作品では主人公の親戚の家が舞台に選ばれている。そのような設定が逆に、血縁関係の近さと遠さを浮かびあがらせることになる。親戚関係には「近」と「遠」、「自」と「他」、「愛」と「憎」が混ざりあっている。従兄妹の家にやって来た若月は、玄関の臭いに敏感に反応する(「臭い! ひとんち臭い!」)。さらに、伯母の和江が筋をきれいに剥き渡してくれたミカンの生暖かさが我慢できない(「き、気持ち悪いよ……!」)。彼女は、血縁関係が生みだす「ハートフルな雰囲気」を嫌悪している。そんな彼女の思いが集約された言葉が、子供時代に親戚が集った正月の酒の席でうたった替え歌の中に出てくる「グロテスク」だ。若月は親戚(関係)がグロテスクであることを訴えるが、それが自分の内側に巣くったグロテスクさと通底していることに無自覚だ。そんな彼女も、すべての登場人物を巻きこんだ茶番のような本性のさらしあいの果てに、「私が一番グロい」ことに気づかされる。彼女が最終的にたどり着いたのは、自意識という迷宮であった。
エキセントリックな父親の行動と、無条件で優しく接しようとする親戚たちに心乱されながらも、若月は東京との関係を打ち切り、田舎を受け入れ、女優になる夢を諦めようとする。諦めようとしても諦められない、しかし必死で諦め切ろうとする若月の精神の運動こそが最大のドラマであり、作品を駆動させていく原動力となる。物語は落着点を求め、「偏」った「路」を迷走しつつ、右往左往する。かくして読者は、本谷の演劇世界の核心である、「静と動のダイナミクス」を体験化していくことになるのである。登場人物や物語展開の「偏」りぶりが映しだすもの。それは血縁の不思議さであり、人間の真実である。
この作品のサブの登場人物で、十八歳の時に家のお金を盗んで詩人になるべく東京に失踪した和江の長男ノリユキは、三十三歳、無職、前歯無し、という設定だ。「失われた世代」に属するノリユキは、親や妹に依存した生活を送っている。さらに、食肉加工会社に勤める和江の夫は、過労死寸前の労働環境に置かれている。本谷は、四国のある家族の関係劇を通して、地方都市の疲弊状況を同時的に描いている。そのようなディテールにも注目して読まれるべき作品であろう。

(えのもと・まさき 批評家)

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