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あふれる怒り。せりあがる言葉。泣き笑いの果てにたどり着く、あやうい情景。

  • 受賞第1回 古本小説大賞

あめりかむら

石田千/著

1,728円(税込)

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発売日:2011/08/31

読み仮名 アメリカムラ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 174ページ
ISBN 978-4-10-303452-0
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,728円

病再発の不安を消そうと出た旅先で、体の異変に襲われた道子。その瞬間脳裏に現われたのは、あれほど嫌っていた青年の姿だった――。エリートビジネスマンへの道をまっしぐらに進み、誰からも煙たがられた友人との心の絆を描き、芥川賞候補となった表題作、下町の古本屋を兼ねた居酒屋が舞台の「大踏切書店のこと」等五篇を収録。

著者プロフィール

石田千 イシダ・セン

1968年、福島県生まれ。東京育ち。國學院大學文学部卒。2001年、「大踏切書店のこと」で第1回古本小説大賞を受賞。おもな著書に『あめりかむら』『きなりの雲』『バスを待って』『夜明けのラジオ』『きつねの遠足』『もじ笑う』など。

書評

波 2011年9月号より 大阪で笑い、のたくることば

いしいしんじ

工芸品のような文章を書く人、とエッセイをはじめて読んだときおもった。書き手がいて、読者がいる。そのあいだにガラスのようにすきとおった薄い壁が立っている。書き手は壁のむこうから、読者へ、じかに語りかけることをしない。口は結んだまま手を動かす。壁の一点からはじまって、ていねいに、独特の指さばき、息づかいで、表面に一枚また一枚と「ことば」を貼っていく。読者は、壁をくもらせないよう自然に息をつめながら、貼り絵のように、テキストがひろがっていくのをじっと見守る。平板な「ことば」だけでなく、ときおりぐいっとマチエールが盛り上がるようにおもわぬ「ことば」が重ねられはっとする。その、おもわぬ、がごく自然なので、たとえば小箱の上にぺたりとやもりが落ちて、そのまま螺鈿細工にかたまってしまったかのようにみえる。
初めて編まれたこの小説集の場合、すきとおった壁に微細な手つきで「ことば」が貼られていく感じは同じなのだが、貼られた「ことば」の端が、風をうけてかひらひらなびいている。錯覚か、とおもって目をこらし、別のところに視線を移したとたん、どうしてもやはりひらひら動くものがある。「ことば」のひとつひとつが、薄い羽根のはえた生き物のように浮きあがり、薄闇に飛んでいってしまいそうな気配、あやうさを、小説集全体がはらんでいる。かたまったかにおもえたやもりが、闇でのそのそ歩みはじめるのだ。
表題作「あめりかむら」は、変ないいかただが「間」に満ちている。主人公の女性は、からだに病というすき間をかかえ、それまでのひとづきあい、仕事から身を引き、空虚な距離をたもっている。「ことば」は、その透明な「間」に貼られ、浮きあがって揺れたり、奥へ吸いこまれ消えたりし、すきとおった「間」がそれで埋まることはないけれども、「ことば」をくりかえし貼りつけるという「いま」は、過去と未来のはざまとして、ページを繰るごとにスライドしていく。
主人公も京都、大阪へとスライドする。意志をもってというより、そこにできた間についはまる、あるいは落ちこんでいくかのように。大阪の「間」はおもったより深く、ひきずりこまれ、揺り動かされているうち、主人公自身のなかにも「おもわぬ間」、ずれが生じ、そこにいきなり、ふだん目にみえない、あるものの気配がたちのぼる。この世とそのむこうの透明な壁が、どこかでひらいているのに気づいてしまった主人公は、真空に喘ぎながら不案内な大阪を歩く。町の風景や、ひとの視線にひっかかるうち、焦点が合っていくように呼吸をとりもどし、ふと入りこんだ路地で割烹着のおばさんに手招きされ、一日限りのアルバイトをすることになる。
空間と時間をスライドし、浮遊していきながら、その道程がただの紀行に、ロードムービーになっていないのは、たとえていえば、書いている鉛筆、撮影しているカメラ自体が、揺れ動き、浮遊しているからだ。揺れ動きは読者のからだへもうつり、気がつけば京阪電車の揺れや、大阪ことばのリズムが、あのすきとおった壁までもふるわせている。「ことば」の目に見えない土台そのものが、「ことば」のように語っている。後半、小説はもう生き物となって、四肢を伸ばし、腹を見せてのたくりだす。その裏返り、うごめきに、恐怖と笑いは表裏一体だった、と深いところで納得する。

きんたろうさんは、丸椅子に座ってたばこを吸っている。
「むかしはなあ、こどものおもちゃ、してたんや」
「おとなのほうが、はやりますか」
「おとなのほうが、ずっと遊ぶみたいでなあ」
煙を吐きながら、はっと笑った。

そうして最後、記憶自体が過去からスライドし、いま、ここの大阪にあらわれる。出現した過去への、主人公の切実な問いかけは、ひとの「ことば」でなく、それまで費やされた時間自身のふるえ、叫びのように響く。この小説でははじめから、読者も含めたこの世界そのものがきしみ、ずっと揺れ動いていたのだ。ふるえていた過去がすうとおさまり、大阪に溶けていく。小説の「いま」も、気がつけば、おもっていたよりよほど広い「間」をもって、目の前に開け、「あめりかむら」へのバスは主人公を乗せ、さらにその先の闇へ、のそのそのたくりながらはいりこんでいく。

(いしい・しんじ 作家)

目次

あめりかむら
クリ
カーネーション
夏の温室
大踏切書店のこと

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