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「漁師募集! 経験不問」これは相当にヤバイ。すべてはここから始まった――。

漁師志願!

山下篤/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2007/08/31

読み仮名 リョウシシガン
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 318ページ
ISBN 978-4-10-305231-9
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,728円

「漁師募集! 瀬戸内海で鯛の養殖」の広告に東京の青年が応募した。バイト人生のお調子者智志と、四年間寿司職人見習いをした真面目な真二、正反対の二人だ。小さな島での不自由な共同生活と厳しい漁師修業に、二人は耐えられるのか。が、親方の仕事に密かに心揺さぶられるうち、二人の中で何かが変わっていく――爽やかな青春小説。

著者プロフィール

山下篤 ヤマシタ・アツシ

1958年、広島県生まれ。神奈川大学外国語学部スペイン語学科卒業。出版社勤務のかたわら、少年少女向けの作品を書き始める。『漁師志願!』は著者の故郷を舞台に書き下ろした、初めての「大人向け」青春小説である。著書に『ぼくの犬、バモス』『うそか?ほんとか? 基本紳士の大冒険』がある。

書評

波 2007年9月号より 朗々とした歌声のような  山下 篤『漁師志願!』

井上荒野

 逞しい小説である。その逞しさは、「漁師志願!」というタイトルからわかる通りのモチーフによるものであると同時に、著者の、この世界に対する目線によるものであると思う。
 そもそもの事のはじまりは、「漁師募集」である。スポーツ新聞に、その広告が載る。広告主は広島の、呉に近い小島で養魚業を営む初老の漁師。彼は言う。
「そりゃあ知った人間がおるんなら、その人に頼むよね。じゃけど、この島にゃ若いもんはおらんけん。(中略)それならいっそ、若いもんがよおけおる東京や大阪で声をかけてみよう思うてね……」
 この単純さと明快さ。この言葉は、この漁師の性質をあらわすと同時に、この小説を支える世界観にも通じている。
 応募したのは、二人の青年だ。どんな仕事に就いても長続きせず、言い訳ばかりの智志。父親に言われるままに寿司屋の下働きとなり、真面目に働いてはいるものの、何か物足りなさを感じていた真二。二人は、漁師という仕事にも、自分たちが漁師になるということにも、現実感をともなわないまま、一瞬閃いた直感のようなものに導かれて、島へ赴く。
 小説は、智志が乗り込んだ新幹線が、東京駅を離れる場面からはじまる。新幹線の速度が上がり、ホームを離れる瞬間。「やがて屋根が途切れ、いきなり差し込んできた日差しで景色は真っ白になった」。
 眩しさが、「真っ白」という言葉であらわされる、この出発のイメージは鮮やかだ。色彩豊かな小説である。読み進めていくと、その色彩とは、ようするに自然が持つものなのだということがわかってくる。
 著者自身も、広島の離島の出身だそうだ。その場所の海や空や緑や、風や匂いや光を、きっといつでもくっきりと思い浮かべることができるのだろう。
「夕日というにはまだ早かったが、その光を受けた海面は黄金色に輝き、そこを走る漁船が鋭角の二等辺三角形に海を切り裂いていた」夕暮れどきには「やがて松岩は地肌の色を失い、(中略)黒い海に溶けようとしていた」
 よけいな修飾語がない、見えるものを見たままに述べているようなこうした文章を読むと、都会育ちの私は、うらやましくなってしまう。自然に対しての、そのように素朴な、そのぶん力強い関係に憧れるのだ。
 そうして、その素朴さと力強さは、養魚という仕事の描写にも、あらわれている。
「魚を下ろしたデッキは、親方が締めた魚の血で染まっていた。それが乾き始めて、赤茶色の膜のようになっていた」「引いている網の重さは、足の指にまでかかっている。腕と背中の筋肉は張りつめ、握力が徐々に失われていく」「五寸釘は、智志が知っている中では最も太くて長く、海水で湿った垂木になかなか入っていかなかった」
 ここには単純な、しかし圧倒的な理解がある。智志や真二とともに、私たちも理解していくことになる。彼らの仕事を。それから、生きていくということを。真二がある日、遠くから聞こえる船のエンジンの音に耳を澄ませて、きっと親方の船だと思う場面がある。「それは、稚魚が予定通りにやってきたということと、真二が親方の船を音で聞き分けられるようになったことのふたつを意味するのだった」それで私たちは、智志と真二がこの島で獲得した、生きることへの手応えを思い、どんな仕事にも、どんな人生にも、それが必要であることを思うのである。
 小説には、親方以外にも、押しかけ漁師の「おっさん」、二人の青年の胸をときめかす女子高校生の友美など、魅力的な脇役たちが活躍する。恋あり、悪徳不動産屋との攻防もあり、青年の成長譚としてスタンダードな物語であるともいえる。
 しかし、スタンダードな青春小説の多くが発する、世界はこうあるべきだ、というメッセージはこの小説にはない。これは、世界は本来このようなものなのだ、という信頼に基づいて描かれた物語であり、だからこそ私たちは、朗々とした歌声を聞くように、この本を読むことができるのだ。



(いのうえ・あれの 作家)

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