イタイシンサイツナミノハテニ
遺体―震災、津波の果てに―


石井光太


生き延びた者は、膨大な数の死者を前に立ち止まることすら許されなかった。

2011年3月11日。4万人が住む三陸の港町釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1100人もの犠牲を出した。各施設を瞬く間に埋め尽くす圧倒的な数の遺体――。次々と直面する顔見知りの「体」に立ちすくみつつも、人々はどう弔いを為したのか? 遺体安置所をめぐる極限状態を追った、壮絶なるルポルタージュ。

発行形態 : 書籍
判型 : 四六判
頁数 : 266ページ
ISBN : 978-4-10-305453-5
C-CODE : 0095
ジャンル : 社会・政治・法律
社会・文化
発売日 : 2011/10/27

立ち読み
立ち読み

書評
書評/対談

映画化
「遺体 明日への十日間」
2013年2月公開


雑誌から生まれた本
新潮45から生まれた本

1,620円(定価) 購入


プロフィール 目次 感想を送る
書評

石井光太
イシイ・コウタ

1977(昭和52)年、東京生れ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に、『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『地を這う祈り』『ルポ 餓死現場で生きる』『遺体』『ニッポン異国紀行』『アジアにこぼれた涙』などがある。

石井光太 公式ホームページ
プロローグ 津波の果てに
「釜石市」地図
第一章 廃校を安置所に
日常が崩れ去って――千葉淳(民生委員)
県警からの呼び出し――小泉嘉明(釜石医師会会長)
盛岡からの派遣――西郷慶悦(岩手県歯科医師会常務理事)
新たな遺体――千葉淳(民生委員)
死者から出る気泡――小泉嘉明(釜石医師会会長)
夜の来訪者――鈴木勝(釜石歯科医師会会長)
第二章 遺体捜索を命じられて
耳を疑う指示――松岡公浩(釜石市職員)
集落が消えていく――佐々幸雄(消防団員)
警報の鳴り響く中――坂本晃(消防団員)
顔なじみを運ぶ――松岡公浩(釜石市職員)
発生後七十二時間以内――橋口鉄太郎(陸上自衛隊)
そこにあったはずの町――磯田照美(釜石消防署)
抜けていく同僚たち――松岡公浩(釜石市職員)
海上に漂流する遺体――藤井智広(海上保安部)
遺体を帰したい――松岡公浩(釜石市職員)
第三章 歯型という生きた証
検歯作業へ――鈴木勝(釜石歯科医師会会長)
感情を殺して――大谷貴子(歯科助手)
むなしい作業の連続――鈴木勝(釜石歯科医師会会長)
焼け焦げた無数の遺体――工藤英明(歯科医)
第四章 土葬か、火葬か
棺を三千基用意する――土田敦裕(サンファミリー)
火葬できぬ遺体――千葉淳(民生委員)
途切れる読経――芝崎惠應(仙寿院住職)
火葬へ送り出す――千葉淳(民生委員)
苦渋の決断――野田武則(釜石市長)
現場の混乱――土田敦裕(サンファミリー)
原形をとどめぬ遺体――千葉淳(民生委員)
「神も仏もない」――芝崎惠應(仙寿院住職)
思いがけない報告――野田武則(釜石市長)
秋田までの道のり――藤井正一(消防団員)
身元不明者の遺骨――千葉淳(民生委員)
エピローグ――二カ月後に
取材を終えて


波 2011年11月号より

無機質な数字の向こうに
稲泉 連



 三月十一日の震災から半年以上が過ぎた。
 いま被災地を訪れると、道沿いに高く積まれていた瓦礫もほぼ片付けられ、かつて町のあった場所には建物の土台だけが残されている。その土台を覆うように夏のあいだに生い茂った草が、海から吹く風に揺れる。
 そんな荒涼とした風景の中にいながら、あの震災直後の状況がどのようなものだったのかを想像するのは難しい。しかし町を取材で歩いていると、多くの人たちが亡くなったという現実を不意に突きつけられる光景に出合うことがある。
 釜石市鵜住居にある常楽寺という曹洞宗のお寺もそのひとつだった。津波で浸水した境内はひどく破壊されているものの、そこにはそれでもたくさんの遺灰が積まれている。そして寺院の裏山には土葬のために掘られた長方形の穴が、現在も草に覆われたまま放置されているのだった。
 結果的に土葬は回避されたのだが、私は本書『遺体―震災、津波の果てに―』を読んで、そのように釜石市で土葬が回避されるに至った経緯を初めて詳しく知った。そこにどのような人々の強い思いがあり、懸命な努力があったのかということも。
 釜石市では〈旧二中〉と呼ばれる廃校になった中学校に、震災当初から遺体安置所が設置されたという。著者はその遺体安置所での仕事に携わった様々な立場の人に取材し、津波災害の現場を描いていく。
 主な登場人物の肩書きを紹介することが、本書の内容をそのまま表すことになるに違いない。
 以前は葬儀社で働いていた民生委員、地元の医師や歯科医、消防署員と消防団員、自衛隊員、市役所職員、地元寺院の住職……。多くが釜石市という同じ町に暮らすかれらの中には、普段から死者に触れる機会を持つ人もいれば、市のスポーツ課の職員といった、「遺体」とは全く無縁の人もいた。しかし東北で発生した津波災害は、そのような普段の職業の違いを軽々と乗り越え、誰もが言葉を失い、呆然と立ち尽くしてしまうような光景を作り出した。
 瓦礫や車、海中から発見された遺体が次々と搬送されてくる。医師の検案や歯科医による検歯は追いつかず、〈旧二中〉は徐々に遺体で埋め尽くされていってしまう。家族を失った被災者は泣き、ときにやり場のない怒りや哀しみを、そこにいる人々にぶつけることもあった。そんななかで、かれらはどんな思いを抱きながら働いていたのだろうか。――いや、著者が抱き続けたはずの正しい問いはこうだろう。そんななかでも、かれらはなぜ働き続けることができたのか。
 捜索、搬送、検案・検歯、そして土葬についての議論から火葬へ、というそれぞれの過程で起きた約三週間の出来事を再現しながら、かれらが受け入れ難い過酷な現実にどう立ち向かい、動かぬ足を前に進めようとしたかを著者は徹底的に描いていく。ある人は死者を弔うことで、別のある人は地域のためを思い行動することで。残された遺族の傷を少しでも癒そうと、遺体に優しく語りかける民生委員・千葉淳氏の振る舞いなどには胸を打たれずにいられない。
 震災以後、死亡者と行方不明者の数が新聞の一面には毎日掲載されていた。あの数字が掲載されなくなったのはいつのことだっただろうか。本書を読みながら私は何度かそう考え、無機質な数字の向こうにはこのような現実があったのかと胸苦しさを覚えた。
 そして、それはまだわずか七カ月前の出来事なのだ――とあらためて思うとき、遺体をめぐる人々の姿を詳細に描くことを通して、忘れるな、決して忘れるな、というメッセージを伝えようとする著者の声を聞いた気がした。
(いないずみ・れん ノンフィクション作家)
判型違い



遺体―震災、津波の果てに―


関連コンテンツ



作家・石井光太ら、「震災遺体の現実」を語る【ダイジェスト】 |YouTube


新刊お知らせメール

お気に入りの著者の新刊情報を、いち早くお知らせします!

石井光太 登録


社会・文化 登録


他の条件で登録する



ページの先頭へ戻る