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沈まぬアメリカ―拡散するソフト・パワーとその真価―

渡辺靖/著

1,760円(税込)

発売日:2015/10/23

  • 書籍
  • 電子書籍あり

本当にアメリカは「沈みゆく大国」なのか――。

願望まじりの「衰退論」とは裏腹に、いまだ世界はアメリカの魅力と呪縛から逃れられない。中国や中東へ積極的に進出する大学やウォルマート、アフリカのメガチャーチ……こうしたアメリカの「文化的遺産」が、政治・教育・宗教などあらゆる分野で世界中に拡散、浸透している。アメリカ研究の第一人者が現場を歩き、その影響を考察する意欲的論考。

目次
はじめに――衰退か、それとも拡張か
第一章 ハーバード――アメリカ型高等教育の完成
ハーバードの神話/ハーバードとは何だったのか/リベラル・アーツ教育/反知性主義と「アメリカ型高等教育」
第二章 リベラル・アーツ――アメリカ型高等教育の拡張
中東のニューヨーク/アブダビにとっての「アメリカ」/東アジアの新興国へ/理念の拡張か、妥協か/「アメリカ型高等教育」のレガシー
第三章 ウォルマート――「道徳的ポピュリズム」の功罪
ウォルマートの「聖地」/スモールタウンの経営哲学/「ウォルマート・ネーション」/ウォルマートの南部性/ウォルマーティゼーション/道徳的ポピュリズム
第四章 メガチャーチ――越境するキリスト教保守主義
「ウガンダへのクリスマス・ギフト」/「神様はウガンダを愛する」/Cストリート/したたかなダブルスタンダード/ワトト教会/アメリカのジレンマ/シンガポールのメガチャーチ/拡散する信仰のOS
第五章 セサミストリート――しなやかなグローバリゼーション
“セサミストリート”はどこにある?/革新的な制作手法/リベラルマインドの結晶/綿密なローカライゼーション/その理念は日本にも届いたのか/文化外交のツールとして/中国化するセサミストリート
第六章 政治コンサルタント――暗雲のアメリカ型民主主義
政治のビジネス化の幕開け/「信条よりもビジネス」/越境するアメリカの政治手法/色褪せるアメリカン・デモクラシー
第七章 ロータリークラブ――奉仕という名のソフト・パワー
奉仕のクラブ/日本人も会長に/第二次世界大戦後の躍進/世界的展開とその限界/奉仕大国・アメリカ/ミドルクラスが担う世界
第八章 ヒップホップ――現代アメリカ文化の象徴
セジウィック・アベニュー1520番地/現代アメリカ文化の顔へ/ポストモダン的拡張/政治や外交の手段としてのヒップホップ/ヒップホップとアメリカ文化の伝統
終章 もうひとつの「アメリカ後の世界」
地域コミュニティからテーマ・コミュニティへ/アメリカナイゼーションの実態/通底するデモス=市民へのこだわり/マーケットの論理や力学への信頼/アメリカナイゼーション批判の陥穽/私たちは如何なる代替案を持ち得るのか
おわりに

書誌情報

読み仮名 シズマヌアメリカカクサンスルソフトパワートソノシンカ
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 208ページ
ISBN 978-4-10-306032-1
C-CODE 0095
ジャンル 外交・国際関係、社会学、地理・地域研究
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,408円
電子書籍 配信開始日 2016/04/08

書評

生きて動くアメリカ文明

会田弘継

 アメリカの力とはなんだろうか――。
 繰り返しいわれる「衰退論」にもかかわらず、アメリカは復活する。中国を筆頭とする新興国の登場で、相対的国力は落ちたようにみえる。が、アメリカのさまざまな文化は、いまも世界に広がり続けている。これを従来のソフト・パワー論では捉えきれない。
 そんな思いを抱いて、著者はアメリカを探る旅に出たのだろう。どこか、建国間もないアメリカを旅して名著『アメリカのデモクラシー』を著したトクヴィルを思い起こさせる。
 しかし、未来の知れぬ小さな実験国家を歩いたトクヴィルの旅とは大きく異なってもいる。本書の旅は、アメリカの国境を出て遠くアジア、アフリカに及ぶ。いまアメリカを探ろうとすれば、地球を歩き回らなければならない。二百年でアメリカはとてつもなく大きくなり、変わったのだ。が、変わらぬ原理も働いている。
 アメリカを探るこの世界紀行の中で、評者が興味を抱いたのは、メガチャーチの地球規模での拡散である。礼拝に万単位の人を集めるものさえある、アメリカ起源の巨大プロテスタント教会がアメリカからアフリカ、さらにシンガポールや韓国まで広がっている。世界最大のメガチャーチは韓国にあるという。メガチャーチの章で描かれるのは、アメリカ文化の拡散の複雑な有様だ。
 アメリカは性的少数者(LGBT)の権利擁護で大きく地平を切り開きつつある。先を行く欧州の国々もあるが、超大国アメリカの前進は世界を牽引する影響力を持つ。
 しかし、そうしたアメリカ発のリベラル潮流の広がりに真っ向から反抗し、性的少数者の厳罰化を進めている国がある。アフリカの小国ウガンダだ。反抗の拠点は同国にあるメガチャーチで、それを背後で支えているのは、アメリカのキリスト教保守派だ。こうして、アメリカのリベラル・保守の対立が、メガチャーチの拡散を介して世界規模で展開される。
 ただ、ここで著者が注意を促すのは、単にアメリカのメガチャーチがそのまま外に移転しているだけではないことだ。形式はアメリカのメガチャーチそのものでも、ウガンダあるいは韓国でそれが隆盛となった背景や意味は異なる。また現地の抱える社会問題に即してメガチャーチの社会福祉活動も活発に行われている。「現地化」だ。
 ここにアメリカ文化の拡散のダイナミズムがある。現地化は、アメリカの大学教育の世界的展開、あるいは一九六〇年代末に誕生した子供教育番組「セサミストリート」の世界中への(文化政策としての)展開でも起きている。番組は意識的に、綿密に現地化され世界一五〇カ国で放映されてきた。
 現地化以上に興味深いのは「逆流」だ。典型例として挙げられたのが、ヒップホップである。底辺の若者たちの音楽として生まれたヒップホップは、いまやハーバードなど名門大に研究所や文献コレクションが置かれるまでになり、メインストリーム化した。そのヒップホップが世界に拡散し、さまざまな国で現地化し、そのうちの一つ韓国人ラッパー「PSY」の「江南スタイル」はアメリカに逆流して大ヒットとなった。日米間でもそうした例はいくつかあったろう。
 大衆文化に限らず、ビジネス、宗教……さまざまなアメリカ文化の拡散は、現地化を進め、逆流を引き起こしている。アメリカナイゼーション、グローバライゼーションと名付けながら、実はわれわれがよく理解していなかった現象を、著者は詳らかにしてくれる。それは「(文化)帝国主義」というような言葉では片付けられない、まさに「文明」と呼ぶべきものが生きて動いている姿だ。
 著者が終章で引用する「私はアメリカの中にアメリカを超えるものを見たことを認める」というトクヴィルの言葉は、まさにアメリカが文明現象であるという意味だ。
 その文明の本質は何か。それは、本書冒頭に引かれたゲーテの詩「アメリカ合衆国に」が象徴する。過去も追憶もない。詩人が「あかるい現在をあくまで享受するがいい」と呼びかけた文明だ。その文明は巨大化(メガチャーチ)、拡散(スーパーチェーン)を求めてやまない。一見、異様に明るい。だが、過去も追憶も拒んで、その底にある寂寥は深い。
 近代はしかし、その本質に根ざすアメリカを乗り越えうるいかなるモデルを見いだせるのか――。著者の終章の問いを、衰退どころか、いまも拡散し続けるアメリカを見つめながら考えなければなるまい。

(あいだ・ひろつぐ 青山学院大学教授)
波 2015年11月号より

著者プロフィール

渡辺靖

ワタナベ・ヤスシ

1967年生まれ。慶應義塾大学SFC教授。専攻は、文化人類学、文化政策論、アメリカ研究。上智大学外国語学部卒業後、1992年ハーバード大学大学院修了、1997年Ph.D.(社会人類学)取得。2004年、『アフター・アメリカ』でサントリー学芸賞を受賞。著書に『アメリカン・コミュニティ』(新潮選書)、『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書)、『文化と外交』(中公新書)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版新書)など。

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