ホーム > 書籍詳細:月のころはさらなり

「物語る」力を持った新人の登場! 選考委員・宮部みゆき大絶賛の青春ミステリ。

  • 受賞第3回 新潮エンターテインメント大賞

月のころはさらなり

井口ひろみ/著

1,296円(税込)

本の仕様

発売日:2008/01/31

読み仮名 ツキノコロハサラナリ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 190ページ
ISBN 978-4-10-306361-2
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 1,296円

「母さん。あの後、父さんをどうしたの」母に連れられ田舎の古びた庵にやってきた悟が出会ったのは、不思議な力を持つ美少女と生意気な少年。村の禁足地にあるというこの庵の役割とは? そして、殴りつけたまま家に残してきた悟の父の消息は? 二度と訪れることのない夏の日をみずみずしく描き、圧倒的支持を得た大賞受賞作。

著者プロフィール

井口ひろみ イグチ・ヒロミ

1971年、静岡県浜松市生まれ。愛知大学文学部西洋哲学科卒業。2007年、「月のころはさらなり」で「第三回新潮エンターテインメント大賞」を受賞。

書評

波 2008年2月号より 現実をしっかりと見据える、“本物の小説”

大森望

新潮エンターテインメント大賞は、公募新人賞には珍しく、最終選考委員が作家ひとりだけで、しかも毎年交替する。第一回の石田衣良、第二回の浅田次郎に続いて、第三回の選考委員は宮部みゆきがつとめた。
版元にとって新人賞は宝くじみたいなもので、アタリが来るかどうかは蓋を開けるまでわからない。一本でも傑作があればいいけれど、往々にしてどんぐりの背比べに頭を悩ませることになる。その場合、どれか一作をひとりで選ばなければならない選考委員の悩みは海よりも深い。
実際、宮部さんは選評で、「昨年の浅田さんの苦渋のにじむ選評を拝読した時点で、第三回もこんな感じだったらどうしようかと、気の小さい私はあれこれ心配を始めていました」と書いているくらいだが、さいわいその心配は杞憂に終わった。今回は、まちがいなくアタリの回だったのである。
もっとも、受賞作の井口ひろみ『月のころはさらなり』は、冒頭から傑作の予感を漂わせるタイプの小説ではない。
主人公は十七歳の悟。母親の園子と、御千木にある母方の祖母の家を訪ねた帰りみち、「これから知り合いの家に寄るから、悟は電車で先に帰りなさい」と言われるが、無理やり母親に同行し、山奥の庵にやってきた。おんば様と呼ばれる老女が住むその家に、母はかつて預けられていたことがあったらしい。電話もテレビもなく、土間に竈に五右衛門風呂という時代錯誤な暮らしぶり。それに加えて、母とおんば様との会話には聞き慣れない言葉が混じる。預かり子、鈴鳴らし、はふり、魂振り……。おんば様は、悟の質問に答えて、
「……御千木の子供に時々おるが、神社の鈴を紐を引かずに鳴らすことができるだね。園子さは十三のころ、それで預かり子になっただよ」とあっさり説明する。「御千木では別段、珍しいことじゃないに。外のもんに云わんだけだら」
どうやら、一種の超能力のようなものを持つ子供が庵に預けられるしきたりらしい。庵には今も、茅という名の少女が、預かり子として暮らしている。その茅に会うために庵を訪れ、悟に激しい敵意を燃やす小学六年生の真。体調を崩した母親が寝ている間、悟は茅や真と一緒に行動し、半信半疑のまま、“鈴鳴らし”や“魂翔け”を少しずつ受け入れてゆく。
恩田陸の《常野物語》シリーズを思わせる設定だが、しかしこの小説はそちらの方向には向かわない。核になる謎は、庵がなんのために存在するのか、真はなぜ庵に入り浸るのか、真の父はなぜそれを嫌うのか、そして悟の母はなぜ庵にやってきたのか。茅はどうしてここに住んでいるのか……。
郷愁を誘う庵の暮らしや周囲の美しい自然の描写と裏腹に、小説の後半は、外部の現実が悟の前に立ちはだかり、“家族”というテーマが急浮上してくる。山中の庵は、幻想の異界ではなく、家族の関係を見つめ直すための避難所、一種のセーフハウスとして機能する。現実からワンクッション置いたこの空間をモデルとすることで、それこそ宮部みゆきの『理由』や『楽園』に描かれたような重いテーマが短い枚数の中に凝縮され、後半の緊迫した展開へとつながる。そしてラストは、ポジティヴでありながら、現実をしっかり見据えたごまかしのない結末がすとんと読者の胸に落ちる。
本書を読み終えたあと、《小説新潮》に載った「受賞の言葉」に目を通して、その理由がなんとなくわかったような気がした。第一稿を書き上げたあと、著者の末の妹が病に倒れ、二十代の若さで世を去ったという。「怒りに近い心境で、それまで書いていた物語の、冒頭と後半を書き直す決心をした」ときの心境を、井口ひろみはこんなふうに書いている。
「人を亡くす悲しみなんて、当たり前のことを一行だって書いてやるもんか。世の中には、理不尽なことや酷いこと、どうしようもないことがいくらでもあって、それをただ書いても仕方がない。私が知りたいのは、読みたいのは、それでも生きていけると、大丈夫だと、そう思える何かだ」
この強い決意にふさわしい、本物の小説が誕生したことを喜びたい。


(おおもり・のぞみ 書評家)

感想を送る

新刊お知らせメール

井口ひろみ
登録する
ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
登録する

同じジャンルの本

書籍の分類