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坂を上るのは苦ではない。患者と仲間が、為すべきことが、待っている限り――。

春告げ坂―小石川診療記―

安住洋子/著

1,836円(税込)

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発売日:2011/11/22

読み仮名 ハルツゲザカコイシカワシンリョウキ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-307063-4
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,836円

看護人の質は悪く、薬料にも限りがある。思うに任せない坂の上の養生所で奮闘する若き医師・高橋淳之祐。不治の病に苦しむ貧しい人々に、自分ができることは何なのか。患者の秘められた人生が、思いもよらぬ形で父の死の真相を明らかにするとき、彼の前に進むべき道が現れる。さわやかな感動を呼ぶ、安住版「赤ひげ」青春譚。

著者プロフィール

安住洋子 アズミ・ヨウコ

1958(昭和33)年、兵庫県尼崎市生れ。1999(平成11)年、「しずり雪」で長塚節文学賞短編小説部門大賞を受賞。2004年、中短編集『しずり雪』でデビュー。著書に『夜半の綺羅星』『日無坂』『いさご波』『春告げ坂―小石川診療記―』がある。

書評

波 2011年12月号より 江戸の“ER”多事多難

縄田一男

一作ごとに精進――こう記すと古くさい言い方に聞こえるかもしれないが、彼女の場合、小説を書くという行為は、努力などということばより、こちらの方がふさわしいように思われる――し、着実に腕を上げている安住洋子の最新作は、当然のことながら、これまでで最良の作品となった。よく、作家のジョークとして「あなたの最高傑作は?」と問われて、「次回作です」と答えるものがあるが、安住洋子の場合、その通りのことが全身全霊で行われている、といっても過言ではなかろう、と思われる。
作品の舞台は小石川養生所、そして主人公はここにつとめる若き医師、高橋淳之祐。小石川養生所というと、私たちは安易にTVの「大岡越前」を思い浮かべ、ユートピアのようなところかと思いがちだが、決してそうではない。中間たちが、小遣い稼ぎに薪や炭をチョロまかしては横流しをする、博奕をする者もいる。治る見込みのない患者には、退所が半ば強いられる。難病の患者が死亡した場合は、自分の点数が低くなるので、要領のいい医師はなるべくこれらを看ない。金はいらない立て前だが、看護中間が懐に入るものは何でも受けとるので、それによって患者の扱いに差が出てくる。
それでも淳之祐は、「坂を上るのは少しも苦痛ではない。/そう思える自分は充実した毎日を送っているということだろう」と考え、自分と志を同じくする仲間たちと何とか改善を図るべく努力している。毎回、診療譚と市井の事件が絡み、第五話からは安住作品ではお馴染みの友五郎親分も特別出演。第一話「春の雨」で、ここで働くことになった、淳之祐のある事情が語られる。
そして私が最も感心したのは、作者が人の死の場面を描く巧みさである。いや、巧みだなどといっては、その荘厳さに対して失礼になろう。こういう場面を読者に納得してもらうように書くのは極めてむずかしい。愁嘆場も度が過ぎると読者は鼻白んでしまうし、あまりにアッサリしていると人間味が失われる。死の場面を描く場合は、書き手は常に、時には作者は作中人物に対して残酷にならねばならぬことを念頭におき、冷静さをもって、読者が泣く前に自分が情に溺れないこと、換言すれば、作者が先に泣いてしまっては、読者が泣けなくなってしまう、ということを頭にたたきこみ、できるだけ、簡潔に、そして、どこかに一行の力を持った文章を記すことが大事なのだ。
安住洋子は、これを完璧にこなしているが、第三話「夕虹」における、手習い所の先生、お文と、淳之祐の義母、佳枝の死の場面でやられてしまった。もう、号泣ものである。
ここで少々、私事を書くことをお許し願いたい。私の義母は、B型肝炎とその合併症で他界したが、義母の意識がなくなってから、私は家内と二人で交代で病院に詰めた。家内の父は既に他界しており、母まで亡くなってしまったら――という思いが家内にはあり、必死だった。その気持ちは重々承知していながら、原稿を書きながらの看病に疲れ切った私は、一晩だけ、休みをもらい、知人と食事に出た。そして、食事をしている最中に、歯が一本、抜けてしまった。仕方なく、翌日、歯科医に行き、急いで病院に戻ると家内が号泣していた――。義母は死ぬ前に私の名を一言、口にしたという。こんな大事なときに私は家内を一人にしていたのか。もとはといえば、私が一晩休んで歯が抜けたせいである。それ以来、私は歯が抜けようが、欠けようが、虫歯になろうが、一切放置し、一度も歯科医に行っていない。愚かな自分が許せないのだ。
そして話を小説に戻すと、小石川養生所というと、山本周五郎の『赤ひげ診療譚』が有名だが、あの作品で見習い医師、保本登が、赤ひげこと新出去定という一個のカリスマに導かれ成長していくのに対し、この一巻で、淳之祐は、自分より医学的知識を持っていない者や、志だけで養生所を変えようとする者=多くの仲間とともに成長していく。これは、かつて海外ドラマでも、ベン・ケーシー=赤ひげというように一個の天才的医師が病気だけでなく、患者の人生までも治療してしまうのに対し、『ER緊急救命室』の医師たち=淳之祐と仲間たちのように、現代の病に対しては、もはやチームが必要であることを象徴してはいまいか。
こういう志高い作品を読むと、まったく寿命が延びる思いがする。

(なわた・かずお 文芸評論家)

目次

春の雨
桜の風
夕虹
照葉
春告鳥

判型違い(文庫)

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