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心と躰の深奥に潜む“生”への飽くなき欲望――。河野ワールド全開!

臍の緒は妙薬

河野多惠子/著

2,052円(税込)

本の仕様

発売日:2007/04/27

読み仮名 ヘソノオハミョウヤク
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 174ページ
ISBN 978-4-10-307809-8
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 2,052円

毒か薬か、震える手で母は……自分の臍の緒が短くなっていることを知った女が推理を始める表題作。日中戦争が始まったころの尋常小学校の日常をリアルに描く「月光の曲」。占星術師に亡くなった夫を観てもらう女(「星辰」)、生まれ得たかも知れぬ子どもの像を密かに創る女(「魔」)。甘美な戦慄にいざなう純文学の醍醐味!

著者プロフィール

河野多惠子 コウノ・タエコ

(1926-2015)1926(大正15)年、大阪生れ。大阪府女専(大阪女子大学)卒。〔文学者〕同人になり、1952(昭和27)年、上京。1961年「幼児狩り」で新潮社同人雑誌賞、1963年「蟹」で芥川賞を受賞。著書に、『不意の声』『谷崎文学と肯定の欲望』(共に読売文学賞)、『みいら採り猟奇譚』(野間文芸賞)、『後日の話』(毎日芸術賞、伊藤整賞)、『秘事』『河野多惠子全集』など。日本芸術院会員。文化功労者。

書評

波 2007年5月号より 欲望の虜になった女たち  河野多惠子『臍の緒は妙薬』

菅野昭正

 まず最初それはふとした切っかけからはじまる。思いがけなく出会った偶然のなせる業と言ってもいい。そのまま見過されて、何事もなく終っても不思議でないようなその小さな切っかけが、当人は考えてみたこともない欲望の種を蒔く。それはやがて芽となり蕾に育つ。そんなふうに形がはっきりしてくるにつれて、これは犯罪とか悪事ではないにせよ、他人に知られては具合のよくない常識はずれの望みであり願いであることに、当人はやはり気がついて後ろめたい気分になる。だが、しかし、そのときはもう遅い。欲望はすっかり花開いて、とても抑えきれないところまで肥大してしまっている……。
 こうした慮外の欲望の虜になった女性の心の過程が、河野多惠子の小説には緻密さを尽して書きわけられる。欲望が少しずつふくれあがってゆく段どりが、そこでは不自然さをまったく感じさせずに運ばれてゆく。それにまた、わけの分らない奇妙な偏執に憑かれた人物が、それこそ常識はずれの変人奇人であったら、これはもうお話にならない。河野さんの妙技のひとつは、押しも押されもしないまともな市民生活に励む女性のなかで、常軌を逸した隠微な魔力がはびこってゆく秘かな不均衡から、小説的な興趣を湧きださせるところにある。この魔力は他人に害をおよぼすことはない。しかし当の健常な女性のなかで、それは狂気すれすれまで昂じることもある。いずれにしろ、正常のなかの隠れた異常、常識のなかの非常識を、これ見よがしの不自然な誇張などいっさい寄せつけず、均衡のとれた丁寧な筆致で照らしだしてゆく至芸を、読者は読むことができるのである。
 いや、いまさら至芸とか円熟とか言ってもはじまらないが、ここに収められた短篇小説を前にすると、そんな言葉が出てくるのはどうも致しかたがない。たとえば「魔」。夫婦とも再婚、会社勤めをしている女性が、電車やバスで乗りあわせた親子づれの姿にふと注意をひかれるようになる。そして、もし夫とのあいだに子供ができたら、どんな顔になるか知りたいと望んでいることに気づく。そのためにコーンスターチで細工しようと思いつくのだが、せっかく買った品物をどこかにしまい忘れ、魔が隠したのだと考えたがるあたりには、空しく切実な心理を中和するユーモラスな色調がただよう妙味もある。
「星辰」は、開業医だった夫の死後、夫を追慕する初老の女性の心の動きをこまやかに書きわけて印象的である。はじめ苦痛だった夫の思い出がやがて「甘美」になり、さらに生前の夫の運勢を知りたいという欲望に結晶する過程には、女性の心情の優しさが巧まずに縫いこまれている。星占い師に頼って、そのおかしな欲望を満たしたいと思う気持はただの気まぐれではなく、夫をもっと理解したいという動機が働いていることもよく分る。星占い師の最後の答えの意外さが、飄逸な点睛になっている事実もぜひ言いそえておきたい。ともあれ、作者の筆に練達な余裕がなければ、こういう効果ある締めに行きつくものではない。
 ところで、私がいちばん堪能させてもらったのは「臍の緒は妙薬」である。死者の臍の緒を棺桶に入れる風習を知ったことからはじまって、主人公の女性が臍の緒にまつわるさまざまな伝承や習慣を耳にするたびに、彼女のなかにめざめる関心が活写される。こうして、実物を見たいという欲望を中心にして、そのさまざまが小説の厚みを作りだすことになるのだが、とりわけ大病の妙薬の話がやはり秀逸である。自分の臍の緒を煎じて服用する効果。それを信じこんだ主人公が、末期癌に苦しむ妹に勧めたくて焦慮する件など、名人芸としか言いようがない。というのも、本人さえ持てあますほどのその切迫した状態を通して、ひとの心の奇怪さや不可解さが、妖気さながらに浮かびあがるからである。
「月光の曲」についても最後に一言。ある小学校の生活の情景がそのまま、ここでは、日中事変のはじまる前後、しだいに窮迫してゆく世の中の雰囲気を濃密にあらわしている。あの時代を知らない読者にも、みごとに再生されたこの市井の片隅の歴史を、ぜひ読んでほしいと思う。


(かんの・あきまさ 文芸評論家)

目次

月光の曲
星辰

臍の緒は妙薬

判型違い(文庫)

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