ホーム > 書籍詳細:二月三十日

人間は、生きようとする。あり得ない日までを――。著者、今世紀最初の短篇小説集。

二月三十日

曽野綾子/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2008/06/27

読み仮名 ニガツサンジュウニチ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 294ページ
ISBN 978-4-10-311418-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,728円

宣教の夢破れた異境で、絶望の淵に沈もうとしていた修道者が書き残した、本当はある筈のない日付の日記……。出会いと別離、憎しみと悲哀、裏切りと貧困、病苦と戦禍、そして信頼と愛。人間が一つの運命と直面する「その時」を達意の筆に捉えて、いま、この人生という旅を続ける者を見守る道標とも言うべき、13の短篇小説。

著者プロフィール

曽野綾子 ソノ・アヤコ

1931(昭和6)年東京都生まれ。作家。聖心女子大学卒。1979年ローマ法王庁よりヴァチカン有功十字勲章を受章、2003年に文化功労者。1995年から2005年まで日本財団会長を務めた。『人間の基本』『人間関係』『人間にとって成熟とは何か』など著書多数。

書評

波 2008年7月号より 「どこにもない日」のリアリティ

富岡幸一郎

表題作をふくむ十三の作品を収めている。
『二月三十日』は、西アフリカのリバティー・ヒルという港町を訪れ、一八五〇年代に宣教に来たイギリス人神父たちの墓に遭遇した「私」が、彼らの悲劇的な記録の日記を読むという話である。港町から五十キロほど北方の村落に布教に入った七人の修道士たちは、「無秩序と非人間性の蔓延るこの暗黒の大陸に神の愛と真理を実感的な光としてもたらすべく」選ばれた愛の人々であった。年齢もかつての職業もそれぞれ異なりながらも、七名は神に召された者たちとして、未知の土地に福音をもたらす使命を帯びて来たものの、住民の無理解と猖獗をきわめる風土病によって次々に倒れる。文字通り暗黒のなかでわずか八十日あまりで、全員が帰らぬ人となった。最後の神父の日記の日付は「二月三十日」であった。病いに冒され朦朧たる意識のなかで書いたのであろう、その日付はむろん「どこにもない日」である。
修道士たちが陰惨な未開の闇と死にのみこまれていく記述は、宣教の歴史のまぎれもない現実の一頁であろう。しかし、これはノンフィクションではなく、小説という虚構によってはじめて捉えられる人間の生々しい現実、そこに浮かび上がる生と死のリアリティである。歴史の記述が神の栄光を現わした殉教者たちとして、その「事実」を記すとすれば、その事実が覆い隠してしまう人間の赤裸な現実の「真実」こそを小説は掬い上げる。「どこにもない日」の強烈な現実感といってもよい。この作品集の短編は、それぞれテーマも背景も異なるが、一貫しているのはこのフィクションの力なのである。
それは『パリ号の優雅な航海』の船乗りが地球の大自然を相手に航海の安全を計り、日ごと夜ごとの冒険をくりかえしながら、家庭の現実や友人の死という日常性の戦いから逃げているという苦い感覚であり、『一言』の、貰いものの牡蠣をたまたま分けたことでそれまで知らなかったある家族のささやかな幸福感が伝えられることであり、『ジョアナ』に描かれる修道女がブラジルの貧村で接する現地の少女の寂寥であったり、『おっかけ』の玉代という女性の、次々に不幸な現実にぶつかりながらも、それを決して嘆かない「小さな勇気」であったりとさまざまであるが、いずれも印象深い読後感を残す。
『四つ割子』は、未知の読者から作家に送られた手紙の形をとった、ひとつの家族の物語であるが、そこに流れている「悲しみ」は、まさに人間の「真実」の断面である。
「私はごく自然に、悲しみこそ人間の存在の証だと思うようになった。それらの手紙に書かれたできごとは、珍しいことかもしれないが、決して異常なものではなく、むしろ普遍的な健やかな人生の断面において輝いていると思うようにもなったからだった」(『四つ割子』)
近年の小説を読んで気になるのは、小説がその本来のフィクションとしての柔軟で自在な力を捨てて「異常のもの」を描こうとしているところだ。事実は小説よりも奇なりではあるが、現実社会の事実を作家が追いかけようとすれば、「人生の断面」の輝きを切り取り、その真実を読者の前に静かに開示してみせる、小説の本然の魅力を損うことになるのではないか。
この作品集から、特にどの一編をというのはむずかしいが、アフリカの極貧の地に自らの意志で赴き、二年間という限られた歳月とはいえそこで献身的な働きをして帰る女主人公を描いた『手紙を切る』を評者は採りたい。彼女の行動は勇気あるものだが、ここにあるのは人間の生の、むしろ自然な力の発露である。そして憧れていた初恋の男との再会の場面でのやりとりのなかに、ふっと浮かび上がる二人の間の「深淵」の感触。むろん作品の主眼はここにあるが、それは少しも特殊なものではない。誰もが人生のなかで触れざるをえない距離の悲哀であろう。

(とみおか・こういちろう 文芸評論家)

目次

パリ号の優雅な航海
一言
上海蟹
ジョアナ
道のはずれに
四つ割子
二月三十日
おっかけ
手紙を切る
小説の作り方
櫻の家
極悪人
光散る水際で

判型違い(文庫)

感想を送る

新刊お知らせメール

曽野綾子
登録する
文芸作品
登録する

同じジャンルの本

書籍の分類