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たとえ「毒」でも、「ボケ老人」でも――親を捨てられない長女たちの行く末は?

長女たち

篠田節子/著

1,728円(税込)

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発売日:2014/02/21

読み仮名 チョウジョタチ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 284ページ
ISBN 978-4-10-313363-6
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,728円

痴呆が始まった母のせいで恋人と別れ、仕事も辞めた直美。父を孤独死させた悔恨から抜け出せない頼子。糖尿病の母に腎臓を差し出すべきか悩む慧子……当てにするための長女と、慈しむための他の兄妹。それでも長女は、親の呪縛から逃れられない。親の変容と介護に振り回される女たちを描く国民総介護時代に必読の連作小説。

著者プロフィール

篠田節子 シノダ・セツコ

1955(昭和30)年東京都生まれ。東京学芸大学卒。東京都八王子市役所勤務を経て1990(平成2)年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。1997年『女たちのジハード』で直木賞、『ゴサインタン』で山本周五郎賞を、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞を受賞。2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。他の著書に『夏の災厄』『弥勒』『讃歌』『ブラックボックス』『長女たち』『インドクリスタル』『冬の光』『竜と流木』など多数。

書評

波 2014年3月号より 【『長女たち』刊行記念特集】 長女たちは悲鳴をあげ、再生の道を探す

間室道子

「うわあ、ホラーだ!」と震えあがった。編集の方に「医療小説、家族小説、ミステリなど、いろんなとらえ方ができる作品ですけど……」とゲラを渡されたのだが、これはホラーですよ。そして、通常のホラーはどんなに怖くても現実にはない。ゾンビはいないし地球外生物は襲撃してこない。サイコキラーに追い回された経験者が町内に三十人いた、ということはない。しかし本書に書かれていることは、もはやどこのご近所からもご家庭からも聞くことである。日常のホラー。ここまで書いて、ふと思った。私はこれの、何が怖いんだろう?
タイトルどおり、収録されている三つの話の主人公はみな長女で、親の介護の問題を抱えている。一話目の母親は骨粗鬆症に加えて認知症が出始めているらしく、幻が見える。二話目の主人公は女医なのだが、父親を孤独死させた過去がある。三話目の母親は糖尿病なのに、食事制限を無視して甘い物を自傷行為のように大量に食べまくる。
私はこれの、何が怖いんだろう? いつか自分の親もこうなるかもしれないこと? 介護で自分の時間が奪われること? 金銭的なこと?
人間が死を怖れるのは、今まで生きてきたことが全部出てしまうからだと思う。本書はその見本のような作品で、生活していくのにサポートが必要になった状況の中、長年言えずにがまんしてきたこと、うしろめたさ、うぬぼれなどが、親の側からも子供の側からも全部出る。以前は仲がよかったかよくなかったかは関係ない。精神のタガがはずれた親たちは、「可愛がってやったのに、なぜこんな仕打ちをするのか」と娘をののしり、「あんたは昔から冷たかった」と罵倒する。長女たちも、過去に親が吐いた毒舌をひっきりなしに思い出したり、「友達母娘」の裏側にあった親の本心に憤ったりする。ひどく生々しいやりとりが、これでもかと書かれていく。
父親や兄弟など、男たちも出て来るのだけど、彼らはものすごく現実的なことを言う。誰だって持病の一つくらいは持っている、完璧な健康などありえない、女の人のうつや共依存で実績をあげている精神科医を紹介しよう等々。
主人公たちのくるしみは、そんなことでは解決しない。時に母親の代わりを、時に幻の長男の代わりを、期待され、背負わされ、感謝をされず、当然の権利のように振りかざされる。本書はこの国の長女という立場にあった者たちの、つもりつもった悲鳴の噴出なのだ。
姑ならこんな思いをすることはない、と三話目の主人公は心の中で考える。長女たちは、実の親に見切りをつけることができない。「大人の自己責任」、これが通じないのが親なのだ。母親をこんなふうにしてしまったそもそものはじまり、ねじれてしまった孤独な心まで、長女たちは思いやる。それを察知するかのように親たちは娘の心も体もわが身の延長と見なし、離れることを許さない。肉親。肉の親。なんという存在感だろう。近親、親身、懇親など、親という字のつく言葉は「愛」にみちている。なんて怖いんだろう。
ただ、彼女たちを救うのもまた、「常軌を逸したもの」だ。二話目の女医は、発展途上国での迷信や呪術の底しれなさにふれ、自分をかえりみる。一話目と三話目ではとことんまでぶっとんだ親のエゴや幻想が、ふと娘たちを正気にもどす。もしかしてこれが最後の、親からの愛なのか。
怖い小説ながら、読後に満足感がある。不快で嫌で読むに堪えない話ではない。なぜなら、これは文学だからだ。
「現実はもっと悲惨だ」とか「ほんとうの介護はこんなもんじゃない」という人もいるだろう。でもたとえばここのところ、いとうせいこう氏の『想像ラジオ』、平野啓一郎氏の『空白を満たしなさい』など、「ポスト3・11文学」と言われる作品が登場している。未曾有のできごとのさなかで立ち上がろうとする人々が描かれているのだが、評するとき「実際の3・11のほうが悲惨だ」という言い方は当たらないだろう。それと同じで、介護や老後、親の死のくるしみや絶望感を、とにかく人に読ませるものに昇華する。それが文学だ。いま実際に介護をしている、していないに関係なく、ページをめくることが気持ちを前進させ、明日も生きていこうと思う。それが読書だ。その真骨頂のような一冊。

(まむろ・みちこ 代官山/蔦屋書店)

[→]【『長女たち』刊行記念特集インタビュー】篠田節子/家族愛という名の地獄

目次

家守娘
ミッション
ファーストレディ

インタビュー/対談/エッセイ

波 2014年3月号より 『長女たち』刊行記念特集インタビュー 家族愛という名の地獄

篠田節子

――痴呆が始まった母のせいで恋人と別れ、仕事も辞めた直美。父を孤独死させた悔恨から抜け出せない頼子。糖尿病の母に腎臓を差し出すべきか悩む慧子……今作は三人の女性が人生の岐路に立った瞬間を描いた短編集です。『長女たち』というタイトルに込められた想いを教えてください。
これまでも家族関係を描いた小説を書いてきましたが、今、「娘」という立場を正確に捉えた小説が少ないんじゃないかと思ったのが、この短編集を書いたきっかけです。お兄ちゃんがいても長女、一人っ子でも長女で、たくさんの女性が「長女」と呼ばれていますよね。その負担と責任が……特に親との関係で、どんどん重くなっていると実感することが多い。そこを捉え直せないかな、と。今までは、父親がいて、そのあとを長男が継ぐとされてきたのだけど、戦後の家庭ではどうしても父親の存在感が薄く、長男は優等生であるほどいい大学に進学していい会社に入って、結果、家を出てしまう。都会にいても、親の側ではなくて奥さんの実家の近くに住むことが多い。子育て中の家庭は特に。おかげで、女の子が親の老後を、家族を背負うことになるんですね。その孤独と苦労が、世間一般的に見逃されていると思うのです。
――当たり前だった家族の形が変わってしまったと。
嫁が姑の介護をするのとは違うので、距離のとり方がすごく難しい部分があります。親にとっては「面倒みてくれて当然」という思いがありますし。「毒親」は論外として、いまや一般的になった「友だち親子」の親が老いて衰え、大きな負担を娘が背負わなくてはならなくなったときにも、それまでの関係性のなかで覆い隠されていた家族の病理がいっぺんに吹き出してくる。
――そこに関しては、この小説は間違いなくホラーですよね。
そうそう(笑)。そういう意味で、きわめて現代的な形で親娘の関係の変遷を描くことができたと思っています。捨てるに捨てられないし、愛情ないとは言えないし、とはいえ、足を引っ張って欲しくない。義務感と責任感と罪悪感がまぜこぜになってしまう。だから長女なんだよね。
――主人公はすべて四十代の女性ですが、社会のバランスが変化する中でどう生きるか、という命題を三者三様に突きつけられています。『女たちのジハード』で篠田さんがお書きになった女性たちの、その後を見ているように感じるのですが。
戦後、特に私ぐらいの年代だと、「女の子は大学なんか行かなくていい」みたいな価値観で、何年かお勤めしたら結婚して家に入るものだと言われていました。それが三十年前の男女雇用機会均等法でガラリと変わって、いきなり「女は自立」の時代になった。「自立せよ、女性達」の洗礼を受けながら若い時代を過ごしてきて、その一つの勝利の形として雇用機会均等法があったのだけれど、「勝ち取ったぞ」と言った途端にそのあまりの負担の大きさから、若い世代からは「いらないよ、そんなの」と言われ……(笑)。そんな世代の主人公たちは、自立しているからこそ、家族の負担を一人で受け止めなくてはならなくなっている。すごく難しい立場に置かれながら、どうやって自分自身の人生を築いていくのかというのが、今作のテーマかな。ハートウォーミングな家族小説の幻想では、厳しい現実に置かれた人たちは決して救われない。山本周五郎の世界とか「おとっつぁん、お粥が出来たわよ」と孝行娘が世話をするドラマは、親が病んでから二年で死んでくれた時代のお話。今や二十年介護がざらの時代です。3・11から三年経って、「家族」や「絆」を重んじる風潮がピークに達している気がします。でも、そういった状況の中で実際に出現する地獄をその目で見ろよ、と言いたい。
――仕事を持って稼いで、ちゃんと親の面倒もみる。それが、今後長女たちに課せられるスタンダードになるのでしょうか。
いや、カンベンしてください。それを問い直す意味合いもあって小説にしたんですよ(笑)。家庭というカプセルの中で、長女たちの苦しみも重荷も、なかなか理解してもらえない。でも、「このままでいいはずはない」「自分ひとりじゃないんだ」と感じてくれる読者がいてくれたら……と願っています。

(しのだ・せつこ 作家)

[→]【『長女たち』刊行記念特集】間室道子/長女たちは悲鳴をあげ、再生の道を探す

判型違い(文庫)

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