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陽炎の立つ中で感じるのも、眠りの内のゆらめきの、余波のようなものか。

ゆらぐ玉の緒

古井由吉/著

1,836円(税込)

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発売日:2017/02/28

読み仮名 ユラグタマノオ
装幀 津田直/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 218ページ
ISBN 978-4-10-319211-4
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 1,836円
電子書籍 価格 1,469円
電子書籍 配信開始日 2017/08/04

老齢に至って病いに捕まり、明日がわからぬその日暮らしとなった。雪折れた花に背を照らされた記憶。時鳥の声に亡き母の夜伽ぎが去来し、空襲の夜の邂逅がよみがえる。つながれてはほどかれ、ほどかれてはつながれ、往還する時間のあわいに浮かぶ生の輝き、ひびき渡る永劫。一生を照らす生涯の今を描く全8篇。古井文学の集大成。

著者プロフィール

古井由吉 フルイ・ヨシキチ

1937年東京生まれ。東京大学文学部独文科修士課程修了。1971年「杳子」で芥川賞受賞。その後、1980年『栖』で日本文学大賞、1983年『槿』で谷崎潤一郎賞、1987年「中山坂」で川端康成文学賞、1990年『仮往生伝試文』で読売文学賞、1997年『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞。2012年『古井由吉自撰作品』(全8巻)を刊行。他に、『楽天記』『野川』『辻』『白暗淵』『やすらい花』『蜩の声』『鐘の渡り』『雨の裾』など多数の著作がある。

書評

魂というもの

町田康

 昨年の春から秋にかけて体調を著しく損なった。原因不明の発熱が続き、身体に力がまるで入らず、頭のなかも濁って仕事もできない。ならばというのでハッピーな感じの本を手にとっても三行でいけなくなってそれ以上読めない。
 最初は風邪が治りきらぬのだろうくらいに考えていた。ところが夏になっても症状が治まらない、それどころか秋口にはより深刻化して、体重は八瓩も減り、これは、もしかしたらもしかする、と思い始めた。
 しかし、秋が深まるにつれて次第に症状が治まっていって、熱も出なくなり、なんだかわからないのだけれども、数ヶ月のうちにどうこうなるということはなさそうで、まあよかったこと、恐らくはそれまで浴びるように飲んでいた酒を急によしたので、身体がとまどいしたのだろうと決まりを付けた。
 けれども本当の原因がはっきりしないので治ったわけではなく、言っているうちに死ぬかもしれない。そう思うと、死んだら自分はどうなるのだろうか、ということをどうしても考えてしまうが、けれども死んだらその考えもなくなってしまうのだから、考えたってしょうがない。というか、考えがなくなるということを考えは考えられないようになっていて、考えが、考えがなくなること、を考えようとすると、考えが急にボヤボヤし、そのうち朦朧として知らない間に眠りに落ちて、或いは別のことを考えて、そんなことを考えていたことを忘れてしまっている。
 だからあ。そんなことは考えてるのは無駄だから、生きている間はそんなことは忘れて釣り竿の手入れをしたり、スペイン語の学習をするなどした方が余ほど増し、ということになる。なので実際に庭池の排水溝に溜まった落葉をかき集めて捨てるなどしたのだけれども、その池の反対側にジョウビタキが来て水を飲んでいて、それを見つめたい気持ちが働いたら、そう思っただけでその意識を察知して飛んで逃げて忽ち見えなくなり、そうこうするうちにまた考えてしまうのは、『ゆらぐ玉の緒』を読んでしまったからでもある。
 死んだら意識や考えがなくなる。これは間違いがない。なぜなら意識や考えは自分の脳の中で発生しているもので脳が死んで腐ったら意識はもはや生まれない。ところがそれでも玉、魂があるというのなら、魂というものは意識とはまったく違ったものとして自分のなかにあって命として身体につながっているということになる。ジョウビタキはその魂につながっているから逃げたのか、とか。
 なので例えば小説を書く場合、なにを書いているかというと、それは例えば目の前にある池やら鳥やら書く場合でも、いったん自分の考えの中に取り込まれて、自分の意識の中に映じた景色を書いていて、だから、別の言い方をすると、景色を書いても景色ではなく自分の考えや意識だけを書いて、魂のことはなにも書いていないということになる。まあ、言わば魂の入ってない仏像のようなもので、だからときどき入魂の作なんていうのは、だいたいが入ってないというか、入ってないのがデフォルトというか、土台、入るはずがないと皆が思っていると思っていて、だからこんなこと本気にとらないでね。と思っているから、とか。
 しかるになんということであろうか、ここに書かれている小説はどれもその意識の領域を超えた、意識が意識している音や匂いや風景が、意識からいったん魂に変換されて、それからもう一回、意識にくだって、それが文章として綴られているみたいに感じて、えげつない。そう考えるとところどころに歌が出てくるのも、教養皆無の私には文学的な精神より体調・気分のようなもの、人が死んだときに雲とか鳥とかを見てその人の身体をアリアリと感じるような感じを感じた。
 だから。覚えていることも覚えていないことも、別人に間違えられたその別人の記憶が自分の記憶と符合したり、自分と蹠をぴったり合わせて立っていたり、或いは、うずくまって水を見つめることが淪落と同じことだったり、という、生きて意識や考えにとどまっている状態だと、あまりない幽冥があちこちからのひび割れから、それは地面とか壁といった平面だけではなくて、時間とかも身体とか気象とかからもボコボコ出てきて、勢いでめくれて何回も裏返るなんてことが起きて。
 ということが起きるとき、なんの力が働いているのか。魂というのは勝手に気象に揺らいでその揺れる力が働いているの? てそんな物理的な。と思ううち、また熱が上がってきて死ぬ感じがしたら、鳥が水辺に戻ってきて、こんだ、逃げなかった。

(まちだ・こう 作家)
波 2017年3月号より

目次

後の花
道に鳴きつと
人違い
時の刻み
年寄りの行方
ゆらぐ玉の緒
孤帆一片
その日暮らし

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