山崎豊子はまず、自分が生まれ育った大阪船場の個性豊かな大阪商人の群像を描くところから出発した。
大阪船場の昆布屋の老舗「小倉屋山本」の娘として何一つ不自由することなく育った山崎豊子は、大学卒業後、毎日新聞大阪本社に入社、学芸部の記者になったが、後に有名な作家となる上司の井上靖から、「人間は自分の生い立ちと家のことを書けば、誰だって一生に一度は書けるものだよ」と、小説の執筆を勧められ、処女長編の『暖簾』を書き上げた。
翌年、女興行師のしなやかな生き方をテーマにした『花のれん』で直木賞を受賞して文壇的地位を確立したが、船場の老舗のぼんぼんが女性遍歴を通じて立派な男に成長して行く姿を扱った『ぼんち』、女系家族の三人の娘のすさまじい遺産相続の争いを生々しく描き出した『女系家族』などこれら一連の長編が初期の大阪ものに当たる。
しかし、その後、氏の作風は社会性を重視する方向に大きく転換する。
医学界の腐敗に鋭いメスを入れた『白い巨塔』は余りにも有名だが、勤労者のための音楽鑑賞組織に巣食う黒い影をえぐった『仮装集団』や、銀行業界の裏面にうごめく醜い人間の欲望を暴いた『華麗なる一族』などの長編は、それぞれ一般の人が知らない世界の内幕を赤裸々に描き出し、大きな反響を呼んだ。
さらに、『不毛地帯』を境に、山崎豊子は作品の舞台を国際的なスケールに大きく拡大、まさに国際化時代にふさわしい国民的作家になった。
国際的なスケールで展開する『不毛地帯』や『沈まぬ太陽』など、一連の作品に漂う新鮮な魅力は、何といっても、暗い影を背負いながら、あくまで自分の信条をまげず、汚辱にまみれた現代の競争社会を毅然として生き抜いて行く孤独な主人公の個性的な肖像にある。
『不毛地帯』の主人公壹岐正は、元大本営陸軍部の作戦参謀の中佐であり、十一年間にわたる苛酷なシベリア抑留生活の後、帰国して、商社に入り、戦闘機の売り込みから石油開発まで、激しい国際商戦の渦中に巻き込まれて行く。
だが、競争に打ち勝って、出世街道を驀進する壹岐正が生きなければならない現代の日本も汚辱にまみれており、酷寒の雪のシベリアの荒野とおなじく、荒涼たる不毛地帯なのだ。
一方の『沈まぬ太陽』の主人公である国民航空の恩地元は、ある意味で、壹岐とは対照的な所がある。自分が望んでもいなかった労働組合の委員長に選ばれ、誠実に活動したことで、「赤」の烙印を捺されてしまう。そして、立派な能力の持ち主であるにもかかわらず、カラチ、次いでテヘラン、さらにはナイロビと、転々と左遷され、家族と離され苛酷な労働条件の下で、仕事をさせられる。
会社側は、本社復帰の条件として、組合活動からの決別を要求するが、恩地は組合員の仲間を裏切れないと、その要求を退ける。
恩地は『不毛地帯』の壹岐とは逆に出世街道から外された男である。
だが、自分の生き方を確固たる信念と不屈の忍耐力で貫こうとするその姿には、壹岐と同じように誇り高い男の美学が漂っている。
山崎豊子は、苦悩にさいなまれながら、一つの道を貫こうとするこういう孤独な男の生き方に強い共感を抱いているのである。これらの国際的な作品のもう一つの魅力は外国現地の状況が生々しい現実感をもって描かれていることである。
たとえば、『沈まぬ太陽』の冒頭で描かれている、恩地がアフリカの狩猟区で象を撃つ場面などはまさに迫力満点で忘れがたいし、カラチ、テヘランなどの万事金に汚い現地事情などもリアルに描き出されている。
これは、『不毛地帯』の荒涼たるシベリアの冬景色についてもいえることである。
第三の魅力は、両方の作品がいずれも激しい国際競争に直面している商社と航空会社の切実な問題をえぐる企業小説としての面白さをも持っていることである。
『不毛地帯』を連載中にロッキード事件で田中前総理が逮捕される事件が起こり、十五年前に始まる『沈まぬ太陽』でモデルになった日本航空が再び深刻な経営不振に陥って、合理化がらみで、安全対策の論議が再燃している現状を見るにつけ、作者の敏感な時代感覚と鋭い問題意識に改めて感心させられる。
『不毛地帯』も『沈まぬ太陽』も綿密な取材に基づいた小説だが、『沈まぬ太陽』には、冒頭に「この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基き、小説的に再構築したものである」という作者の言葉が掲げられている。その意味で『沈まぬ太陽』は想像力を駆使した他の小説よりも、事実をそのまま取り入れたノンフィクション・ノベル的な色彩が強い。
程度の違いはあるにせよ、山崎豊子のすべての作品を支えているのは作者のいう「調査癖」であり、抜群の取材、情報収集能力だが、その根底に、豊かな情報をもとにさまざまな個性的な人間像を造形し、見事な作品に仕上げる作家としての透徹した人間への洞察力、構想力があることを見逃すことはできない。
だからこそ、山崎豊子の作品は時代が変わっても、古びず、面白く、いつまでも長く読み継がれているのである。
(ごんだ・まんじ 文芸評論家)
文学のジャンルのひとつに小説というものがある以上、大説というものもあっていいのではないか。小説が主に小さな個人の問題を扱うのに対して、大説は天下国家にかかわる文学ということになると思う。あっていいというより、じつは古くから脈々とそれはある。『古事記』や『平家物語』のような神話、叙事詩から、講談やら『南総里見八犬伝』やらに至る大きな流れである。明治以後に西洋の影響で生れた近代小説に較べてもずっと由緒ある文学流派であるが、小説が文学の主流と目されるようになってから日陰に追いやられた。大正末期に生れた大衆小説という分野は、はじめ新講談と呼ばれていたことで明らかなように、西洋伝来の新文明としての近代小説とは明確に区別されていたが、それは当初は真実を追求する小説に対して、『八犬伝』流に荒唐無稽で通俗なものという差別だった。
しかし大衆小説も百年の歴史を持つようになって進化し、もはや荒唐無稽どころか歴史家やジャーナリストの仕事に比較してもヒケをとらない精密な調査研究の上に成り立っている作品が珍しくなくなっている。司馬遼太郎の仕事がそうだし、山崎豊子の仕事もそうだろう。それらはもう、荒唐無稽だから通俗小説だというふうには誰も言えない。しかしひたすら個人の内面にこだわる純文学とは区別されているし、読み較べれば確かに異質である。ではどう呼んだらいいか。
司馬遼太郎なら『竜馬がゆく』以後、松本清張の『日本の黒い霧』や『昭和史発掘』やそれに連なる一連の作品、そしてこれから述べる山崎豊子の『沈まぬ太陽』や『不毛地帯』や、その他一連の作品は、小説ではなくて大説なんだと分野わけしていいと思う。その共通項は天下国家について語ることである。
講談本も顔負けの空想的な歴史物語から出発した司馬遼太郎は、『竜馬がゆく』以後、ペンネイムの由来の司馬遷にあやかるかのように、史実に忠実な人物列伝形式の維新史とも言うべき一連の作品を書き、さらには晩年、フィクションではまだるっこいと言わんばかりに小説をやめて歴史を論ずるエッセイに専念した。松本清張がノン・フィクションの力作を多く残したのも、個人の物語の枠から容易に出られない小説ではあきたりない、もっと真向から天下国家を語りたい情熱が抑え難かったからであろう。では彼らは小説家をやめて歴史家になればよかったのか。
事実上、ある時期以後の松本清張や司馬遼太郎は歴史家と呼んでいい。ただ歴史家が史実だけを扱う人間であるとすれば、彼らはそうはなりきれないだろう。彼らは大学で歴史を講じる歴史学者たちに較べるとあまりにも人間に興味があり過ぎ、人間を描こうとし、そうすると史料には残らない個人の私的な言動まで、「講釈師、見てきたような」なんとやらで創作せずにはいられない人たちだからである。歴史家は歴史を経済や技術や制度や思想の発展として描く。それが間違いというわけではないが、それらの諸条件を人間がどう操作して発展させたかも知りたいではないか。そういう立場で人間と歴史を渾然一体に物語るのが大説である。大説という言葉はないが現にそれは現代日本文学の中心に存在し、大いに読まれている。松本清張や司馬遼太郎の亡きあと、その第一線にあるのが山崎豊子である。『不毛地帯』も『沈まぬ太陽』も、歴史と言うには限りなく現在に近い時代を扱っているが、作家の態度としては殆んど歴史家であり、事実を徹底的に調べたうえでのフィクションという形式になっている。
それならはじめからノン・フィクションで書いたらよさそうなものであるが、ノン・フィクションにははっきりした証拠のある事実しか書けないという制約がある。憶測や創作の部分はあってはいけない。しかし人間を生き生きと描き出そうとするとそれは欠かせない。『沈まぬ太陽』は日本航空を連想させる国民航空という航空会社を中心にした日本の現代史であり、政府出資の会社がそのためにどう堕落し腐敗していったかを、政財界とのかかわりをたどりつつ具体的に記述している。それが正確かどうか、一読者としての私には判断することはできないが、これだけのことを書いてトラブルが生じない以上、よほどの調査の裏づけがあるはずだと信じないわけにはゆかない。
しかしこれは、たんなる一企業の内幕暴露ではない。一企業というにはこの会社のあり方は日本の社会のあり方の一面を代表するようなところがあり、それがうまくゆくかゆかないかには日本の現在と未来がかかっている。前の『不毛地帯』に描かれた近畿商事という会社が、一企業というにはあまりに、日本の経済成長のありようを代表するような組織であったことと同じで、それらがどんな人々のどんな情念を集約した有機体として成り立っているかを語ることは正に天下国家を論じることなのである。
『沈まぬ太陽』は上映時間が三時間半の長尺の映画になった。映画興行の常識を超えた長さだが、これは原作者の希望によるものだそうである。私の勝手な想像だが、それは前の『不毛地帯』の山本薩夫監督による映画化が、原作の前半だけで終っていたことに不満があったからではないだろうか。それだとなにか、主人公の元大本営参謀壹岐は、シベリア抑留の怒りを晴らそうとして商事会社の商戦に参加し、泥沼にはまりこんでいったという、政界と財界のスキャンダルの暴露にすぎないとみられかねない。しかし原作を終りまで読んで、イランの石油にかける彼の情熱まで知れば、天下国家を考えずにはいられない男の存在と、そういう男を書かずにはいられない小説家というよりは大説家としての山崎豊子の、作家としてのあり方を認めないわけにはゆかなくなるだろう。
『沈まぬ太陽』の映画化も、もし中途半端に前半だけにしたり、企業の内幕暴露だけに終るような描き方になることを警戒して、全体をいちどに見ることができるようにとこだわったのであろう。おかげでわれわれは、これを一企業のスキャンダルとしてでなく、叙事詩のヒーローや講談の豪傑につうじる、現代のあるべき肯定的な人物の足どりを大きく力強く謳いあげた、天下国家にかかわる大説としてたっぷり受け止めることができる。脚色は要領がよく見事だし、渡辺謙の演じる現代のオデッセイ恩地は堂々としてしかも謙虚である。しかし原作にはもっとたくさん、この追放されたヒーローの各地での受難がくわしく興味ぶかく描き出されている。しかもそれは空想的なものではなく、現代の日本人が現に海外勤務などで世界各地で経験していることなのである。小説だけでなく大説が求められるゆえんである。
(さとう・ただお 映画評論家)
私がまだ新人の頃、数々の山崎作品を手がけた山本薩夫監督から「山崎豊子の小説を映画化するプロデューサーは大変だぞ」と聞かされた。その時は何が大変なのかと他人事として聞き流したが、まさか三十年後に自分がその当事者になるとは夢にも思わなかった。
しかし山本薩夫の言葉は真実であった。「『沈まぬ太陽』の映画を見るまでは死ぬ訳にはいかない」と言い切る山崎豊子の妥協を許さぬ執念は想像を絶するものであった。脚本を西岡琢也に依頼しての一年半、とにかくOKが出ない。書き直した印刷台本は二十冊にも及ぶ。この膨大な直しは今の日本映画界にとって規格はずれのことである。それに完成した映画の上映時間は何と二百二分。これまた営業的には規格外の上映時間である。
だが「華麗なる一族」は二百十一分、「不毛地帯」も百八十一分であるように、山崎豊子にとって規格はずれはむしろ当たり前のことなのである。このスケール感こそが山崎豊子の真骨頂であることを実感した。
(つちかわ・つとむ 角川映画 プロデューサー)
『不毛地帯』の主人公は元大本営参謀のエリート軍人であった壹岐正であるが、もう一人の主人公は「時代」であると思う。終戦から高度経済成長へ向かう「時代」のエネルギーに突き動かされるようにこの小説の登場人物達は疾走する。彼らの生は現在の我々から見れば、あらゆる意味で過剰である。その過剰さは「時代」そのものが持つ過剰さである。そこまでやらなくても、そこまで思いつめなくても、そんなにむきにならなくても、と我々が首をかしげるところを彼らは迷いなく駆け抜ける。男も女も、仕事も恋愛もあたかもそこで立ち止まることが世界の終焉を意味するかのように走り続けるのだ。
しかし、やがてその「時代」は変わる。当然、登場人物達も変わらざるを得ない。ドラマはこの変わり行く「時代」を描かなくてはならない。それには物理的な時間が必要である。その「時間の流れ」は映画でも演劇でもなく連続ドラマでしか得られない。今回、通常の連続ドラマの倍の放送期間、半年にわたって放送するという特別な機会が与えられた。『不毛地帯』を映像化するには絶好の機会である。
(おさべ・そうすけ フジテレビ ドラマ・プロデューサー)