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「赤毛組合」事件は未解決だった! ホームズ・パスティーシュの傑作。

新しい十五匹のネズミのフライ―ジョン・H・ワトソンの冒険―

島田荘司/著

2,160円(税込)

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発売日:2015/09/30

読み仮名 アタラシイジュウゴヒキノネズミノフライジョンエイチワトソンノボウケン
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 486ページ
ISBN 978-4-10-325234-4
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 2,160円
電子書籍 価格 1,728円
電子書籍 配信開始日 2016/03/04

「赤毛組合」の犯人一味が脱獄した! だが肝心のホームズは重度のコカイン
中毒で幻覚を見る状態。ワトソン博士は独り途方に暮れる……。犯人たちの仰天の大計画、その陰で囁かれた「新しい十五匹のネズミのフライ」とは。われらがホームズは復活するのか。名作『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』から三十年余、謎と仕掛けに満ちた大作。

著者プロフィール

島田荘司 シマダ・ソウジ

1948(昭和23)年、広島県生れ。武蔵野美術大学卒。1981年『占星術殺人事件』でデビュー。以後、『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』などの「御手洗潔」シリーズ、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』などの「吉敷竹史」シリーズを中心に、人気作品を多数生み出し、本格ミステリーの旗手として不動の地位を築く。「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」や「本格ミステリー『ベテラン新人』発掘プロジェクト」を主宰し、新人発掘にも尽力している。著書に『写楽 閉じた国の幻』『21世紀本格宣言』『アルカトラズ幻想』『星籠の海』『新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険』など多数。

目次

プロローグ
第一章 インドからの帰還、そして出逢い
第二章 赤毛組合
第三章 狂った探偵
第四章 這う人
第五章 愛する人のために
第六章 プリンスタウン
エピローグ

あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

悲しみの歌に満ちたホームズ世界

島田荘司

 校正をすべて終え、夜中にyoutubeで音楽を聴いていたら、バリー・マニロウとかエンゲルベルト・フンパーディンクが歌う古いスローバラードが聴こえたんです。「How do I stop loving you」という曲なのですが、詩がよくてね、これは今回の物語の、ワトソンの歌だなぁと思ったんです。物語が閉じたのち、修道院に入った彼女に宛てた、決して出されることのない彼の手紙。
 ――あなたを忘れがたくて。ぼくらの人生の背後にあるものを去りがたくて。あなたを心で追う日々が、とうとう来てしまったと感じています。ぼくは恐れています。ぼくを絶えずうしろ向かせ、あなたが過去の追憶以上の存在であること、そして未だにぼくの一部であることに気づかされることを。
 だから、どうしてあなたを愛することをやめられるでしょう。かつてのわれわれのありよう、そして分かち合った夢を。どうしてこの思いを切り上げなくてはならないのか。さよならを言うために、どうすれば忘れられるのか、どうか教えて欲しいのです――。
 何度か聴くうち、次第に気づくことがあって、それは、今回の『新しい十五匹のネズミのフライ―ジョン・H・ワトソンの冒険―』は、ホームズ・パスティーシュであると同時に、ワトソンのラヴソングなのだということ。そして、さまざまな悲しみの歌が、この物語をすみずみまで充たしているということです。
 ご存じのようにワトソンは、大英帝国の植民地、インドに軍医として従軍しました。しかし第二次アフガン戦争で、心身ともに深い傷を受けて帰還します。おそらく今日で言うところのPTSDであったろうと思う。その従軍も、失恋の痛手に堪えかねての決意でした。
 当時大英帝国は世界の中心でしたから、ホームズ世界に入って恋愛小説を書いていけば、自動的に歴史と国際問題、人種問題、最新科学を得ての白人の傲慢等々を描くことになる。
 しかし今回、むろんそのようなものを書きたかったわけではなく、「赤毛組合」事件の《語られざる真相》ですね。あの事件は正典に現れたような単純なものではないと思ったこと。そして日に三度もコカインの七%溶液を注射しているような男が、入院せずにいられたはずもなく、彼の激しい発作を示す痕跡が、正典群中に必ずあるはずだ、それを見つけて示そうというような、単に「本格書き」としての動機であったわけですが、みるみるそれだけではすまなくなっていった。
 探偵のこの悲劇は、あきらかにアヘン戦争という帝国の極悪が、本国に還流したものです。ホームズ物とは、そういう地球規模での辻褄の合い方を語る、気宇壮大な教訓物語という側面がある。今回のワトソンは、ならず者に誘拐された、思慕する義姉を命がけで救出するんですが、彼女が監禁された館には、黒人たちを依然奴隷扱いする、したり顔のもと銀行家とか、インド戦線で知り合った狡猾なサディアス・ショルトーがいる。これはいわば大英帝国の罪の縮図で、善良なワトソン自身、実はその罪の一翼を負っているわけです。
 ワトソンを手助けするのが黒人のジョーであり、エミリーです。二人とも無学だけれど、聡明で、ジョーはハーモニカで見事なブルースを奏でる。彼の根底にある深い悲しみが、彼に音楽の才を与えているんです。彼の人柄に感動したワトソンは、「馬鹿な白人ばかりですまない」、と万感の思いで謝罪しますが、ジョーは白い歯を見せてこう言います。「そんなことはねぇ、旦那みたいな人もいる」と。こんな場面が現れるなんてね、書く前は思ってもいなかった。これ、一番好きな場面です。創作の女神が舞いおりたと感じた瞬間ですね。
 では肝心のホームズはこの時どうしていたか。彼は中毒の発作で入院中、全然頼りにならない。大英帝国のアヘン輸出の罪を、彼もまた引き受けている。この時のホームズの妄言を聞かされたワトソンが、鬼の編集者に急き立てられ、無理やりこれで物語をでっち上げたものが傑作「まだらの紐」や、「這う人」だという驚くべき真相が語られます。
 今ワトソン物を書き終わって感じることは、十九世紀、白人の帝国主義に翻弄されたさまざまな悲しみの歌が、極東の私のデスクに直接的に飛び込んできたという驚きです。これこそは、触媒としてのホームズ物の力ですね。御手洗物を書いていても、こんなことは起らない。長い時の試練を生き延び、ホームズ物が未だに愛され続ける理由もそこにあるのだと思います。

(島田荘司氏の談話を編集部でまとめました)
波 2015年10月号より

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