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その体温が、凍った心を溶かしていく。

よるのふくらみ

窪美澄/著

1,512円(税込)

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発売日:2014/02/21

読み仮名 ヨルノフクラミ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 252ページ
ISBN 978-4-10-325924-4
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,512円

29歳のみひろは、同じ商店街で育った幼なじみの圭祐と一緒に暮らして2年になる。もうずっと、セックスをしていない。焦燥感で開いた心の穴に、圭祐の弟の裕太が突然飛び込んできて……。『ふがいない僕は空を見た』の感動再び! オトナ思春期な三人の複雑な気持ちが行き違う、エンタメ界最注目の作家が贈る切ない恋愛長篇。

著者プロフィール

窪美澄 クボ・ミスミ

1965(昭和40)年、東京生まれ。カリタス女子中学高等学校卒業。短大を中退後、さまざまなアルバイトを経て、広告制作会社に勤務。出産後、フリーの編集ライターに。2009(平成21)年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を所収した『ふがいない僕は空を見た』が、本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位、2011年本屋大賞第2位に選ばれる。また同年、同書で山本周五郎賞を受賞。2012年、第二作『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を受賞。その他の著作に『クラウドクラスターを愛する方法』『アニバーサリー』『雨のなまえ』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『さよなら、ニルヴァーナ』『アカガミ』がある。

書評

波 2014年3月号より 苦しみに寄り添う

西加奈子

この物語は、寂れた商店街で育った、ある男女三人の群像劇である。圭祐と裕太という兄弟と、ふたりの幼馴染、みひろだ。
最初の章、「なすすべもない」は、みひろの一人称で描かれる。圭祐と結婚を前提とした交際を続けているみひろは、圭祐とのセックスレスで苦しんでいる。いつからかつけはじめた基礎体温は、高温相と低温相の綺麗なグラフを描き、そのちょうど間、排卵時期になると、律儀に「発情」してしまう。行き場のない欲望は、彼女自身を苦しめ、いつしか彼女はある思いを抱くようになる。
ふたつめの章「平熱セ氏三十六度二分」は、圭祐の弟、裕太の視点で描かれる。ソツのない兄に劣等感を抱いている裕太は、追い討ちをかけるように、恋していたみひろを兄に奪われた過去を持つ。ある日を境に、みひろとの関係もぎくしゃくしたものになった裕太。彼の前に、ある母子が現れる。裕太が勤めている不動産屋に、家を探しに来たのだ。ワケのありそうなその母子が、裕太はどうしても気にかかり、彼らのいびつな交流が始まる。
三つめの「星影さやかな」では、圭祐が語り部だ。弟に対して持っている愛憎のようなもの、そしてみひろとの関係。そこに、兄弟の父がかつて不倫をしていた女性の思い出が加わり、圭祐が、いかにして「圭祐」になったかが、とつとつと語られる。
このように、全六章からなるこの作品は、三人が順番に語り手となっている。それぞれは、それぞれの回答のような役割を果たし、だが決して単純なものにはならない。かつて家族を捨て失踪したみひろの母や、兄弟の不倫していた父親、裕太が出会った母子などが混じりあって、物語は重層的なふくらみを見せる。
これは群像劇である、と最初に書いた。それはその通りだと思うが、でも、ある部分で違うような気もしている。
群像劇を描くとき、作者は、即席の「神」になる、はずだ。乱暴かもしれないが、それは真実だと思う。ある人間を描き、そして同時に「一方その頃」を描くとき、作者は物語を俯瞰し、登場人物たちを「動かす」。それはまさに「神」が世界を見て、創造しているような行為だ。
でも、この物語は、そのような俯瞰の視線、あるいは大いなる力のようなものを感じさせない。
登場人物は、皆苦しんでいる。その苦しみに、作者はとことん寄り添おうとしている。俯瞰していないと書けないはずなのに、でも、限りなく登場人物のそばに寄り添い、一緒に苦しんでいるのだ。私小説を読んだとき以上の生々しさ、力強さでもって。
昔読んだある小説で、神のことをこう言っている人がいた。神は許すのではなく、救うのでもなく、一緒に苦しむのだ、と。読みながら、ずっとそのことを考えていた。この小説はまさに「それ」をやっている小説なのではないか。
自らが構築し、「俯瞰」で描き出したはずの世界の中を、登場人物以上に苦しみながら、共に歩む。
登場人物それぞれの、全力の逃亡を許しながら、作者は絶対に逃げない。彼らと共にあり続け、そして苦しみ続ける。そして、全力で逃げた先、彼らの目に「ある光」が見えたのなら、それは立派な、紛れもない光なのだと、教えてくれる。
思えば窪美澄さんという作家は、デビュー作の『ふがいない僕は空を見た』からそうだった。物語を作りながら、物語の深淵に入り、血だらけになって、登場人物を救ってきたのだった。その血は誰にも見えない。でも、物語に寄り添っていると、何よりも強くその血を感じる瞬間がある。
「血の通った」とはよく言われる言葉だが、それをここまで体現する作家は、稀だと思う。

(にし・かなこ 作家)

目次

なすすべもない
平熱セ氏三十六度二分
星影さやかな
よるのふくらみ
真夏日の薄荷糖
瞬きせよ銀星

判型違い(文庫)

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