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安部公房伝

安部ねり/著

3,520円(税込)

発売日:2011/03/31

  • 書籍

父は何を託したのか? まだ見ぬ友、来るべき時代を生きる読者たちに――。

孤高の前衛を突き進みながらも真の友情に恵まれた生涯。独自の輝きをさらに増し続ける作品群。言語論に深く裏づけられた思想。数々のエポックを画したその足跡を、父への敬愛を込め、的確にたどる。魅力に富んだ構成の写真頁、ゆかりの人々へのインタビューと併せて立体的に肉薄する、人間を愛して止まなかった作家の真実。

目次
はじめに
作家誕生

祖父母
両親
誕生
子供時代
ヨリミ
宮武先生
学生時代
阿部六郎
きちがいはどちら
再び満州へ
敗戦
奉天という原風景
満州からの引き揚げ
卒業
真知子との結婚
真知子の生い立ち
無名詩集
作家誕生
デビュー

作家安部公房と人間科学

条件反射
芸術運動
法則の条件
共産主義
日常的感覚
東欧の友人
ソビエト旅行
反教養主義

地球外生命体など
エキスポ'70
言語論

作家活動の周辺

白木牧場

作家達―石川淳
三島由紀夫
大江健三郎
勅使河原宏
武満徹
安岡章太郎
新潮社
父との議論
変な父
『第四間氷期』
飲み屋
安部スタジオ
死に至る本能
晩年

インタビュー

児玉久雄
中田耕治
高橋元弘
真鍋呉夫
倉橋健
針生一郎
柾木恭介
中原佑介
長与孝子
池田龍雄
玉井五一
山口正道
和田勉
清水邦夫
山田耕介
安岡章太郎
石沢秀二
大江健三郎
井川比佐志
堤清二
ドナルド・キーン
嶋中行雄
丹野清和
コリーヌ・ブレ
白石省吾
おわりに

書誌情報

読み仮名 アベコウボウデン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 336ページ
ISBN 978-4-10-329351-4
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 3,520円

書評

新しい伝記の形

近藤一弥

『安部公房伝』は、娘の安部ねりさんが20年近くかけて行ってきた公房を知る人へのインタビューをもとに、彼女が実際間近で見た安部公房を重ねながら書き綴ったものです。
 それは作家、安部公房の類いまれな強靱な精神と、ユーモア溢れる言動と、そして一貫して流れる言語論による創造へのアプローチが、大きく三つの章「作家誕生」「作家安部公房と人間科学」「作家活動の周辺」に分けて構成されています。容易に乖離してしまう言葉と意味についての関係がそこで語られ、おそらくはじめて、安部公房の言語論の方向性が指し示されたものとなっています。のみならず、伝記としてはじめて、人物の内面から創作の秘密の小箱を開けたものとなっています。それは安部公房とちょっと似ている娘であるねりさんが、公房さんを覗き見ているから、可能になったものです。それゆえ、このような人物伝の形が実現されることは、希有な事と言えるのではないでしょうか。
 また、本文とは別に後半には、関わりのあった大江健三郎、安岡章太郎など25人から聞き取ったインタビューそのものが収録されています。本文の間には、文中で語られたその時々の写真や、登場する物の写真を出来るだけたくさん載せ、文章とインタビューと写真との立体的な構成になっています。特に写真図版のみで構成されたページは、まるで映画を見ているように、文章も写真も様々なイメージの飛び交う、新しい伝記の形を試みています。僕は装幀と写真とキャプションを担当させてもらいましたが、本の世界に新しいリアリティーを、少し大胆に導入したつもりです。

 僕は、1997年から刊行された『安部公房全集』のブックデザインを担当し、安部公房の撮影した10000枚あまりの写真や、家族写真とつきあってきました。安部公房自身は、不思議なことに夢の中では、奉天の家に暮らしていると言っていますが、僕もついに安部さんが若い頃暮らしていた、茗荷谷の物置小屋を改造した家の夢を見るようになりました。今ひとつ間取りが分からなかったり、写真が実際に家のどの部分で撮られたものか、考え続けたせいでしょうか。
『安部公房全集』では本の見返しに、その巻の作品とリンクする公房自身が撮影した写真を使用し、穴の開いた函の裏には、公房の写っている写真、編年体の全集のその年代と思われる肖像を貼り付け、穴から覗いてみられるようにデザインしました。最終刊のCD-ROMでは、見えるようで見えないこの肖像が、すべて画面上で見えるようになっています。

 もともとは、『飛ぶ男』文庫化の装幀のために、公房が晩年を過ごした箱根の仕事部屋に取材に行ったところから始まりました。その部屋に長時間いるうちに、部屋の霊気のようなものに触発され、フロッピーディスクに残されたその小説に出てくる保根治の部屋のように見えてきました。それと同時に、この未完の小説を書いている安部公房の姿を感じ、作品に描かれている物の多くが、実際にこの部屋に置かれた物である事に気づきました。イギリス製の紙で作られた骨格模型、ルービックキューブ、烏賊つり用のランプ、空気銃、高架線に使われる巨大な碍子、等々……。

 実は、この原稿を書き終えようとするころ、大地震が起きて、大津波によるひどい災害と、不慮の原子力事故に襲われています。しかし、この不慮の事故は防ぐ事は出来なかったのでしょうか。もし、防ぐ事が出来るとすれば、それは正に言葉の力によってではなかったでしょうか。仮装の日常に執着するあまり、言葉は、大方、見たくもない現実をゆがめていくための都合の良い道具として使われるようになってしまったようです。こうした事態を、石川淳が『』の序文で述べた「精神の運動」をともなう言葉の力によって、現実をリアルに捉え乗り越えて行こうとすることが、安部公房の願いでもあったはずです。もちろん、今や僕の願いであり、あなたの願いでもあるはずです。

(こんどう・かずや デザイナー)
波 2011年4月号より

著者プロフィール

安部ねり

アベ・ネリ

安部公房の一人娘、医師。東京生まれ。日本医科大学卒業。『安部公房全集 全30巻』(新潮社)の編集に携わる。これまで父の思想を追って、エッセイを書いている。

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