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雲の都―第一部 広場―

加賀乙彦/著

2,200円(税込)

発売日:2002/10/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

一族の運命を描き昭和史を物語る。『永遠の都』に続く五年ぶりの自伝的大河小説。

昭和27年、一代で三田に外科病院を築いた祖父時田利平はすでに亡く、一族の長老、政治家の風間振一郎も急死した。東大の医学生悠太はセツルメントに関わっている、後に“血のメーデー”と呼ばれるデモに参加して負傷、妹央子はヴァイオリンの才能を認められパリに滞在している。占領が解かれ、混乱しつつ復興する東京を舞台に、『永遠の都』の外科病院一族の戦後を描く。

書誌情報

読み仮名 クモノミヤコダイイチブヒロバ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 464ページ
ISBN 978-4-10-330810-2
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 2,200円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2012/12/07

インタビュー/対談/エッセイ

波 2002年11月号より 〔対 談〕 高井有一×加賀乙彦 『永遠の都』から『雲の都』へ

高井有一加賀乙彦


◆故郷東京を舞台にした物語

高井 『雲の都 第一部 広場』は、『永遠の都』に続く作品だと思うけれど、タイトルの意味はどういうことなのかしら。
加賀 『永遠の都』は東京を皮肉った反語みたいなタイトルだったんだけれど、「雲の都」というのは、万葉集にあって、雪を降らせる天上の都という意味があるのね。だけど、まあ、戦後の東京は、雪が降っているような美しい都ではないような気もして、やっぱり反語なんだね。
高井 『永遠の都』のときには、反語ではあっても、一種祈りが込められていると加賀さんがいうのを、どこかで読んだ覚えがある。『雲の都』も、何かそこに込めたものがありそうな気がする。
加賀 それはあるんだけどね、地上は非常に汚くて黒ずんでいるが、その天上には祈りとしての美しい都があるという意味は込めている。
高井 ああ、そうか。じゃ、どこか通じるものがあるわけだね。
加賀 『永遠の都』は二○世紀の前半の東京を視野に入れて書いて、力尽きてくたばってしまって(笑)、もうやめた、と思っていたところを、「新潮」の編集長の前田さんが、信濃追分までわざわざ来て、ぜひ続編を書けという強談判で、僕はちょっと一、二カ月考えさせてくれと。そのときはとてももう書けないという気だったんだけれど、高原から下りて東京の書斎に帰ってみると、まだ未整理の『永遠の都』の資料が山積みになっていて、それを少しずつ片づけながら、あっ、これも使っていない、これも使っていない(笑)。いやあ、まだ終わっていないんじゃないかという気にだんだんなってきてね。
高井 編集長の熱望のたまものだね。
加賀 それに、僕は、東京生まれの東京育ちで、だからまあ故郷と言えば東京なんだけど、その故郷東京を舞台にした物語を、戦争中から戦後すぐまでで終わらせちゃっていいのか、戦後の東京を書かなければというようなことがだんだん意識に上ってきて、ちょっとスケッチを始めてみると何となく書けそうな気がしたんだ。それで編集長に電話して、書きますって言った。それが、もう運の尽きでさ(笑)。
高井 『永遠の都』では、時田利平という、漁師から身を起こして、一代で三田に外科病院をつくり上げた傑物が中心人物として大活躍するけれど、『雲の都』は、その孫で医学生の悠太が主人公になる。これはまあだれが見ても、紛れもなく作者自身の体験を反映してる人物だね。
加賀 まあそうなんだけど、僕自身の体験はカッコに入っていて、突き放した人物として描いている。だから、自伝的小説なんて言われると非常に困るんだよ(笑)。
高井 版元が帯かなんかに書いて(笑)。
編集 ……書きました。(笑)。

◆一九五二年という年

高井 ところで、この小説の舞台は戦後の東京だけれども、何か戦後は、戦争中や戦前に比べてすごく平たい時代っていう感じがしない?
加賀 そう。とっかかりがない、薄べったい時代ではあると思う。だけど反面、二○世紀の世界にとって非常に大事な主題が、戦後の東京でも展開していったと思うわけ。一つはイデオロギーの時代が崩れていく過程。六○年安保と七○年安保。そして九○年代となると、新しいものを求めて混沌とした時代が来る。そして、いざポストモダンへ抜けようとしたときに、バブルが……。
高井 崩壊するわけだ。
加賀 まことに皮肉なことにね。そういう時代相というものを見てみると、僕はやっぱりその真っただ中に必死で生きてきたなという気がするわけ。あなたもそうでしょう。要するに切実な主題として同時代を書くよりしようがないという感じなんだ。
高井 それは大変よくわかるし、僕なんかもやっぱりそういう感じはどこかにある。ただ、戦後が薄べったく感じられるのは、こっちが少し豊かになり過ぎちゃったせいなのかね。戦争中はもっと何事も体に直接響いてきたじゃない。
加賀 ヒリヒリするような時代というのは、五○年代までなんだよね。
高井 そうなんだ。
加賀 貧困があり、イデオロギー闘争があり、学園紛争もあるし、政治闘争もある。その五○年代の一番中心に、僕は五二年があると思う。昭和二七年ね。
高井 つまりここに描かれている年だね。
加賀 まあ、そういうことです。『雲の都第一部広場』でなぜ五二年に視野を絞ったかというと、五二年というのは、占領が終わって四月二十八日に日本が独立国になり、アメリカとの安保体制が固まって、保守党と左翼との対立構造もきちんとなって、ある形が整った年なんだ。つまり、戦後が始まったんだよ。今の人に五二年と言っても余りぴんと来ないと思うけどね。
高井 だろうなあ、恐らく。
加賀 その年に、後に「血のメーデー」と言われた、いわくつきのメーデーがあるわけね。悠太も参加して、医学生として負傷学生を手当てして、自分も傷を負うんだけれど、彼らがその時一生懸命抗議したことは、いまだに解決されていないことばかりなのね。それを小説としてすくい取りたかった。まあちょっと大げさだけどね(笑)。
高井 メーデー事件の前に、セツルメントの話が出てくるでしょう。僕はセツルメントについては全然知らなかったし、何となくああいうものは苦手だったんですよ。
加賀 あなたはそうだ。よくわかる。
高井 正義や潔癖が先に立っちゃっているような印象があってね。だけど、この小説では、その中にいる人たちが、大変人間臭くて、ユーモラスで、矛盾を抱え込んで、そのために自分自身が七転八倒しているようなところがあって、とても親近感が持てた。セツルの人たちがメーデーの事件に加わっていくところは、第一部のひとつの読みどころになっているように思う。
加賀 実際のメーデー事件はあれで終わるのではなくて、実は七二年まで、二○年間裁判が行われて、起訴された人々は二○年間苦しむわけね。結局最後は全員無罪になるんだけど。それは大変な事件なんだ。
高井 『雲の都』では、捕らえられて裁判にかけられるのが、明夫という、悠太とは全然違う育ちの、貧しい労働者階級の若者になっている。あのタイプは余り、これまでの加賀さんの作品には出てこなかったね。

◆疾走し続けた青春時代

加賀 僕は、二○代の医学生時代にセツルメントに行き、場末の貧困の街にほとんど入り浸っていたような生活だったし、医者になったとたんに監獄医になって、今度は犯罪者の世界にのめりこんでいく。いま振り返ってみて、出会ったそれぞれが、自分にとってのっぴきならぬ影響を与えた人々だと思う。そういう青春をちょっと書きたかった。僕の二○代は、夢中になって疾走していた感じがするのね。
高井 僕みたいに、いまだかつて疾走したことのない人間は、よく次から次へいろんなことをやるもんだと感嘆これを久しくする(笑)。
加賀 そうなんだよ。だからあなたが読んだらどう思うか心配だった(笑)。僕と高井さんは性格が正反対で、同じ時代を生きながら、時代の中での生き方、関わり方も、恐らく正反対だからね。
高井 こっちは時代を横眼に見て沈殿している青春なんだ(笑)。ところで、悠太に、いろんな女性との関わりがだんだん出てきたけれど、ピアニストの富士千束との恋愛なんていうのは、恐ろしくぶきっちょだね。あれは多分振られるんだと思うけど(笑)。
加賀 あ、そう(笑)。
高井 その後悠太がどういう女性とめぐり会っていくのか、上流階級の桜子や、セツルの奈々子とどうなるのか、そういう興味は、小説の楽しみの、かなり大きな部分としてあるんですよ、読者としてはね。
加賀 そこは追々に一番書きたいところでもあるんだ。だけど、今度の小説は、時代そのものが主人公ともいえるんだね。『永遠の都』の中心には時田利平という奇妙なじいさんがいたんだけど、あのじいさんは影みたいな人物で、時代によってさまざまに照射されて結局消えちゃったという感じがあって、つまりはかない一生なのね。
高井 でも、時田利平は波乱万丈な一生を送って、物すごい実在感があるじゃない。
加賀 そういえば、『雲の都』を書こうというときに、死んだ時田利平の影が差しているんだ、いろいろな登場人物に。
高井 例えば、娘の夏江とか初江とか。
加賀 夏江の娘で出生に秘密がある奇妙な女の子、火之子もそうだし、言ってみれば、ほとんど全部の人間が時田利平の影を背負っているわけね。悠太もそう。利平の孫だから、血が濃いわけね。

◆アッパーミドルの生活

高井 話はちがうけれど、悠太の親戚の、葉山にあるお邸が出てくるでしょう。あそこにあるのは、だれかが言ってたけど、アッパーミドル、つまり中産階級よりもう少し上の生活だって。
加賀 なるほど、アッパーミドルね。僕はそういう家に育っちゃったんだ。うちは戦後没落したんだけどね、おやじが全部株ですっちゃって。だけどつき合ってる連中は、結構金持ちが多かった。ちょっと頽廃していて、あまりモラルはなくて、人生は退屈だけど金はあるし、何をしようかっていう人々だね。実業家もいたし、建築家もいたし、代議士になったのもいるし。僕自身も代議士の秘書をやったことがある、アルバイトで。
高井 小説の中の脇敬助(笑)。
加賀 と、おぼしき人物。いや、ものすごいもんだよ、あの世界も。
高井 アッパーミドルを書いた小説というのは、今まで余りないんじゃないかと思うんだ。『永遠の都』にも、葉山の家のパーティの場面がある。あそこなんか、僕は、大変好きなところなんです。今回もちょっと、悠太と桜子との情事の背景に出てくるよね。セツルメントが一方の核にあるとしても、あっちの世界を肌に感じられるように描いてほしいというのが、僕のこれから先への希望です。頽廃は小説の味を濃厚にすると思うから。
加賀 今、『雲の都 第二部』を「新潮」に「時計台」という題で連載していて、悠太の医学生時代から医師の時代までを書こうとしているんです。第一部で描いた人間たちが登場するし、その前の時代も後の時代も書いていく。そして、第一部の登場人物がだんだんに活躍するという未来を僕は考えているわけです。一応、最後のシーンは押えてある、密かに。それは絶対に言わないんだけれど(笑)。問題は僕の寿命でね。
高井 寿命との競走。
加賀 そう。僕は晩年、特に七○歳になったら悠悠自適なんていうことを考えてたんだけど、全然そうはいかない。
高井 疾走し続けて。
加賀 疾走して遂に果てるという。
高井 加賀乙彦の悠悠自適なんて想像もできないね(笑)。


(たかい・ゆういち 作家)
(かが・おとひこ 作家)

▼加賀乙彦『雲の都―第一部 広場―』は、発売中

著者プロフィール

加賀乙彦

カガ・オトヒコ

(1929-2023)1929(昭和4)年、東京生まれ。東京大学医学部卒業。1957年から1960年にかけてフランスに留学、パリ大学サンタンヌ病院と北仏サンヴナン病院に勤務した。犯罪心理学・精神医学の権威でもある。著書に『フランドルの冬』『帰らざる夏』(谷崎潤一郎賞)、『宣告』(日本文学大賞)、『湿原』(大佛次郎賞)、『錨のない船』など多数。『永遠の都』で芸術選奨文部大臣賞を受賞、続編である『雲の都』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。

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