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川崎の我が家で目にした一枚の護符。描かれた「オイヌさま」の正体とは?

オオカミの護符

小倉美惠子/著

1,620円(税込)

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発売日:2011/12/16

読み仮名 オオカミノゴフ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 206ページ
ISBN 978-4-10-331691-6
C-CODE 0095
ジャンル 文化人類学・民俗学
定価 1,620円

50世帯の村から7000世帯が住む街へと変貌を遂げた、神奈川県川崎市宮前区土橋。長年農業を営んできた著者の実家の古い土蔵で、護符の「オイヌさま」がなにやら語りかけてきた。護符への素朴な興味は、謎解きの旅となり、いつしかそれは関東甲信の山々へ──。都会に今もひっそりと息づく、山岳信仰の神秘の世界に触れる一冊。

著者プロフィール

小倉美惠子 オグラ・ミエコ

1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生れ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」公開、2015年「ものがたりをめぐる物語」公開予定。

書評

波 2012年1月号より 土地の記憶をたぐる

成毛眞

ていねいにていねいに、心をこめて、大切に作られたノンフィクションだ。なにごとかを強く主張するために作られたわけではない。さりとて、第三者である取材者の目で作ったわけではない。この本は思いを共にする人々と土地の記憶をたぐる旅の記録である。
あえて「本を作る」と書いた。本書は二〇〇八年に公開された記録映画「オオカミの護符」をもとに書かれているからだ。そもそもこの映画は、著者小倉美惠子自身が神奈川県の川崎市宮前区土橋にある自宅周辺の古老を訪ね歩いた映像記録を発端にしている。家庭用ビデオカメラで五年間にわたり伝統行事などを撮り続けるうちに、支えてくれる仲間が増え、やがて本格的な映画として完成することになった。平成二十年度の文化庁映画賞文化記録映画優秀賞や二〇〇九年度アース・ビジョン賞を受賞した。
コンビナートの印象がつよい川崎市だが、じつは臨海地帯から多摩丘陵まで細長い形をしている。土橋は多摩丘陵側にあり、おしゃれな街「たまプラーザ」につながっている。小倉家は代々お百姓の家系。古い土蔵があり、そこに貼られていた「護符」がふと気になったところからこの旅ははじまった。その護符には黒々しい犬が描かれていて、「オイヌさま」と呼ばれているという。毎年貼り替えられるこの護符はどのようにしてやってくるのであろうか。著者はその流れを遡りはじめた。
百姓の神様「オイヌさま」は講からもたらされていた。その「御嶽講」という古くから土橋にある行事は、山の世界への入り口である「武蔵御嶽神社」へと向かい、やがて「御師」という山びとに導かれ、山の神への一年の無事と豊作・豊漁をお願いするという流れだ。著者は何百年も続いてきたこの流れを、素直なおどろきとともに、いとおしむように記録していく。
この柔らかい視線は祖父母ゆずりのようだ。祖父の布団に弟が、祖母の布団に著者がもぐり込んで、祖母の語りを聞きながら二人は眠りについた。「さるカニ合戦」や「桃太郎」はもちろん、すこし大きくなると「さんしょう太夫」や「青の洞門」なども、絵本をつかわずに「そら」で語ってくれたという。祖母は主人公が窮地に立たされる場面になると、「あなたならどうする?」と幼い著者を覗きこむ。悪者をコテンパンにすると答えると、祖母は「一寸の虫にも五分のたましいがあるぞ」と言い聞かせたという。
懐かしく甘酸っぱい記憶がよみがえってきて鼻の奥がキュンとなる。夜の闇が祖父母を連れ去ってしまうのではないかと思い、幼い著者は布団のなかで涙が止まらなくなる。読みながらもらい泣きしてしまいそうだ。この本の魅力のひとつは、著者のような経験がない読者もこのような記憶を共有できることなのかもしれない。もちろん、その記憶とは著者のこどものころのことだけではない。山とオオカミへの素朴な信仰、信仰をつなぐための山の人と里の人の行き来、丹精込めて作られるタケノコ山、里にのこる「べーら山」など、人々と土地に刻まれた古代からの記憶だ。
ところで、東京都青梅市にある武蔵御嶽神社創建の言い伝えは崇神天皇七年だ。古代から伝わる、鹿の骨を使った「太占」という占いがいまでも行われているのは、群馬県富岡市の貫前神社と二社だけであるという。ほぼ二千年にわたり、都が西にあったため、東国は未開の地のように考えてしまいがちだが、むしろ東国にこそ古代の記憶が残っているのかもしれない。この本は、古代や絶滅したニホンオオカミをめぐる記憶などを共有することができる今年一番のおすすめ本だ。

(なるけ・まこと HONZ代表)

目次

まえがき

地元の子どもたちへの手紙
第一章 三つ子の魂百まで
取り残された土蔵の前で/新しい街の片隅から/茅葺屋根の家での暮らし/橘樹郡/地縁血縁/「大きな歴史」「小さな歴史」/竹の里/まぼろしのタケノコ栽培/お百姓の身体に宿るリズム/「オイヌさま」の謎/「土橋御嶽講」
第二章 武蔵の國へ
いざ武蔵御嶽神社へ/多摩川への畏れと感謝が生んだ「御嶽講」/日本人と川/「お山」の世界へ/雨乞い
第三章 オイヌさまの源流
「オイヌさま」の故郷/里びとを山へ導く、山びと「御師」/山の神楽/山の行者「御師」と庶民の信仰
第四章 山奥の秘儀
秘儀・太占/太占のルーツ/「太占祭」の記録/「太占」を読み解くお百姓を求めて/お百姓の底力
第五章 「黒い獣」の正体
「黒い獣」と「大口真神」/山とオオカミ/動かざる山への信仰/オオカミの頭骨を祀る家/縄文にさかのぼるオオカミへの信仰/オオカミ信仰のひろがり/武蔵國/大山塊を越えてやってきた「あにぃ」
第六章 関東一円をめぐる
「奥武蔵」へ/秩父の「わらじ親」/神と仏のあわいに/宝登山の「お犬替え」/「お犬さま」と「オオカミ」/秩父の「手締め」/東国武士と秩父/「お山」は文化の発信源
第七章 オオカミ信仰
「オオカミ神社」と「お炊き上げ」/猪狩山へ/古池耕地の人びと/手刷りの「オオカミの護符」/霊験譚/猪狩神社奥宮祭/山の祭りと海のサンマ/赤もろこし/土地の人に添う/ヨソモノの受け入れ方/「一人でやれば苦役でも……」/「鬨の声」
第八章 神々の山へ
三峰山/心直ぐなる者/遠宮「御焚上祭」と赤めし/守護不入の地/神領門前三六戸/「生まれ育った土地」の引力/オオカミ、焼畑、ヤマトタケル……/「オオカミの護符」の誕生/先祖からの「ゆずり」/「お山さま……」
第九章 神々の居場所
「神々の住まうべーら山」
あとがき

参考文献・出典

判型違い(文庫)

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