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現代歌人の先駆となった啄木の壮烈な生涯をたどる渾身の本格的評伝!

石川啄木

ドナルド・キーン/著、角地幸男/訳

2,376円(税込)

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発売日:2016/02/26

読み仮名 イシカワタクボク
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 378ページ
ISBN 978-4-10-331709-8
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 2,376円
電子書籍 価格 1,901円
電子書籍 配信開始日 2016/08/05

生地日戸村には一切触れず、啄木が自らの「故郷」と呼んだ渋民村。函館、小樽、釧路を転々とした北海道での漂泊。金田一京助とのあいだの類いまれなる友情。そして、千年に及ぶ日本の日記文学の伝統を受け継いだ『ローマ字日記』。膨大な資料をもとに啄木の生涯と作品を丹念に読み解く、九十三歳の著者が精魂傾けた傑作評伝。

著者プロフィール

ドナルド・キーン Keene,Donald

1922(大正11)年、ニューヨーク生れ。コロンビア大学名誉教授。日本文学の研究、海外への紹介などの功績によって1962(昭和37)年、菊池寛賞、1983年、山片蟠桃賞、1990(平成2)年、全米文芸評論家賞、1993年、勲二等旭日重光章を受章。2002年、文化功労者に選ばれる。2008年、文化勲章を受章。『百代の過客』(読売文学賞、日本文学大賞)『日本人の美意識』『日本の作家』『日本文学の歴史(全18巻)』『明治天皇』(毎日出版文化賞)『渡辺崋山』など著書多数。

角地幸男 カクチ・ユキオ

『明治天皇』(新潮文庫)、『日本人の戦争』(文春文庫)、『ドナルド・キーン自伝』(中公文庫)など、日本文学研究家ドナルド・キーン氏の著作の翻訳者。1948(昭和23)年、東京神田生。早大仏文卒。ジャパンタイムズ編集局勤務を経て、現在、城西短期大学准教授。『明治天皇』の訳業で毎日出版文化賞受賞。

書評

「非凡な人物」の肖像

松浦寿輝

 石川啄木は、人口に膾炙した幾首かの感傷的な短歌によって今日われわれが何となく思い込んでいるような、劣等感にまみれた女々しいマイナー・ポエットだったわけではない。人生の敗北をしみじみと嘆じる涙もろい啄木。それは一面の真実だが、彼はまた戦闘的な批評家であり、国の行く末を憂える気鋭の社会思想家であり、文壇に打って出ようとしている野心的な作家志望者でもあった。
 歌人としての啄木にしてからがすでに、その豊かな天稟を全面的に開花させたわけではない。平明な言葉遣いによる啄木の人生詠の、誰しもの共感をよび、一読すればただちに愛誦せずにいられなくなってしまう優しくも哀しい歌風は、当時の近代詩歌の文脈に置いて見るかぎり彼の独創であり、もし早逝によってキャリアが断ち切られなければ、その後の人生経験の蓄積、詩魂の深まり、技倆の上達によって、彼は紛れもない大歌人として大成していたかもしれない。昭和、平成の若者などと比べて明治人が一般にいかに早熟であったとはいえ、享年二十六でのあまりに早すぎる死は、啄木に十全な成熟を許さず、多くの可能性の芽を彼のうちに鎖したまま、その芽吹きと生長の機会を永久に奪ってしまったのだ。啄木は、そのあまりに短い生涯に多くを苦しみ、多くを愛し、多くを創造し遂げた、きわめて複雑な人物であった。
 本書は、広範な資料を駆使し、この密度の高い生の軌跡を克明に追った、生彩豊かな評伝である。転居に次ぐ転居、転職に次ぐ転職を重ねる啄木の屈曲に満ちた人生行路を、ドナルド・キーンは、明晰で客観的な叙述の背後に温かな同情を隠しつつ、逐一辿り上げてゆく。啄木自身の創作の流れはもとより、明治末にはまだ僻遠の地であった北海道の諸都市における新聞人たちの人間模様、その後の日本のナショナリズムの過激化と開戦への途を準備した、大逆事件という決定的出来事に対する若き知識人啄木の反応など、興趣の尽きない読み物になっている。
 キーン氏は、すでにその浩瀚な記念碑的名著『百代の過客――日記にみる日本人』の、続篇(近代篇)の方で、啄木に充実した一章を割き、彼の日記、とりわけ一九〇九年四月から始まるローマ字日記の比類のない面白さに注目していた。啄木がローマ字で日記をつけはじめた動機は、直接には妻に読ませたくなかったというものだ。娼家での放蕩が赤裸々に語られている以上、十分に理解可能な理由ではある。が、もしそれを秘密にしておきたいのなら、いっさい口外しなければよいだけの話であろう。明らかに彼はそれを言葉で表現したかったのだ。
 隠したい、しかしまた露わにしたい。この引き裂かれ・ ・ ・ ・ ・から、ローマ字表記という「異化」作用を経た、異形の言文一致体散文が産まれ落ちた。キーン氏は本書で、単なる日記ではなく「文学作品に仕立てられた」この特異なテクストを、「傑作」と評価しつつ、啄木の実生活の諸事情の文脈に置き直し、そこに内蔵された赤裸々な心理の動きを微細に跡づけている。
 エッセイ「一利己主義者と友人との対話」末尾の「人は歌の形は小さくて不便だといふが、おれは小さいから却つて便利だと思つてゐる。さうぢやないか」と始まる一節を、キーン氏は本書の冒頭と終り近くの二度にわたって引用している(第一章と第十三章)。人生のささやかな瞬間にふとよぎって消えてゆくはかない思い。「一生に二度とは帰つて来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい」。その「いとしさ」を表現するには「手間暇のいらない歌」がもっとも適した器だと言ったうえで、奇妙なことに啄木は、「しかしその歌も滅亡する。理窟からでなく内部から滅亡する」と続ける。「おれは初めから歌に全生命を託さうと思つたことなんかない。[中略]おれはおれを愛してはゐるが、其のおれ自身だつてあまり信用してはゐない」。
 繰り返すが、まことに複雑で喰えない男であったと言うほかはない。本書は、愛惜と共感の籠もった筆遣いで描き上げられた、この「非凡な人物」の鮮烈にして躍動感溢れるポートレートである。

(まつうら・ひさき 作家)
波 2016年3月号より

目次

第一章 反逆者啄木
第二章 啄木、上京する
第三章 教師啄木
第四章 北海道流離
第五章 函館、そして札幌
第六章 小樽
第七章 釧路の冬
第八章 詩人啄木、ふたたび
第九章 啄木、朝日新聞に入る
第十章 ローマ字日記
第十一章 啄木と節子、それぞれの悲哀
第十ニ章 悲嘆、そして成功
第十三章 二つの「詩論」
第十四章 大逆事件
第十五章 最期の日々
最終章 啄木、その生と死

参考文献
さくいん

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