ホーム > 書籍詳細:教える力―私はなぜ中国チームのコーチになったのか―

1年半でシンクロ後進国にメダルを取らせた、必ず結果を出す指導の極意。

教える力―私はなぜ中国チームのコーチになったのか―

井村雅代/著、松井久子/聞き手

1,296円(税込)

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発売日:2013/04/18

読み仮名 オシエルチカラワタシハナゼチュウゴクチームノコーチニナッタノカ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-333931-1
C-CODE 0095
ジャンル スポーツ
定価 1,296円

日本のシンクロを牽引し、結果を出し続けた著者が、オファーを受けて単身中国へ。“国賊”と批判されながらも渡中したのはなぜか。その舞台裏を初めて明かした。そして、言葉や習慣の壁を越えて、どんな状況でも選手たちを正しい方向へと導いていく、経験に裏打ちされた指導論とは。親、教育者、管理職も必読の一冊。

著者プロフィール

井村雅代 イムラ・マサヨ

1950年大阪府生まれ。中学生からシンクロナイズドスイミングを始め、選手として日本選手権で2度優勝。天理大学卒業後、中学校の教員をしながら浜寺水練学校でシンクロを教える。1978年から日本代表コーチに。1982年に教師を辞めコーチに専念、1985年「井村シンクロクラブ」を創設。オリンピックでは1984年のロサンゼルス大会から2004年のアテネ大会まで6大会連続メダル獲得。2004年日本代表コーチを退任、2006年中国代表チームのヘッドコーチに就任。2008年の北京大会、2012年のロンドン大会でメダルをもたらす。著書に『愛があるなら叱りなさい』(幻冬舎文庫)など。

松井久子 マツイ・ヒサコ

映画監督。1946年東京都生まれ、早稲田大学文学部演劇科卒。雑誌のライター、俳優のマネージャー、テレビドラマ・ドキュメンタリー番組のプロデューサーを経て、1998年『ユキエ』で映画監督デビュー。2002年に製作・脚本・監督を務めた2作目『折り梅』が劇場公開、2年間で100万人の観客を動員。2010年、イサム・ノグチの母親の生涯を描いた『レオニー』を全国劇場公開、2013年春より世界各国で公開。著書に『ターニングポイント・「折り梅」100万人をつむいだ出会い』(講談社)、『ソリストの思考術・松井久子の生きる力』(六耀社)。

目次

はじめに
第一章 「裏切り者」と呼ばれて
私は長くやりすぎた/中国からのオファーの内容/日本のために決めた中国行き/突然はじまったバッシング/辞表を出した会議/無駄なことはすぐに忘れる
第二章 新天地
ただ一人で北京へ/驚くべき「選手村」の環境/筋肉も持久力もなかった中国選手/選手が潰れる、と言われた練習/国よりも省が大事/激怒したある事件/選手は指導者を試す/目標から練習計画を立てる/中国指導部との関係/五輪目前に最大のピンチ/選手の追い込み方と救い方
第三章 メダルを取るために来た
周囲を慌てさせた選手選び/失敗をどう乗り越えるか/プレッシャーの対処法/嬉しさの後の空しさ
第四章 私は、コーチがしたいんです
消えていなかったしこり/水泳連盟の信じ難きオファー/埋まらなかった溝/「年齢オーバー」と言われて
第五章 勝つための強いこだわり
記録は残さない/小谷実可子との確執と和解/課題の表現力を「武器」にする/作品のつくり方/指導者として一番つらいこと/オーラは元気な人についてくる/栄光の前の関門/ショックだった奥野の引退/選手の死に水を取る
第六章 誰かの役に立つ人でありたい
才能がなかった選手時代/私を変えた先生の言葉/毎日がバトルの教師時代/子供の心を開かせるには/教育現場の体罰、自殺/橋下府知事に感じた違和感/コーチよりも選手の力が上のとき/予期せぬリストラ/シンクロは教育の手段/子供を見れば親が見える
第七章 再び、中国へ
「世界第二位」の活気/駄目になるチームの法則/銅メダルでは許されない/主張が激しい選手との対決/「心の才能」がある新デュエット/人生最大の恐ろしい会議/オリンピックで勝つための戦略/銅メダルで沸いてきた怒り/はじめて「チーム」になった/「私の選手たち」への手紙
第八章 選手を育てる、コーチを育てる
中国に行って上がったコーチ力/外から見た日本/私が使わない二つの言葉/すぐれた男性は女性を排除しない/日本シンクロが直面している問題/私がコーチを続ける理由/スポーツは結果に価値がある/すぐれたコーチを育てたい/親子で成長するシンクロ合宿
おわりに

インタビュー/対談/エッセイ

波 2013年5月号より 教えるために生きている「職人」の指導者哲学

松井久子

「日本の水泳連盟はバカよねぇ。あんな素晴らしい先生を、中国に渡してくれちゃうんだもの」と呟いたのは、本書の原稿を書いている途中、たまたま行ったネイルサロンで担当してくれた中国人のお嬢さんである。
私は俄然面白くなって、
「どうしてそう思うの? 井村さんが自分で行ったんじゃないの?」と聞いてみると、
「違うよぉ。水泳連盟から追い出されたのよぉ」と、得意げな顔で言うのだった。
北京、ロンドンと、二度のオリンピックで中国シンクロにメダルをもたらしてくれた井村先生は、私たちの恩人であり、中国の熱烈なファンたちは、彼女が海を渡った本当の理由を、ネットなどで読んで知っているというのである。
そして続いた中国娘の論によると、日本とは「勝つことよりも、組織を守ることの方が大事な国」なのであり、「強い女は嫌われる社会」なのだそうだ。
「私が鬱陶しかったんと違いますか?」
インタビューのはじめに、日本のコーチを外れた理由を訊ねる私に、井村さんはからからと笑いながら答えてくれたが、確かにそのひと言が、私が本書の聞き書きを買って出た動機のひとつではあった。
北京五輪から戻り、ロンドンオリンピックに向け、もう一度日本のナショナル・コーチに戻る可能性を探っていた彼女が、「年齢オーバー」を理由に水泳連盟から断られたという信じられない話は、作った映画三本のうち二本をアメリカで撮らねばならなかった自分の体験と重なって、とても他人事と思えなかったのだ。
しかし、映画監督の仕事なら「女の出る幕じゃない」と鬱陶しがられることが百歩譲ってあり得るとして、シンクロナイズド・スイミングの指導者はすべて女性である。
何故、彼女は排除されたのか?
また、中国に行った彼女には、いつまでも「裏切り者」や「売国奴」といったバッシングの声がつきまとった。
真相は本書の中に詳しいが、私は話を聞きながら、改めて日本社会の巧妙さについて、考えさせられることになった。
彼女を外したかったのが誰なのかもはっきりしない、「未必の悪意」のようなものが働いて、できる人が組織から追い落とされ、外されていく社会。そこには男も女もなく、ただ「妬みの文化」という日本社会の伝統があるのみだ。
畢竟、彼女のような生き方と個性の人は、この国を出て、外で仕事をする方が賢明である。が、一方で、
「自分の教え方が役に立つなら、何処で教えてもいいんですよ」という彼女の言葉が、私にはどうしても本心と思えないのだ。
何故なら、彼女が自分のクラブで教えた選手たちが今年も日本選手権で優勝して、日本代表選手に選ばれる筈だから。そして手塩にかけた秘蔵っ子たちが代表に選ばれたら、選手たちは自分の手を離れ、新しいナショナル・コーチのもとで世界選手権やオリンピックを戦うことになるからだ。
勝てる可能性がある自分の選手を、最後までみてやることができない。そんな理不尽な話があるだろうか。
それでも彼女は、選手たちのために、己を殺すのである。
「選手生命は短いですからね」
アスリート・ファーストがスポーツの基本だから、組織のもめごとで選手を犠牲にすることはできないと言うのである。
この本の出版後、彼女は英国シンクロ連盟に招かれて、三ヶ月間、イギリスチームの指導に旅立つことになっている。
根っからの職人である人は、教える場がなくては生きていけないのだろう。四十年間、脇目も振らず、ひたすらコーチの仕事に没頭し、培った指導者哲学を選手たちに叩き込み、勝ち続けることができれば幸福な人なのだ。
だから本書の中でも、私がここで書いているようなジェンダー論や文化論にはほとんど触れていない。
内容はあくまで、彼女のコーチ人生をつぶさに辿ったスポーツ・ドキュメントであり、説得力のある指導者論である。
「ひとつ仕事」に打ち込むとはこういうことなのだと教えられる貴重な一冊を、ぜひ読んで頂きたい。

(まつい・ひさこ 映画監督)

判型違い(文庫)

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