ホーム > 書籍詳細:荒仏師 運慶

自分にしか彫れぬ仏とは何か。絶望も愛欲も仏に刻んだ天才運慶の濃厚な生涯。

荒仏師 運慶

梓澤要/著

1,944円(税込)

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発売日:2016/05/20

読み仮名 アラブッシウンケイ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 367ページ
ISBN 978-4-10-334532-9
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,944円
電子書籍 価格 1,555円
電子書籍 配信開始日 2016/11/04

少年の頃「醜い顔」と嘲られた運慶は、それゆえ美に敏感となった。鎌倉武士の逞しい肉体に目を奪われ、女の姿態を仏の姿に写しとる。その手にあるのは鑿一つ。荒ぶる野心、快慶との確執、飽くなき美の追求。だが絶頂期、病が襲った……。戦乱渦巻く時代に、美と祈りのはざまで格闘し続けた天才のすべてを描く渾身の歴史小説。

著者プロフィール

梓澤要 アズサワ・カナメ

1953(昭和28)年静岡県生れ。明治大学文学部卒業。1993(平成5)年、『喜娘』で第18回歴史文学賞を受賞しデビュー。歴史に対する知的な洞察とドラマ性で、本格派の歴史作家として評価されてきた。執筆の傍ら、東洋大学大学院で仏教史を学ぶ。著書に、『荒仏師 運慶』『万葉恋づくし』『光の王国 秀衡と西行』『越前宰相秀康』『阿修羅』『百枚の定家』『夏草ヶ原』『遊部』『橘三千代』『枝豆そら豆』『唐衣』『女にこそあれ次郎法師』等がある。

書評

永遠という仏

島内景二

 久しぶりに王道を歩む小説を読んだ。小説は激動の時代を描きつつ、そこから人間の不動の真実をつかみ取る。
 変革期とは、古い時代の宝箱も、この世に災いをもたらすパンドラの箱もぶちまけられ、新しい夢を見る者が、我先にと飛び出す時代のことである。天下の覇権を求める英雄たち。古いスタイルに飽きたらず、新しい文化を模索する芸術家たち。混乱を収束しようとする宗教者たち。……
「古代」が「中世」へと移行する変革期、文学で言えば『平家物語』と『方丈記』の時代にも、未曾有のカオスが姿を現した。梓澤要の新作『荒仏師 運慶』は、この時代に生き、東大寺南大門の仁王像(国宝)などを残した仏師に着目した。小説の可能性を突き詰める野心作である。
 梓澤は、小説というジャンルの可能性を信じる。だから、夏目漱石の時点まで回帰しようとした。漱石『夢十夜』の第六夜。運慶が自在に木の中から仁王を掘り出すのを見た「自分」は、同じように木の中から仁王を掘り出そうとしたが、失敗する。「明治の木にはとうてい仁王は埋っていない」というのが、漱石の結論だった。
 梓澤の戦略は、平成の「木」から運慶を掘り出すのではなく、平成の「人間の心」に「運慶」という人物像を刻み込むことにあった。すると、読者の心に、運慶が彫り続けた「仏」までもが刻印された。この「仏」とは、現代人にとって何なのか。運慶が見出した仏の真実は、梓澤要に小説というジャンルの再定義を可能にした。
 ここ数年の作者は、『光の王国 秀衡と西行』『捨ててこそ 空也』などの意欲作を相次いで世に問うてきた。満を持しての「仏」への挑戦である。その姿はどことなく、戦後文学の代名詞だった三島由紀夫の戦いを連想させる。
「わたしは美しいものが好きだ」という印象的な一文で始まる『荒仏師 運慶』は、美とは何かという問いかけを執拗に繰り返す。なぜならば、仏とは美の別名であるからだ。梓澤は、明らかに『金閣寺』の美への執着を意識している。三島は美を破壊し、美を呑み込む巨大なブラックホールを作り出した。逆に梓澤は、現代文化に口を開いた巨大な闇から、何を引き出せるかを追い求める。運慶の指導のもとに、彼の二人の子が作った「無著(むじゃく)・世親(せしん)立像」(国宝、興福寺北円堂)について、父と子が語り合う場面も印象深い。
 子が「無著さまはどうしてこんなに哀しげなお顔なのですか」と問うと、父の運慶が「それは、無著さまが、この世のものは物であれ事象であれ、すべてはおのれの心がつくりだすいわば幻想で、実体はないと知ったからだ」と答える。
 これは、三島が「豊饒の海」シリーズでこだわった唯識思想(阿頼耶識(あらやしき))である。三島は認識の不毛に苦しみ、認識を超える「無=空」を作り出し、そこへと身を投じた。梓澤は、自分の分身である運慶の仏師としての歩みを通して、認識という幻想に不壊の「形」を与える方策を思索する。
 認識によっては永遠が手に入らないと、三島は考えた。梓澤は、永遠を「仏」と言い換える。仏は、美だけでなく永遠の別名でもあるのだ。この発見で「仏の心」が見えてくる。
 運慶が彫った「仏」たちは生きている。「高野山の名宝」展(サントリー美術館、二〇一四年)の会場で、運慶作の国宝「八大童子像」を私は観た。『荒仏師 運慶』でも、重要なエピソードとなっている童子像である。八体の仏像たちは、つぶらな目で私を見つめていた。今にも動き出し、何事かを私に語りかけたそうだった。仏は、現代人に何かを訴えたがっている。
 これまでの近代小説や戦後小説で展開された人生論・芸術論を踏まえつつ、梓澤は「仏」という普遍的テーマを現代化した。梓澤要は、この新作によって小説家としての自己実現を遂げたのではないか。漱石や三島が切り拓いた道を歩み直し、その先に、自らの足で新しい道を開削した。この道を、どこまで伸ばしてゆけるか。
 ランボーは、海と融け合う太陽の中に、永遠を見つけた。運慶は、木と融け合った仏に、永遠を見つけた。そして、梓澤要は、原稿用紙に溶け込んだ運慶の祈りに、永遠を見つけたのだと思う。だから、『荒仏師 運慶』という小説に込められた梓澤要の魂の中に、読者も永遠を見つけることができる。本物の小説と出会う喜びを知った読者は、「文学という永遠」への第一歩を踏み出せる。

(しまうち・けいじ 国文学者)
波 2016年6月号より

目次

第一章 光る眼
第二章 新しい時代、新しい国
第三章 棟梁の座
第四章 霊験
第五章 巨像
第六章 復活
第七章 一刀三拝

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