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我知らず、恋の奴(やっこ)―奴隷―になってしまった 万葉の名歌に秘められたドラマ。

万葉恋づくし

梓澤要/著

1,728円(税込)

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発売日:2017/01/20

読み仮名 マンヨウコイヅクシ 
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 276ページ
ISBN 978-4-10-334533-6
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,728円
電子書籍 価格 1,382円
電子書籍 配信開始日 2017/07/07

いつかは都へ帰る人――。赴任先の現地妻を自認していた遊行女婦(うかれめ)が、かりそめの恋の終わりに流した涙。若き日の穂積皇子と異母妹・但馬皇女との伝説の許されざる恋。そして万葉集の編纂者・大伴家持が自らうたった、ひと回り以上年上の紀女郎(きのいらつめ)への募る思い。身も心も焦がす恋を描く連作短編小説集。

著者プロフィール

梓澤要 アズサワ・カナメ

1953年静岡県生まれ。明治大学文学部卒業。1993年、『喜娘』で第18回歴史文学賞を受賞しデビュー。歴史に対する確かな目線と骨太のドラマを織り込んだ作風で着実な評価を得てきた。作品執筆の傍ら、2007年から東洋大学大学院で仏教学を学ぶ。主な著作に、『荒仏師 運慶』『捨ててこそ 空也』『阿修羅』『百枚の定家』『夏草ヶ原』『遊部』『橋三千代』『枝豆そら豆』『唐衣』『女にこそあれ次郎法師』等がある。

書評

解かれた万葉恋歌の“謎”

上野誠

 歴史小説の書き手としていえば、いわば「手だれ」の著者が、『万葉集』に取材した短編小説集を出した。万葉学徒の私は、鵜の目鷹の目でアラ探しをしたのだが、残念なことに見つからなかった。小説家に「いんねん」を見つけたかったのであるが、見つけることはできなかった。気を取り直して、読み直してみると、その味わいは、時に淡く、時に濃く、やはり著者ならではの世界だ。あぁ、やられたぁ、という感じだ。
 万葉歌から、有名歌、無名歌を問わず、著者の眼力で選ばれた歌から、次々に紡ぎ出される物語。その万葉歌の作者たちが自由にしゃべり出す。なんとも不思議な短編集だ。じつは、古代社会において「うた」と物語は、密接に結びついていた。物語が、いわば事を書く文体であるのに対して、「うた」は情を書く文体であった。だから、物語を書く場合においても、情の部分はどうしても「うた」を通して書かざるを得なかったのである。そういう事情を知っている私からすると、著者はどんな方法で、「うた」から物語を紡ぎ出すのか、興味津々になった。
 では、具体的にはどういう方法で、著者は短編を書いているのだろうか。それは、「うた」の中に書き込まれている謎を、文学的想像力で埋めるという方法で書かれているのである。
『万葉集』の巻十八に、

  里人さとびとの 見る目づかし 左夫流児さぶるこ
   さどはす君が 宮出後姿みやでしりぶり

  くれないは うつろふものそ つるはみ
   なれにしきぬに なほ及かめやも
          (巻十八の四一〇八、四一〇九)
 という「うた」があるが、これは家持の部下が、妻子がいるにもかかわらず、遊女に溺れ、末は官舎に女を連れ込むありさま。見かねた家持が、「うた」をもって本人を諭した。家持は長歌において縷々本人を諭した後に、反歌では、次のように述べているのである。前述の「うた」の訳文を示しておこう。

  里人の見る眼も恥ずかしいではないか、遊女に溺れた君が
  官舎から宮に出勤している後姿は――

  紅色というものは、移ろいやすいものだぞ。地味な色ではあるが、
  橡の着なれた衣には及ばないぞ。古女房を大切にしたまえ。

 ところが、である。長歌を見ても、反歌を見ても、
 (1)遊女と家持の部下は、どこでどんな出逢いがあったのか。
 (2)その遊女はどんな気持ちで、家持の部下と付き合っていたのか。
 という点については書かれていない。そして、何よりも、家持が部下をたしなめた結果、部下と遊女はどうなったかは書かれていないのである。書かれていないのは、当たり前といえば当たり前で、それは、部下を諭すために作った「うた」だからである。そんな時に、二人の馴れ初めを語る必要などないのだ。ところが、「うた」を読んだ人なら誰でも、(1)(2)とその後の二人のことが知りたいはずである。その知りたいところが、この短編集では書かれているのである。確かに、以上のことは「うた」に書き込まれていないのだが、私はこれを逆に「書き込まれている謎」と呼びたい。なぜ、そう呼んだかといえば、「うた」の詠み手である家持にとってみれば、詳細を記す必要などないかもしれないが、この歌を読んだ読者は、ことの顛末を知りたくなってしまうからである。
 じつは、この問題こそが、「うた」という文芸の持つ本質にして、宿命なのである。前述したように、「うた」とは、「事」を書く文芸ではなく、「情」を書く文芸なのだ。「この薔薇の花は、なんと美しいのだろう」と歌われていたとする。ところが、その薔薇の色も、薔薇の種類も歌われていないことがある。多くの場合、それは謎として永遠に残ってしまう。そういう永遠に残る謎は……想像するしかないのだ。そして、不思議なことに、多くの名歌は、謎のある歌なのである。
 それは、どこか恋と似ている。恋というものは、秘められるものだ。秘められてこそ恋なのだ。しかるに、名歌にも必ず秘められたところがある。万葉恋歌の謎を解く、みずみずしい筆致が、今も私の脳裏から離れない。

(うえの・まこと 万葉研究者)
波 2017年2月号より

目次

紅はかくこそ

年下の男
おその風流男
醜の丈夫
しゑやさらさら
恋の奴

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