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あきらめはすまい。あのひとに思いが通ずるのは千一度目かも知れないから。

千度呼べば

新川和江/著

1,728円(税込)

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発売日:2013/09/30

読み仮名 センドヨベバ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 142ページ
ISBN 978-4-10-334631-9
C-CODE 0092
ジャンル 詩歌
定価 1,728円
電子書籍 価格 1,382円
電子書籍 配信開始日 2014/03/14

抒情詩の可能性をひたむきに追い求め、豊かに紡ぎ続けて70年になんなんとする詩業の、全作品中から選びぬかれ、劇的に配列された41篇の恋の情景。かなわぬ恋、破れた恋の切なさ哀しさ、こんなにも苦しくて、こんなにも甘やかな「あのひと」への思いを鮮烈に歌いあげる。日本語という美(うるわ)しき言霊(ことだま)の幸(さきわ)いを、この一冊に込めて。

著者プロフィール

新川和江 シンカワ・カズエ

詩人。1929年、茨城県結城(ゆうき)生。高等女学校在学中より西條八十に師事。1983年から1993年まで吉原幸子とともに「現代詩ラ・メール」誌を主宰、女性詩人の活動を支援した。詩集に『ローマの秋・その他』(室生犀星詩人賞)、『ひきわり麦抄』(現代詩人賞)、『はたはたと頁がめくれ…』(藤村記念歴程賞)、『記憶する水』(現代詩花椿賞、丸山薫賞)など。『千度呼べば』に収められた「ひといろ足りない虹のように」をはじめ、多くの詩に曲が作られ、愛唱されている。

書評

波 2013年10月号より 夜明けの野火そのものをあなたに贈りたい気持ちには理由がある

和合亮一

好きな人を想う。古来、万葉集の頃より日本人はずっとそれを詠んできたのに、長い道のりの途中で、どこか詩人が自ら手放してきてしまった感じがある。
それでも高村光太郎の「智恵子抄」や島崎藤村の「若菜集」など、確かな足跡は残されてきているのだが、やがて敗戦を経験して後に、戦争の意味を問い続ける戦後詩が詩の世界の主流となり、どこか恋愛詩というものはその陰に隠れ、少数派になってしまった。それが残念だと新川さんがおっしゃっていたことがある。しかしこの一冊に脈々と受け継がれている確かさを感じた。
新川さんの長年の詩の仕事の表情には、美しい女性のきらめきがあり、優しく気丈な母親の歌があり、時には日本社会を憂う思想家の宣言があり、天と地を見つめるナチュラリストの呟きがあり……。それらを通じていつも溌剌としたものを私たちに与えてくれるのは、一つの方法にこだわらずに様々な道から、詩の高い丘を目指そうとしてこられたからに他ならない。いろんな可能性の引き出しを、その長い詩業の中で詩人として開きつづけてきた印象がある。そしていつもその底に大切にしまわれているのは、愛の概念。
詩集を開くとまず「名前」というキーワードがよく登場することに気づく。「木や風は/どうしてわかってくれないのでしょう/みち潮の海みたいに/こころは その名でいっぱいなことを」(「その名でいっぱい」)。「のこっている/三つのつぼみ/早く お咲き/あのひとの名を/おしえて/あげる」(「おしえてあげる」)など、これらの詩句には自然との心の対話が見受けられる。
「「好きなの」/ひとりでに洩れてしまったつぶやきを/聞かれてしまった/花瓶のポピーに」(「聞かれてしまった」)。恋をする秘めやかさがそこにはいつも描かれている。天然の木や風や花に向けられているのは内なる熱い想いであり、ふと漏らされる名や好きという呟きは、若々しい内心を解き放とうとし、心の底に新鮮な自由を与えて止まない。愛することは生きることだというみずみずしい謳歌が、どこからともなく聞こえてくるかのようだ。
読みふけっていて、心に炎が灯されてくる。恋い焦がれるとは情熱の火を高めることだ。しかしそれは、やがて報われて成就する時のためばかりではない。悲しい恋にも同じくそれはある。いくつか描かれている作品の中で私は特にこの詩に惹かれた。「火よ/あのひとからの手紙を全部 預けます/わたしには 蔵うところが無いのです」(「あのひとからの手紙を」)。
たくさんの便箋が眼前で十年程の歳月と共に燃えていく。あらゆる感情がそこでくべられていく。「目が煮えてしまいそう」と語る。涙とこれまでの記憶とが流れ落ちていく。もうすぐ消えてしまうありのままの真実。最後はこのようにまとめられている。「あのひととの恋の/唯一の証人である 火よ」。新川さんには「火へのオード」という名詩群がある。ずっと「火」が心にもたらす意味を大切にしながら詩業を重ねてきた方であった。
だから新川さんの詩を読みふけることは、様々な真実の火をたずねることに似ている。
詩を書き始めた少女時代を振り返って新川さんはあとがきで記している。「当時のわたくしにとって詩といえば、それは恋うたにほかなりませんでした」と。しかし詩を書くことを仕事として選んでからは、ずっとそれを詩の中に潜ませてきたことも語っている。愛しい人の名を呼ぶように言葉は紡がれ、恋愛の風景がその約束のように佇んでいることを味わいながら、新川さんがご出産された時にまつわるエッセイのいくつかの言を思い浮かべた。「女性は本来、自然なのだ、自然そのものなのだ」。「私の中に、かぎりなく豊かな自然がひろがりはじめた」。男性へ、そして子へ、愛しい人へ。誰かを想う心はいつも風となり、自然の美しい姿へと託され、野を川を海を空を、あらゆる世界を吹き渡ってきたのだ。大いなる命の絆の道が、新川さんの詩の筆の先にはいつもある。
実はある夜明けの焚き火を私は、あの日からずっと書斎に飾っている。
震災前。二〇一一年の元旦に撮ったものだ。辛くなる時にそれを眺めて想う。まだ何も起きていなかった福島の時がここに静かに、燃えている。新川さんの詩集を閉じて目をつむる。火だ。生きることは、火を焚くことだ。どんな時も誰かを愛することだ……。この野火の一葉を、新川さんにお贈りしたい。

(わごう・りょういち 詩人)

目次


その名でいっぱい
おしえてあげる
聞かれてしまった
千度呼べば
北風がつよく吹く日のうた
花壇
ballad
Chanson
ひといろ足りない虹のように
野にて
どうしたの
花を摘んでいる間に
なみだ
花ばな
比喩でなく
Cinzano
短い髪
青時雨
ロマネスク
鬼ごっこ
陸橋の上で
はらはらっと男が
火へのオード より
傘をさして……
ひとに手紙を…
そうしてやがて 秋風が…
午後の庭
公園の噴水
あのひとからの手紙を

とめどなく
ふゆのさくら

今はもう
どこへ捨てよう
陽よ
わたしたちは又逢って……
おしまいのキス
井の頭公園
五月ひとり
あとがき

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