ホーム > 書籍詳細:湯川博士、原爆投下を知っていたのですか―“最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生―

「なぜ言ってくれなかったのか」それは恩師に抱いた初めての疑問だった。

湯川博士、原爆投下を知っていたのですか―“最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生―

藤原章生/著

1,512円(税込)

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発売日:2015/07/31

読み仮名 ユカワハカセゲンバクトウカヲシッテイタノデスカサイゴノデシモリカズヒサノヒバクトゲンシリョクジンセイ
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 207ページ
ISBN 978-4-10-339431-0
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション、エネルギー
定価 1,512円
電子書籍 価格 1,210円
電子書籍 配信開始日 2016/01/15

“原子力村のドン”と呼ばれた森は、晩年になって、ひとつの謎に苛まれていた。父母係累を一瞬にして喪い、自身も爆心地で被爆した昭和二十年夏の広島。あの日、あの場所に“特殊爆弾”が落とされることを、恩師の湯川秀樹は知っていたと聞かされたのだ。自分の原子力人生を決定づけた恩師の真意は、いったい何だったのか。

著者プロフィール

藤原章生 フジワラ・アキオ

毎日新聞編集委員・ノンフィクション作家。1961年福島県常磐市(現いわき市)生まれ。北海道大学工学部卒業、住友金属鉱山に入社。1989年毎日新聞記者に転じる。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマ特派員、郡山支局長などを経て、2015年より夕刊編集部記者。『絵はがきにされた少年』(集英社、2005年)で第3回開高健ノンフィクション賞を受賞。『資本主義の「終わりの始まり」』(新潮選書、2012年)『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス、2014年)『湯川博士、原爆投下を知っていたのですか―“最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生―』(新潮社、2015年)など著書多数。

書評

「原子力村」の深奥から届いた黙示録

竹田圭吾

 戦災や事故で家族を失った人は必ず問うだろう。巻き添えになることは避けられなかったのかと。そして、運命だったのだと諦めて自分を納得させる。
 しかし、実は命を救う方法があったと知ってしまったら? その方法が自分の目の前を通り過ぎていたとしたら?
 京都大学で物理を学んでいた夏、森一久は帰郷した広島で原子爆弾の投下に遭って父と母を失い、自身は九死に一生を得た。それから55年後、森は同郷の同窓生が原爆投下の3カ月前にある教授から「広島に新型爆弾が投下される」と聞かされ、家族を疎開させていたと知る。しかもその場には森の指導教員である湯川秀樹博士も同席していたという。
 湯川博士は原爆投下を知っていたのか。なぜ自分には教えてくれなかったのか。戦後、森は湯川の勧めに従って科学ジャーナリストとなり、黎明期にあった日本の原子力発電を監視する立場から、やがてシンクタンクの原子力産業会議の職員に転じる。ついには政官民に人脈を張り巡らす「原子力のドン」と呼ばれる存在になったが、それは湯川の「贖罪」の気持ちに導かれてのことだったのか。
 毎日新聞記者の著者は湯川博士の記事を書くために森と出会う。そして森とともに湯川博士についてのミステリーの真相を探るうち、被爆者でありながら核の平和利用の理想を追い、原子力村のインサイダーでありながら政府や電力業界を批判し続けた森の生涯と、そこに映された原子力史の別な一面に引き込まれていく。
 ポスト福島第一原発事故の世界に生きる私たちは、原子力村こそが災禍をもたらしたとみなし、原発をめぐる立場を推進と反対の二項対立でとらえがちだ。本書は、そう単純化できない力が推進側の内部で複雑に作用していたことを描き出している。その中心には、権威嫌いなのに権威の中枢に入り、右翼の大物や東電の幹部と渡り合いながら、湯川に託された「人類の幸福に尽くす原子力」を実現するためにもがいた森一久という人物が存在した。
 50年代から84歳で他界する2010年まで、森は行政や産業化のあり方を厳しく問い続けた。その言葉と姿勢は、福島第一原発事故と思い合わせるとあまりに黙示録的だ。
 すべての情報を偽りなく国民に公開しつつ、輸入ではなく日本独自の研究を積み重ねていくべきだというのが湯川博士の考えであり、森の考えだった。原子力施設の設計管理を電力会社が担うことの危うさを懸念し、全電源喪失に備えた電源車の配備も提言していた。事故時の賠償を国家が法律で担保することの重要性を60年代から唱え、自身の被爆の経験から低線量被曝についての偏見にも敏感だった。
 とはいえ、本書は森について単純な人物評価は提示しない。
 著者はローマ駐在時代に著した『資本主義の「終わりの始まり」』で、2010年に起きたユーロの財政危機を地中海圏の文明論的な視点から考察している。その中で著者は、事故で急逝したギリシャの映画監督の謎めいた言葉を、資本主義社会の暗転を示唆した予言と受け止めた。
 99年に東海村で起きた臨界事故を機に森が突然日記をつけ始めたのも、後世の人々への警句だったのだろうと、著者は書く。一方で、森は「日本の原子炉の安全度が高いことは間違いない」「(原爆を経験した)日本人は平和利用に取り組む資格のある民族かもしれない」とも発言している。本書を原子力村の掟に立ち向かった男の英雄譚として読むか、妥協と挫折の物語として読むか、文明論のレンズで視た科学の悲劇として読むかは、読者に委ねられている。
 そもそも原爆は、戦後間もない頃の日本の科学者にとっては「すごい」「科学の成果」という感嘆の対象でもあったことが本書で紹介されている。つまるところ、森は「被爆者であるにもかかわらず」ではなく、被爆者であるからこそ原子力の平和利用に執念を燃やしたというのが、著者の仮説だ。
 原爆投下を知っていたのですかという問いの裏には、命を救う方法が見過ごされることが許されるのか、という問いが隠れている。なおも私たちが原子力と共存していくことを考えたとき、森が遺したものの重さを感じずにはいられない。

(たけだ・けいご ジャーナリスト)
波 2015年8月号より

目次

第一章 湯川博士の謎と“最後の弟子”
 2007年、湯川秀樹博士の生誕100年にあわせて記事を書くことになった私は、“最後の弟子”と呼ばれる森一久さんと出会う。81歳の森さんは、大きな疑問に苛まれていた。
 答えを知る恩師はもういない。半世紀を越えた謎を追う、ふたりの調査が始まった。
第二章 ジャーナリストからインサイダーへ
 1944年、京大理学部に進学した森さんは湯川博士の下で研究を進める。ところが、翌年8月、両親を疎開させようと戻った故郷・広島の爆心地で被爆。父母ら身内5人を喪い、自身も死線をさまよう。
 恩師の助言に従い、ジャーナリストとして揺籃期の原子力を監視するようになった彼は、次第に原子力村の中枢へと導かれていく。
第三章 そして、「村」を出る
 原子力という“毒”を飲む以上は、借り物でなく、自前の研究を積み重ねるべきだ――。しかし、現実は反対方向へ進み、自分に「原子力の監視役」を託した恩師はこの世を去る。
 東海村のJCO事故で感じた絶望。変質する原子力村。そして体制内部の監視者を自任した男が決断を迫られるときがきた。
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