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どうすれば、気持ちが伝わるのだろう?
出会ったことは、運命だったのか?
この感情は、恋なのか、ストーカーなのか――。

消えない月

畑野智美/著

1,944円(税込)

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発売日:2017/09/22

読み仮名 キエナイツキ
装幀 中島梨絵/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 358ページ
ISBN 978-4-10-339482-2
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,944円

なぜ、さくらは、僕から離れようとするのだろう。どうして、松原さんは、別れてくれないの。婚約までした二人の関係は、はじめから狂っていたのかもしれない――。緊張感に満ちた文体で、加害者と被害者、ふたつの視点から「ストーカー」を描いた価値観を揺さぶる衝撃作。本から顔を上げた時、あなたは「愛」を信じられなくなる。

著者プロフィール

畑野智美 ハタノ・トモミ

1979年東京都生まれ。東京女学館短期大学国際文化学科卒。2010年「国道沿いのファミレス」で第23回小説すばる新人賞を受賞。2013年に『海の見える街』で、2014年には『南部芸能事務所』で吉川英治文学新人賞の候補となる。2015年に刊行した『感情8号線』は、2017年にドラマ化された。他の著書に『夏のバスプール』『みんなの秘密』『罪のあとさき』『タイムマシンでは、行けない明日』『家と庭』、「南部芸能事務所」シリーズなどがある。恋愛小説、家族小説、SF、犯罪小説などさまざまなジャンルに挑戦しつづける最注目の女性作家。人間の感情を的確に切りとり、言葉で表現する力には定評がある。『消えない月』では、被害者の女性、加害者の男性、ふたつの視点から「ストーカー」の核心に斬り込んだ。

書評

おそれながらも、断然支持する

吉田大助

 今年読んだ小説の中でもっともページをめくる手が止まらなかったのはこれだった、となることだろう。登場人物にもたらされた悪夢のような現実が、少しでもいいから浮上してくれる瞬間を求めて、とてつもない集中力で文章を追いかけ最後までページをめくらされてしまう。代表作『海の見える街』や『感情8号線』などで「大人の片思い」が題材の恋愛小説を描いてきた、畑野智美の最新長編『消えない月』だ。
「わたし」の視点から物語は始まる。世田谷区のどこかで一人暮らしをする河口さくらは、商店街の片隅にあるマッサージ店「福々堂」に勤めている。満開の桜が少し散り始めたこの日は28歳の誕生日で、同僚達がサプライズでお祝いをしてくれた。その喜びを、大手出版社でバリバリ働く常連の松原さんに施術中、ぽろっとこぼす。誕生日の話題から相手の年齢が分かり(3つ上の31歳)、お互いに恋人がいないという情報も交換できた。さくらは松原さんのことを、かっこいいと思っている。松原さんも実は、さくらのことを思っていてくれたということが、続くシーンで明らかになる。「福々堂でマッサージを受けている間に話すことは、マッサージ師と客としての会話だから、どんなに楽しくてもそういう気持ちで見てはいけないと思っていました」。でも……「河口先生のことが好きです」。
 マッサージ師と、その客。往年のフランス映画「髪結いの亭主」を彷彿とさせる、なんとも胸躍るシチュエーションなのだ。ただし、2人が一歩を踏み出す際には、絵空事だね、と読者に感じさせないリアルなシミュレーションが必須となる。さすがは、畑野智美。ときめきの中にコミカルさも交えて、2人が近付くプロセスを軽快に描き出し、たった37ページで2人を両思いへと導いた。
 すると、次の章で語り手が「僕」に変わる。松原さんだ。彼のプロフィールが語られると共に、時間軸が巻き戻り、彼の視点からさくらとの出会いが語り直される。さくらに語っていた自己像はでたらめで、彼は中堅出版社の仕事ができない男であり、誰も自分のことを分かってくれないとイジける心の持ち主だった。「口答えするな」「ちょっとさ、スマホ出して」「男の連絡先、全部消すからな」。両思いになった2人の初々しくあたたかな時間はごくわずかで、男が女を束縛し、彼女の人生を支配しようとする日々が始まる。
 その後も一章ごとに「僕」と「わたし」が入れ替わりながら、物語は進んでいく。言い換えるならば、追う者と、追われる者だ。よりはっきり記してしまうならば、ストーカーと、その被害者。序盤は恋愛シチュエーションで導入されていた「リアルなシミュレーション」の想像力が、ストーカーする側・される側の心理や関係性の展開に適応されている。男はいつどこで、己の行動を正当化するどんな論理を携えて女の元へやって来るのか? 何度目かの襲来ののち、「わたし」は思う。〈月はいつも、振り返るとそこにある。/どこまで行っても、ついてくる〉。意外性が連鎖しサスペンスの緊張感が持続する、一分の隙もない構成だ。
 ストーカー問題に詳しい警察官は言う。「相手に会い、自分の怒りをぶつけるために、ストーカーは努力します。警察よりも被害者よりも、努力します。運は平等に、努力する者の味方をします」。「わたし」だけでなく、「僕」の視点を採用している理由は、努力を記述するためにある。運を引き寄せるためにある。そして、原点にある感情が「愛」である以上、男の身勝手な言動の数々は、絵空事でもなければ、他人事でもないことを読者に突き付けるためにある。痛いほど、不愉快なほどに心が刺激され、己の内にある黒い感情や負の想像力の存在に気付く。おそろしい小説だ。だが、きっと、読んでおいた方がいい小説だ。体であれ心であれ、傷を治すためには、消毒液や絆創膏は効かない。唯一の治療法はウミを出し切ること、それだけなのだから。
「大人の片思い」を描く恋愛小説で知られる作家が、その思いを負の方向へと伸ばしていった時、おそるべき犯罪小説が生まれてしまった。畑野智美のこの路線を、おそれながらも、断然支持する。

(よしだ・だいすけ ライター)
波 2017年10月号より

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