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ざんねんなスパイ

一條次郎/著

2,035円(税込)

発売日:2018/08/22

  • 書籍

奇妙奇天烈、摩訶不思議。
一度ハマれば抜け出せない、ユーモア・ニューワールドへようこそ!

わたしはニホーン国のエリートスパイ。だが、どこでしくじったのだろう。市長を暗殺しにこの街へやってきたのに、そのかれと友だちになってしまった……。キリストを名乗る突然の来訪者、年寄りの賢いロバ、泥棒稼業を営む隣家のマダムに、巨大化したリス。妙ちきりんで癖になる人(動)物たちが次々に織り成す、一大狂騒曲。

書誌情報

読み仮名 ザンネンナスパイ
装幀 Yumi Yamamoto/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-339872-1
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 2,035円

インタビュー/対談/エッセイ

最高にふざけた、最高に面白い小説

一條次郎伊坂幸太郎

 第二回「新潮ミステリー大賞」の受賞作『レプリカたちの夜』でデビューした一條氏。同作は「果たしてこれはミステリーなのか?」という議論を巻き起こしたが、同賞の選考委員である伊坂氏は「とにかくこの小説を世に出すべきだと思いました。ミステリーかどうか、そんなことはどうでもいいなあ、と感じるほど僕はこの作品を気に入っています」と激賞した。
 受賞から三年、一條氏が第二作『ざんねんなスパイ」を上梓したのをきっかけに、伊坂氏が聞き手役となり、新刊について語り合ってもらった。

伊坂 『ざんねんなスパイ』、読みました。めちゃくちゃ面白いですね! 一行目から最高でした。「市長を暗殺しにこの街へやってきたのに、そのかれと友だちになってしまった……」。

一條 ありがとうございます。もう、そこで終わっとけばよかったです。

伊坂 それはだめです(笑)。最初、二作目が出ると知ったときに「最終兵器として温存されてきたスパイが、市長を暗殺しにいく話」と聞いて、「え、一條さんがそんなアクションエンタメを」とドキドキしていたんですけど、編集者から、「あらすじだけ聞くとそう思いますけど、まあ一條さんですから、そうはならないですよ」って返されて(笑)。「ですよね?」と答えつつ、とにかく、すごく楽しみで。拝読したら、期待以上でした。百点満点中、五十万点! みたいな気持ちで。もちろん、欠点とかまずいところとかあるとは思うんですけど、そういう減点がどうでもいいような気持ちになるので、百点満点というより五十万点という気分で。

一條 五十万点ていうのがよくわからないですが(笑)、うれしいです。

伊坂 エンタメっぽくはないですけどかといって世界観だけを面白がらせるだけじゃなくて、スパイものとしての筋書の面白さはちゃんとありますよね。飄々としているのに、読者を引っ張っていく力がちゃんとあって。ちょっとしたユーモアとか、ふざけてる部分とか、『レプリカたちの夜』のときのよかった部分も全部残っている。こんな面白い作品を二作目で読めるなんて、新潮ミステリー大賞の選考会で推した僕、えらいぞ、と思いました(笑)。

一條 あ、それ、ほっとしました。「こんなはずじゃなかったんだけどな」ってなるかもと思ったりもしたので。

伊坂 このお話はどこから発想されたんですか?

一條 なんていうか……静かにしなければいけないのに、うるさくなってしまってこまる、みたいなイメージが最初だと思います。

伊坂 何ですかそれは、そこが既にめちゃくちゃ面白いですね。

一條 そこからいろんな方向に話を考えていくんですけど、以前書いた短編で、主人公の預かった猫が、音がうるさいとどんどん大きくなってしまう――というのがあって。それとスタート地点はいっしょです。

伊坂 なにそれ。それも読んでみたい(笑)。静かにしてないとダメな状況なのに、外的圧力とか不可抗力によって、何かが起こってしまうということですか。

一條 はい。周りがうるさかったり、騒動が起きたり。今回は、そのときにどういう状況が一番大変かなと考えて、スパイだったら大変だろうなと思い、主人公をスパイにしました。

伊坂 そのスパイが、73歳の自称「最終兵器」という設定はどこから?

一條 いちばんスパイに向いてなさそうな人にしようと。

伊坂 あ、でも、たとえば僕がおじいちゃんスパイを書こうとしたら、昔は活躍してたっていう設定にしそうな気がするんです。でも今回の主人公は、今まで一度もチャンスが巡ってこなかったっていう設定ですよね。そこは何か理由があるんですか?

一條 引退したスパイということにする案もあるにはあったんですけど。なんとなく、やめました。

伊坂 なんとなくなんだ(笑)。すごいなあ。僕、結局、小説の書き方って作者の勘で作られていると思っちゃうんですけど、その「なんとなく」の判断が、一條さんのセンスなんですよね。事前のプロットは書かれるんですか。

一條 一応、プロットみたいなものは書きました。大まかに決めておかないと、自分でもどこへ行ってしまうかわからないので。

伊坂 その段階で、登場人物とかも決めてますか。

一條 そうですね。まず、世界全体というか、そこにどういう人や物がいて、それらがたがいにどういう関係性があって、一つが動くとどういうふうに影響するかということを、なんとなく紙にメモして、線とか矢印とかでつなげたり並べたりしています。話の筋ではなく、その世界の設計図みたいなものを考えるというか。

伊坂 あ、僕もだいぶ近いです。いつも、まず人がいて、その人同士の関係がどうなっているのかっていうのを、アイディアノートに書いていっています。そのあとはどうされるんですか?

一條 その世界の人たちがそれぞれどういうふうに関係しているのかがわかってくると、あとは何か一つが動けば他もどう動くのかが見えてくるので、それを辿っていきます。ぜんぶを頭の中だけでやっているとわけがわからなくなるので、スケッチブックとか、そのへんの紙とかにいろいろ書き出してみて……。

伊坂 何だかそれ聞いているだけで面白いですね。箱庭の町みたいなものをつくっている感覚でしょうか。

一條 ええ、まあ。そこでいろいろなことが起こるんですけど、その中から、話に関係あるところだけを拾っていくみたいな感じです。いつもやりかたは決まってないんですが、今回はそういうやりかたになりました。

「人間なんてみんなふざけている」

伊坂 ゲラを拝読しながら、あちこちに僕、「ふざけてる!」とか「うそだろ」とかいろいろツッコミというか、喜びを(笑)書きこんでいたんですけど、とにかくそういう箇所がたくさんあって、最高でした。相当、ふざけてますよね。

一條 そうですね、ふざけてます。

伊坂 お話の中でも「人間なんてみんなふざけている」っていう一文が出てきますし。「ふざけやがって! いいぞ、もっとやれ!」っていう、ネットで見る文章みたいな心境でした(笑)。物語のはじめのほうから、いきなりイエス・キリストが主人公のスパイの家を訪ねてきて、「福音を届けにまいりました」って言うの、すごくないですか? しかも、「福音ならまにあってます」って真面目に答えてるし(笑)。このやりとりだけでとても面白いんですけど、出落ちじゃなくて、彼がイエス・キリストであるということが物語の後半でも重要な意味をもってきますよね。

一條 あ、はい。関係してきますね。

伊坂 あれも、やられた、って思いましたし、あと、スパイに暗殺指令がくだる方法もすごく面白かったです。あれはどうやって考えられたんですか?

一條 あの部分は、『数字の国のミステリー』(マーカス・デュ・ソートイ/著、冨永星/訳、新潮文庫)という本に出てきた話をもとにしました。なんかものすごい昔に、そういう暗号の伝え方があったらしいです。

伊坂 元ネタがあったんですね。いや、でもだからって、このエピソードには結びつかないですよ。思いついたとき、「やった!」ってなりませんでした?(笑)僕なら絶対なるなあ。

一條 うーん、「これで大丈夫かなあ」という感じでした。

伊坂 あはははは(笑)。「用心するのを忘れないように用心しよう」っていう表現は? これ思いついたら嬉しいですよね。

一條 うーん……。

伊坂 えっとそれじゃあ、主人公が踊るダンスのネーミングが「フリースタイルオクラホマミキサースペシャル」っていうのは? これはさすがに「やったー!」ってなりません? これ出てきたら僕、うれしくてその日は仕事やめちゃうと思います。

一條 はい、うれしかったです(笑)。

伊坂 これは元ネタないですもんね。

一條 聞いたことないですね。

伊坂 このダンスも後半、再登場するんですよね。そこも含めて完璧だなあ、って感動しました。ダンスといえば、「ロッキン肺炎ブギウギ流感」っていう病名も出てきますけど、これは医学的に実際にあるんですか?

一條 医学的にはないです(笑)。アメリカにそういうタイトルの曲があって、その邦題をそのまま使いました。

伊坂 あ、こういう曲があるんですか。全然知らなかったです。じゃあ、ショッピングモールの名前がワリダカっていうのは?

一條 ないです。勝手につけました。

伊坂 (笑)。あと、「手数料がかかるかどうかわからず“試しに千円だけ”おろしてみる」っていうくだりも笑いました。

一條 あ、それは、自分で実際にやったことです。

伊坂 これ元ネタは自分なんだ(笑)。

一條 ATMでお金をおろすとき、「土日は手数料かかるんだったかな?」と思って、試しに少額おろしてみたら、一回分の手数料をとられました。それならふつうに必要な額をおろせばよかったです。自分でもなにをやってるんだろうと思いました。

小説ならではの面白さ

伊坂 一條さんの作品には、小説ならではの面白さが鏤められていますよね。「『みなさん、なんとかしてここから逃げてください!』とアバウトな指示を出す」とか。「アバウトな指示」と言ってしまうおかしみは、映像ではまず表現できないと思います。

一條 あ、そのアバウトっていうのは、伊坂さんの担当編集者のOさんからきているんです。

伊坂 えっ、そうなの?

一條 第三回の新潮ミステリー大賞の授賞式で、花束を贈呈するときの段取りがよくわからなくて、担当の編集者さんに聞いたら、「取り仕切っているOさんがすごくアバウトな人なので、わたしもよくわかりません」って言われたのがなんか面白くて、記憶に残っていて……。

伊坂 まさかOさんがそんなかたちで貢献しているとは(笑)。他にも挙げていったらキリがないほど好きな表現がたくさんあるんですけど、元ネタがあったり、実体験だったり、かと思えば完全なる創作だったり、いろいろ混在しているのがすごいですよね。面白いなあ。しかも、そうやってふざけているんだけど、作品を読み進めていくと、差別とか分断みたいなことが、大きなテーマになっていることにも気づきます。後半になるにつれ、帰属意識とか、「わたしたち」と「かれら」という区別がどこから来るのか、という話も出てきて、どきどきしました。

一條 テーマから考えるということはしないので、段々そうなったというか、テーマみたいなものは後からついてきた感じです。そのほうがいいかなと。

伊坂 絶対そのほうがいいと思います。

一條 テーマが先にあると、自分の場合、たぶん書けない気がします。

伊坂 そうですよね。僕も面白い話を書きたいだけなんですけど、書いているうちに、普段「いやだな」と思っていることとかが、なんとなく入ってきちゃうんですよね。それがテーマと勘違いされがちなんですけど。

一條 あ、やっぱりそれありますよね。今日は伊坂さんのサインもいただけてうれしかったです。生まれて初めて人からサインをもらいました。だいすきな『PK』のサイン本、宝物にします。

伊坂 僕も一條さんのサインがほしいな。

一條 いえ、それは大丈夫です。

伊坂 えっ、サインってそういうシステムだっけ? 頼まれた側が「大丈夫です」っていうのOKなの?(笑)この本は僕にとっての小説の希望なんですよね。この小説が好きな人、たくさんいると思うんですよ。これを読んで、小説って面白いってみんなに思ってほしいんですよね。これからもどんどん書いてください。次も勝手に楽しみにしています。

(いさか・こうたろう 小説家)
(いちじょう・じろう 小説家)
波 2018年9月号より
単行本刊行時掲載

楽曲解説(みたいなこと)vol.1(p.9~56)

 この作品には、たくさんの音楽が登場します。主人公がその曲でダンスを踊ったり、歌詞からインスピレーションを受けた世界が広がっていたりと、その扱われ方は様々ですが、中には「なぜこれが参考作品一覧に……?」と、一見影響がわかりにくいものも。
 せっかくなので、著者の一條さんに、自ら解説をお願いしました。この本の世界がもっと楽しくなること請け合い! ぜひ音楽とあわせて小説をお楽しみください。

[vol.1 p.9~56][vol.2 p.88~182][vol.3 p.205~



\ 解説みたいなことをします。 /

p.9「Macarena」Los del Rio
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p.9「恋はメレンゲ」大瀧詠一
エスニックなかんじのダンス音楽のルーツをたどっていくと、そのひとつはメレンゲにいきつくみたいです。細野晴臣さんがラジオ「Daisy Holiday !」でそんなような話をしていました。物語のなかでは「マカレナはやがてランバダになり、ランバダはズークに、ズークはメレンゲへと変化していった」というかんじで、主人公ルーキーとイエス・キリストがなぜかダンスをします。

p.13「Turkey in the Straw」
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フォークダンスのオクラホマミキサーでかかる曲です。「オクラホマミキサー」の意味はわかりません。物語では、ルーキーが「フリースタイルのオクラホマミキサー」を踊ります。スパイ養成施設〈オーファン〉では厳重に禁止されているというのに。

p.15「Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu」Huey 'Piano' Smith
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1957年のヒット曲。「ロッキン肺炎ブギウギ流感」という邦題がついています。どんな症状なのかとても心配な病名です。物語のなかでは、ハロルド・ホイ(ルーキーの友人)がこの病気にかかってしまうのですが、1955年のことなので「当時はまだ知られていなかった病気」ということになります。実際はとても楽しいかんじの曲です。

p.16「Jesus' Blood Never Failed Me Yet」Gavin Bryars
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「イエスの血は決して私を見捨てたことはない」というフレーズが25分ほどくりかえされるミニマルミュージック。なのでルーキーが「歌いおわるのに三十分近くかかってしまった」のもしかたがない……? トム・ウェイツが歌っている再録バージョンもよいのですが(そのバージョンだと歌いおわるのに74分かかります……)、個人的には1975年にブライアン・イーノのレーベル、オブスキュアからリリースされた録音が好きです。25分とか74分とかいうのは、レコード片面とかCD1枚分とか、当時の主流の媒体の長さによって決められた(たぶん)のだとおもいますが、ということは、いま再録したら何分の演奏になるのでしょう(意外とすごく短くなったりするかも?)

p.16「Amazing Grace」
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アメリカで軍人とか(?)が死ぬと墓地で「アメイジング・グレイス」をバグパイプで演奏するイメージがあるのですが、あれはなぜなのですか? だれか教えてください。

p.25 Calexico
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バンドの名前。カリフォルニア州とメキシコの境界にそういう名前の町があるみたいです。物語のなかでは「メキシコ製のアメリカ車」の名前として使っています。

p.26「V-2 Schneider」David Bowie
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物語では上記の車、キャレキシコのエンジン名に使っています。「V-2」というのは第二次大戦中にドイツ軍が開発したV-2ロケットのことのようです。なのできっと「翼をつければ飛びますね」というぐらい強力なエンジンのはず。ルーキーの家のとなりに住んでいるマダム・ステルスが、そのエンジンをねらっています。

p.32「La Paloma」
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ハバネラのリズムで作られた19世紀の曲。中村とうよう著『ポピュラー音楽の世紀』によれば、初めて全世界的にヒットしたポピュラー音楽とのこと。このあたりのラテン音楽のリズムがいろいろと変化していき、ジャズやロックンロールなどにも影響をあたえているのだそうです。というわけで、変幻自在で万能な化学物質名として物語に登場します。YouTubeで検索するといろんな人がいろんなアレンジで演奏しているのが聴けますが、あまりプロっぽくない演奏のほうがなぜだか楽しいです。

p.38「The House of the Rising Sun」Lead Belly
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アメリカの民謡です。物語のなかでは、カツカレーが人気の〈ライジングサン〉という店が出てくるのですが、いかにも誇らしい日本的ネーミング(だいぶありふれてますけど)と見せかけて、昔ニューオーリンズにあったと歌われている娼館、あるいは刑務所の名前だった――という話をどこかに入れるつもりでした。けど、なんかちょうどいい箇所がありませんでした。というか、すっかり忘れていました。いろんな人が歌っていますが、ウディ・ガスリーが歌っているバージョンもよいです。

p.45『AOXOMOXOA』Grateful Dead
アオクソモクソアと読むそうです。そう長くない文字列に「クソ」という字が2回も出てくるのがちょっと気がかりです。アルファベット大文字で書くと左右対称になるというだけで深い意味はないらしいです。麻薬のやりすぎかもしれません。1960年代を代表するサイケデリック音楽のアルバムなので、物語では麻薬的な物質の名前としてちらっと登場します。

p.46 Esso Trinidad Steel Band
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1940年代、アメリカの石油会社がカリブ海のトリニダードトバゴに残していったドラム缶から、スティールパンという楽器が発明されたんだそうです。こんな文化のまざりかたがあるんだなとおどろきました。その楽器を使った(たぶん)いちばん有名なグループが、エッソ・トリニダード・スティール・バンド。1971年にヴァン・ダイク・パークスがアルバムをプロデュースしています。「産業の副産物からこんなに美しいものが生まれることがあるでしょうか!」とかれがライナーノーツに書いているとおり、とてもきれいな音色です。グループ名は、当時エッソがスポンサーについていたからという……。物語のなかでは、元工場長が「経営を立てなおそうといろいろ考えてはみたんだ。あまったドラム缶をスティールパンに加工してトリニダードのカリプソ演奏楽団を作るとかな」などと無茶なことをいっています。

p.50 John Lennon
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p.50 Sam Cooke
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p.50 Prince
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p.50 Michael Jackson
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4人とも暗殺されたり、暗殺による死を疑われたりした音楽家です。不可解な死を遂げた音楽家はほかにもおおぜいいます。ケネディ大統領やキング牧師をふくめ、ぜんぶルーキーが殺したのだろうといわれますが、そんなはずないです。

p.54「The Weight」The Band
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p.54「I Shall Be Released」The Band
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従来のジャンル分けでは分類しきれない「アメリカーナ」と呼ばれる音楽の先駆的なグループのひとつかとおもいます。アメリカのルーツ音楽をやっているのに、メンバーのほとんどがカナダ人というのもわりと有名な話です。「The Weight」の歌詞にはナザレとかモーセとかが出てきたりなどして、どこかキリストっぽい雰囲気ですが、実際なにを歌っているのかはよくわかりません。だれか解説してください。「I Shall Be Released」については後述します。

p.54 Robbie Robertson
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上記のザ・バンドで、ほとんどの曲を書いてた人です。カナダ人なのですが、ネイティブアメリカンでもあります。北米先住民のミュージシャンたちといっしょにアルバムを作ったりもしています。アメリカのオリジナルのルーツ音楽というのは、じつはネイティブアメリカンの音楽なのではないかということを、雑誌「ミュージック・マガジン」のインタビュー記事で語っていました。

p.56 The Leningrad Cowboys
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ソビエト(レニングラード)なのかアメリカ(カウボーイ)なのかよくわからない名前なのに、実際はフィンランドのバンドという……。映画「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」で、かれらの演奏する音楽が、アメリカを旅するにつれてだんだんと多様なジャンルとまざりあっていくところもおもしろいです。

楽曲解説(みたいなこと)vol.2(p.88~182)

vol.1 p.9~56][vol.2 p.88~182][vol.3 p.205~


p.88「Funky President(People It's Bad)」James Brown
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ルーキーが潜入した街には〈ファンキー・プレジデント条例〉というのがあって、街でなにかイベント的なことがあるたびに、市長がステージでファンキーに踊るという決まりになっています。わけがわかりません。

p.89「Please, Please, Please」James Brown with the Famous Flames
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そんな市長もジェイムズ・ブラウンみたいに、この曲で「マントショー」をやります。ステージで力つきてたおれ、袖に引きあげるふりをして、マイクのまえに帰ってくるというパフォーマンスです。「プリーズプリーズドントゴー」とコーラスでくりかえし歌われています。

p.90 Arthur Lyman
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どこか出自のあやしいハワイ風ムード音楽の音楽家です(実際にハワイ出身らしいですが)。ビブラフォンやマリンバの音がねむたげでとてもここちよいです。あやしいエキゾチック音楽の(たぶん)元祖であるマーティン・デニーのアルバムにも参加したりしています。

p.93 Isaac Hayes
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ファンキーで軽快なリズムの「Theme from Shaft」などで有名です。米国アニメ「サウスパーク」では声優として、シェフという役をやっていました。とてもおもしろい役だったのですが、いろいろもめて番組をやめてしまいました。ざんねんです。

p.96「Cherry Pink and Apple Blossom White(Cerezo Rosa)」Perez Prado and his Orchestra
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ビルボードの記録によると1955年(物語のなかでは、ハロルド・ホイが死んだ年)にいちばん売れた曲だったそうです。というわけで、ホイのことをおもいだすときにルーキーがラジオで耳にしたのは、この曲です。音楽史的には1955年はロックンロール誕生の年といわれることが多いようですが、マンボもたいへん人気だったそうです。ということを大和田俊之さんが『アメリカ音楽史』とか「カルチャーラジオ 芸術その魅力『アメリカン・ミュージックの系譜』」でいっていました。あの本とラジオ番組はすごくおもしろかったです。

p.96 The Beatles
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p.96 Jefferson Airplane
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屋上コンサートといえばビートルズの記録映像が有名ですが、その前年の1968年にジェファーソン・エアプレインがニューヨークで屋上コンサートをやっていました。物語のなかでは、市長が自家用飛行機に「ジェファーソン」という名前をつけているのですが、「すごくよく飛ぶヨー。ビトルズよりもはやく屋上コンサトやったの、ジェファソン・エアプレンだしネー!」とかれがいっています。1970年代には、ジェファーソン・スターシップと改名され、さらに高いところへ飛んでいきそうなかんじに……なるのですが、そっちのほうはぜんぜん聴いたことないのでよくわかりません。屋上コンサートのようすは YouTube で見れます。よく知りませんが、映画監督のゴダールが撮影したのだそうです。

p.98 Johann Sebastian Bach
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大雑把にいって「ポピュラー音楽は単純で、クラシック音楽は複雑」というイメージがあるような気がしなくもないのですが、ジェイムズ・ブラウンのファンク全盛期のリズムを完璧に採譜したら、バッハに負けないくらい複雑な譜面になりそうな気もしなくもないです(てきとう)。リズムもメロディもハーモニーも、西洋のクラシック音楽よりも複雑なものは世界中にいくらでもあるのではないかなとおもいます。イスラムあたりの微分音階とか、アフリカのバカ族が歌うポリフォニーとか……(てきとう)

p.105 Little Richard
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1950年代から活躍していたロックンロール歌手ですが、黒人でゲイということに加え、足に障害があったとか。いろいろな差別でたいへんなおもいをしたようです。

p.114「Sail Along Silvery Moon」Bing Crosby with Lani McIntire and his Hawaiians
邦題は「浪路はるかに」。ビリー・ヴォーン楽団の軽快な演奏が有名ですが、1937年のビング・クロスビーのオリジナル録音が、いかにもハワイらしくのんびりとしたかんじで好きです。物語では、チェロキーの自宅の電話機のオルゴールとか、すごく巨大な飛行機のなかの海のうえの船のなか(意味がわからないとおもいますが、そういうことになっているのです……)で流れるBGMとかに使われています。

p.125 Buddy Holly
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p.125 The Big Bopper
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p.125 Ritchie Valens
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「飛行機は中古のビーチクラフトボナンザ、四人乗りの小型単発機。1959年『音楽が死んだ日』に三人の人気ロックンロール歌手(テキサス人二人とメキシコ系一人)を乗せて墜落したのとおなじモデルだ。」と物語のなかでいっているのは、この3人のこと。バディ・ホリーとビッグ・ボッパーがテキサス生まれ、リッチー・ヴァレンスがカリフォルニア生まれのメキシコ系アメリカ人。この墜落事故があった日は「音楽が死んだ日」と呼ばれ、ロックンロールがだんだんと元気がなくなっていった原因のひとつといわれています。あとのほうに出てくる「American Pie」という曲では、この事故のことが歌われています。

p.137「Top Hat, White Tie and Tails」Fred Astaire
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p.137「No Strings(I'm Fancy Free)」Fred Astaire
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どちらもミュージカル映画「トップ・ハット」から。作詞作曲はたぶんアーヴィング・バーリン。「Top Hat, White Tie and Tails」が歌われる映画のシーンで、フレッド・アステアといえば「トップハットにホワイトタイに燕尾服」というイメージが定着したんだそうです。「No Strings(I'm Fancy Free)」は、同じ映画でアステアがタップをふみまくり、階下の客(ジンジャー・ロジャース)から苦情がくるというシーンで歌われています。追いつめられたルーキーが「トップハットに燕尾服だったら、階下から苦情がくるほどタップをふみまくってやるところだったのだが」と妄想するのは、この映画のことです。映画「キートンの大放送(Grand Slam Opera)」では、このシーンをパロディにしてバスター・キートンがどたばた踊りまくっています。

p.141「Us and Them」Pink Floyd
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「どっちがどっちでだれがだれかなんてだれにわかるの?」と歌詞を引用しています。敵と味方みたいな区別は、確固として存在するものではなく、恣意的に作られたものでしかないではないかというようなことが歌われているかんじです。「そういう区別がおかしいんだよね。“わたしたち(Us)”と“あいつら(Them)”っていう発想がね」と新聞記者のモジュールにいわれ、ルーキーがはっとします。物語に登場する謎の組織“アンユナイテッド・ステイツ”の略称もUS。

p.160「Things Have Changed」Bob Dylan
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物語のなかでドブス署長が「歳をとりすぎていて、世界が変わったのか、それとも自分が変わったのかわからなくなってしまいました――」と話す場面があります。そういう歌詞だとおもって、この曲を引用したのですが、実際は「物事はすっかり変わってしまった。昔は気にしていたけど、今はどうでもよくなった」という意味の歌詞でした。「カルチャーラジオ 文学の世界 『ボブ・ディランの世界を読む』」で飯野友幸さんが朗読するのをきいて、わたしがかってにそうおもっただけみたいです。すみませんでした。(もしかしたらおぼえていないだけで、ほかにそういう歌詞の曲があるのかもしれません……)

p.182「北京ダック」細野晴臣
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火事で燃えさかるチャイナタウンをあわてて逃げるアヒルというイメージをちょっと借りました。自分にとってはそれだけ印象の強い曲なんだなとおもいます。細野晴臣さんは「藤子不二雄の読切りマンガからヒントを得た」(細野晴臣『トロピカルダンディー』のライナーノートより)のだそうです。そっちのほうはいまだに読んだことがないです。

楽曲解説(みたいなこと)vol.3(p.205~)

vol.1 p.9~56][vol.2 p.88~182][vol.3 p.205~]


p.205「The Grunt」The J.B.’s
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p.205「Rebel Without a Pause」Public Enemy
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「The Grunt」の冒頭がサックスのグリッサンド奏法になっていて、そのフレーズをサンプリングしてループさせ、まるでサイレンの音みたいにしているのが「Rebel Without a Pause」です。物語のなかでは、インド人運転手のビンダルーが路上でサックスを演奏するのですが、それをルーキーとワリダカ社長はサイレンの音とまちがえてしまいます。

p.205「Jaan Pehechaan Ho」Mohammed Rafi
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モハンマド・ラフィの名前は205ページではじめて出てくるのですが、242~3ページの「気が狂わんばかりのアップビート。インドでサーフでロックンロール。けたたましいホーンセクションがこれでもかというぐらい濃厚なカレーの風味で畳みかけてくる――」というのは、この曲のことです。映画「ゴーストワールド」の冒頭で引用されていたインド映画「Gumnaam」の冒頭のダンスシーンでかかっていました。モハンマド・ラフィはボリウッドの吹き替え歌手なので、映画の映像とは見かけがまるでちがいます。写真で見ると(以下)ちょっと太っていて、いつもにこにこしているかんじの人です。いろんな映画で歌の部分だけを一人で何役もやっていたそうです。もし本人が映画の役までやったら、登場する男性全員がモハンマド・ラフィという謎のインド映画になってしまいます。それはそれでおもしろそうですが。

モハンマド・ラフィ
モハンマド・ラフィ


p.206「We the People....」A Tribe Called Quest
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2017年のグラミー賞のパフォーマンスで、この曲の歌詞に「オレンジ大統領」が出てきます(たぶん即興)。「オレンジ大統領」というのはトランプ大統領のあだな。若く見せるために顔をオレンジ色に塗っている(目のまわりだけ白いのがちょっとおもしろいです)ことから侮蔑的にそう呼ばれている――という話をピーター・バラカンさんがラジオ「ウィークエンドサンシャイン」でしていた気がします。「黒人もメキシコ人もイスラム教徒もゲイもみんなもう(アメリカから)出ていかなければいけないよ」というかんじのとても皮肉な歌詞(ラップ)です。正確には“President Agent Orange”となっていて、Agent Orange という枯葉剤(米軍がベトナム戦争で使った非人道的な兵器)とも重ねられているのだそうです。 (本の巻末のリストでは「We the People...」になっていますが、正しくは「We the People....」です(「.」が4つ)。気がつくのが遅くてほんとうにすみませんでした。ごめんなさい)

p.209「Santa Claus Go Straight to the Ghetto」James Brown
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ジェイムズ・ブラウンの曲なのですが、物語のなかでは「なぜかリズムはハバネラ」になっています。いちおう理由はあります。

p.215「White Christmas」Bing Crosby
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p.216 Irving Berlin
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p.216 George Gershwin
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「ホワイトクリスマス」は(たぶん)世界でいちばん人気のあるクリスマスソングですが、作詞作曲したアーヴィング・バーリンはユダヤ人。20世紀前半、ニューヨークのティンパンアレーでは多くのユダヤ人(ジョージ・ガーシュインもそのひとり)が活躍していました。アメリカ社会が都市化したのと、ユダヤ人が移民としてやってきた時期が重なっていたのが、その理由のひとつだそうです。自分が聴いたことがあるなかでは1942年の録音が好きです。「口笛かともおもったがちがうようだ」とルーキーがいっている口笛も聴けます。それと、物語に出てくる「ティンパン横町」という地名は、ティンパンアレーからとりました。音楽街ではなく「世界各国の料理店が軒をつらね」る飲食街になっていますが。

p.217「Take Me to Church」Hozier
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歌詞はいろいろ解釈できるみたいですが、同性愛者などへの差別・偏見・迫害を非難している内容のようです。渋谷陽一さんがラジオ「ワールドロックナウ」で朗読していました。物語のなかでは、ルーキーがトラックにはねられて死にそうになり「(病院に連れていってほしい)それか教会でもいい」というかんじで引用したのですが、まるで文脈がちがうので直接的にはぜんぜん関係なかったです……。

p.227「We'll Meet Again」Vera Lynn
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第二次大戦中のヒット曲。戦争へ行っても無事に帰ってきて、また会いましょうみたいなかんじで聴かれていたそうです。映画「博士の異常な愛情」のラストで、核爆発で人類が滅亡していくシーンで皮肉的に使われていたのがとても印象的でした。なので、物語では「機内ではヴェラ・リンの『また会いましょう』という曲がかかっていた。もう会いたくないとおもった」という巨大爆撃機の場面に使っています。

p.241「I Don't Want To Be President」Percy Mayfield
「大統領にはなりたくない」という曲です。ピーター・バラカンさんのラジオ「ウィークエンドサンシャイン」ではじめてききました。パーシー・メイフィールドといえば「Please Send Me Someone To Love」みたいなスローなバラードのイメージが強くて、こういうファンキーな曲もあったとは知りませんでした。なので、ルーキーもうっかりかんちがいしてしまい「意外にもそこそこファンキーな曲調だった。というかむしろけっこうファンキー。わたしはつい本気で踊ってしまった」とちょっと困ったことなります。歌詞もわりとてきとうな意訳で引用しています。

p.252「Drunk Drivers/Killer Whales」Car Seat Headrest
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「I’m only trying to get home / Drunk drivers, drunk drivers」という歌詞を、なんかまちがえて記憶していました。すみません。で、その記憶のまま「だれもが酒に酔っぱらって車を走らせ、ひと晩じゅう自分の帰る家を探しつづけている。そんな家などどこにもないのに」と引用しています。また、直接的には関係ないのですが「わたしたちは誇れる人種ではない。人種ですらない」という歌詞もいいなとおもいます(でもまちがえてる記憶してるかも)。これも渋谷陽一さんがラジオで朗読していました。わたしは音楽の歌詞はふだんまったく興味がないのですが、あの番組の朗読はいつも楽しみにしています。

p.257「The Auld Triangle」Brendan Behan
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p.257「Folsom Prison Blues」Johnny Cash
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以上2曲、プリズンソング、囚人の歌。塀のなかから解放されたいという囚人の気持ちが歌われているのですが、もっと普遍的な願望(なにかから解放されて自由になりたいという気持ち)と重ねあわせて聴かれたり歌われたりするものなんだろうなとおもいます。54ページにも出てくる「I Shall Be Released」もそんな曲のひとつですが、その曲をボブ・ディランが書いていたころに、これらの囚人ソングをカバーしたりして参考にしていたみたいです。

p.261「American Pie」Don McLean
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1959年の飛行機事故「音楽が死んだ日」のことを歌った歌です。

p.262「Snowfall」Claude Thornhill and his Orchestra
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オリジナルの録音は1941年ですが、1947年の録音のほうがだんぜん好きです。ギル・エヴァンスがアレンジをしています(1941年のほうのアレンジはだれだか知りません)。おちついた曲調のとてもきれいな音楽です。この楽団はクールジャズが生まれるきっかけにもなったそうです。

解説は以上です。もしかしてまちがっているところがあったらごめんなさい。たぶんなにかしらまちがえているような気がします。というかまちがいなど教えてもらえたらうれしいです。さようなら。

〈おまけ〉
「Ballad of a Thin Man」Bob Dylan

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邦題「やせっぽちのバラッド」という曲です。本のカバーと、カバーを外した本体(ここにも山本由実さんの描いたすてきなイラストが入っています。)にある英語のタイトル「The Ballad of an Old Spy」というのは、このあたりの曲のタイトルのまねです。「Ballad」は《素朴で感傷的なラブソング》のほうではなく、《素朴な民間伝承の物語詩;またその形式で作られた詩;その詩につける曲》のほうです(《》はどちらも「ジーニアス英和辞典」)。ほかにも「Ballad of Hollis Brown」Bob Dylan とか「Ballad of Easy Rider」Roger McGuinn とか「The Ballad of Peter Pumpkinhead」XTC とか……「Ballad of なんとか」という曲は探せばたくさんあるとおもいます。

著者プロフィール

一條次郎

イチジョウ・ジロウ

1974年2月生まれ。山形大学人文学部卒業。福島県在住。2015年、『レプリカたちの夜』で新潮ミステリー大賞受賞。他の著書に『ざんねんなスパイ』『動物たちのまーまー』がある。

判型違い(文庫)

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