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アグニオン

浅生鴨/著

1,870円(税込)

発売日:2016/08/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

この感情は、誰にも奪わせない――全てが管理された世界に抗う最後の少年の物語(ジュブナイル)。

人類から悪意を分離すれば、善き人(アグニオン)の世界が訪れるはず――。全てを有機神経知能(サピエンティア)に管理された未来社会で、恐るべき最終計画が始動した。人々の欲望を削ぎ、嫉妬も争いも根絶せんとする監理者に、少年たちはどう立ち向かうのか? 秀逸なツイートで世を沸かせ、マルチな才能で大注目の元NHKPR1号、圧巻のデビュー長篇!

目次
1 地底
2 少年
3 疑問
4 光帯
5 不安
6 共鳴
7 焦燥
8 判断
9 邂逅
10 失意
11 誘惑
12 射手
13 分離
14 霧壁
15 襲撃
16 祭紀
17 告白
18 遺棄
19 捕獲
20 選民
21 存在
22 権限
23 決意
24 同期
25 違背
26 露呈
27 人形
28 議決
29 称呼
30 密行
31 観取
32 再生
33 遺跡
34 補闕
35 記憶
36 覚悟
37 在処
38 対峙
39 冥応
40 覆滅
41 繁属
42 底巧
43 胎動
44 深淵
45 冀望

書誌情報

読み仮名 アグニオン
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 368ページ
ISBN 978-4-10-350171-8
C-CODE 0093
ジャンル SF・ホラー・ファンタジー
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,496円
電子書籍 配信開始日 2017/02/03

書評

善意の人たらんとする、すべての君よ

杉江松恋

 人生を変えたいと願っている二人の若者が登場する。
 一人の名はユジーンという。彼が生きているのは、一つの機関アルビトリオによってすべてが統べられている世界である。ユジーンの住む南ガリオアは最貧地帯であり、住民の大部分がモグラとよばれる地下の採鉱作業員として働いている。しかし彼は、選良となって世界をより住みやすいものとして変えていきたいという強い願望を持っていた。そのためには宇宙で働ける職場に異動し、機関員となることを目指すしかない。大望を抱いたユジーンが鉱山局の人事部を訪ねると、そこで待ち受けていたのは意外な対応だった。なんと、宇宙局の特別候補生として抜擢されることになったのだ。戸惑う暇さえ与えられず、彼は月に向かうシャトルへと乗り込む。
 もう一人の若者はヌーという名前を与えられる。彼が生きるのは、ユジーンのものとは様相の異なる世界だ。ヌーは、旅先で身ごもったらしい母親によって父親のわからない子供として産み落とされた。そのため、掟により存在しない者として扱われることになったのである。ヌーとはゼロを意味する一族の言葉だった。彼は成長する中で、奇妙なことに気づく。一族の者の体表を薄い光帯が覆っているのが見えるのだ。光帯を読むことでその人の感情がわかる。それをいじることで、感情を変化させることも可能なのだ。その能力が、ヌーの運命を変えてしまうことになる。
 浅生鴨『アグニオン』を手にした人の胸に初めに浮かぶのは、主人公も世界観も異なる二つの物語が並行して進んでいくのはなぜか、という疑問だろう。だが、それ以外にもこの小説には謎の部分が多いのである。
 ユジーンの世界では、人々は言動端子アクトグラフを常に身につけることを義務づけられている。日々の会話や行動は監視されており、争いだけではなく、度の過ぎた欲望を持つことも禁止されている。それを行っているのが機関を統率する監理者インスペクタという人々だ。そうした体制によって世界は統一されたのであり、全人類を善き人アグニオンに導くという究極の目的が機関にはあった。そこにユジーンのような一介の労働者がなぜ登用されることになったのかが最大の謎である。ヌーの物語においては、彼の持つ能力がまず不可解だが、話が進行していくにつれて小さな疑問符が多数浮かび始める。一族を離れて未知の土地を訪れたヌーは、世界が自分が思っていたのとはまったく違う形でデザインされていることに気づき、驚くのである。
 一口で言うならば、ユジーンの物語は自身の存在がなぜ世界に受容されないのか、という生存の不安から始まり、ヌーのそれはこの自分がなぜ世界に産み落とされたのか、という存在の疑問に集約されていくものである。SF、もしくはファンタジーの枠組みを用いた物語だが、そうした普遍性があるために読者は抵抗なく読み進めていくことができるはずだ。題名は善き人を意味する言葉からとられているが、善悪という倫理観の問題は小説の中途から急浮上し、二つの物語共通の検討しなければならない課題となっていく。
 特にそれが意識されるのはユジーンの物語だ。彼の住む世界では善き人たることが至上の命題であり、それに向かって全人類が努力することを求められる。善ではないと判断されれば、排除さえされかねないのだ。分離化ディビジョンという言葉が出てくる。感情のうちから怒りなどの不適切な要素を排除して、善き人として再生させるという技術である。しかし時に負の感情を抱くのが当たり前の人間から、それらを排除することは果たして正しいのだろうか。
 善なることのみを求める硬直化した価値観、異分子を排除することを声高に叫ぶ社会の在り様を戯画化した小説と見ることもできる。ユジーンとヌーの物語は合わせ鏡になっており、存在しない者として初めから排除されたヌーにとっては、単一の価値観への帰依は果たせない願望の一つでもある。そうした形でしか自身の孤独が癒やせない者もいるということを、彼の物語は読者に告げてくるのだ。
 作者の浅生鴨は、NHKの元「ツイッターの中の人」として以前は知られていた人物である。小説第一作となる本書は、一見遠い世界の話を装いながら、きわめて身近な問題を含んでいる。二人の若者は現代人の分身でもあるのだ。


(すぎえ・まつこい 書評家)
波 2016年9月号より

インタビュー/対談/エッセイ

なぜ〈中の人〉は小説を書きはじめたのか

浅生鴨吉田尚記

浅生 こんばんは。浅生鴨です。ペンネームの由来は「あ、そうかも」。僕の口癖のダジャレです。
吉田 二葉亭四迷がくたばってしまえ、みたいなやつ? ていうか鴨さん、何でパワーポイント用意してるんですか!?
浅生 広告業界にいた時のクセで、何か話せと言われるとつい「現状の把握」とか「市場の動向」とか、プレゼンするみたいにスライドを作ってしまい……。
吉田 それ小説家がトークイベントでやることじゃないでしょ! で、本日のお題は「なぜ中の人は小説を書きはじめたのか」。確かにツイッター関係のビジネス書ならわかるけど、どうして小説を?
浅生 答はこれ(パワポをクリック)。

――「発注されたから」
――「以上です」
――「あとは吉田さんにお任せします」


吉田 おいおい、待ってよ! まだ始まって一分も経ってないじゃーん(笑)。
浅生 これで僕のお役目は終わりです。
吉田 そんなこと言って、まだ続きがあるんでしょ?(横からクリック)

――「流転の職歴 流通、ゲーム、イベント、レコード、IT、音響照明、映像制作、デザイン、CM、放送」

吉田 うわっ。NHKに入る前にも、ホントに色んな仕事していたんですね。
浅生 最初の流通というのは、要するに実家の近所のスーパーのバイトで野菜や冷蔵品の陳列をしてたんですが、その頃から「サスケ」みたいなマイナー商品を勝手にプッシュしたりしてましたね。
吉田 懐かしい~。子どもの頃、そんな清涼飲料ありましたよね!
浅生 そのあと某大手ゲーム会社に入るんです。サウンドデザイナー募集の求人が出てたから、僕は音楽もやってたので自作の曲を持って面接に行ったんですよ。この場で聞いて下さいってお願いしたら、プログラミングとかできる? って聞かれて。当然できやしないんですけど「はい」って答えたら即採用決定。帰りに『プログラム入門』みたいな本を買って、土日に必死で勉強ですよ。
吉田 いやいやいや……、普通そんなので間に合わないでしょ。
浅生 でもまあ、一応、それで、ゲームの仕事を始めました。声優の女の子が「うん」「うーん」「うんっ」みたいな感じで声色を変えた大量の音声データを、ひたすら編集するのが仕事。でも僕は下っ端だから一体何をやっているのか全然わからない。完成してびっくり、恋愛シミュレーションゲームだったんですね。
吉田 ときめいたり、メモリったりする大ヒット企画ですね。それでウハウハ?
浅生 いや、じきに辞めて。でもこのゲーム会社には都合三回就職しましてね。
吉田 なんですか? その宇多田ヒカルの両親みたいな関係は!
浅生 二回目は音響監督のようなことをやっていたのですが、そのあと音楽ゲームが大流行するんですよ。
吉田 ありましたね~。ビートでマニアだったりダンスでダンスで。
浅生 それに関わるうちにポスターや広告をつくったり、プロモーションビデオも作るようになりまして。
吉田 なるほど、それでNHKへ?
浅生 いやその前にもいくつか転職したあと、しばらく仕事のない時期がありまして。というのもバイクに乗ってトラックに衝突する大事故に遭ったんですよ。内臓もたくさん破裂して脚も切断され、一生車椅子の生活だろうと言われました。
吉田 えっ、ええーっ?
浅生 そこから手術でなんとか回復して、リハビリして、なんとか歩けるようになり、NHKのディレクター職に採用されたんですよ。最初に配属されたのが「週刊こどもニュース」。
吉田 池上彰さんがお父さん役でキャスターを務めていた頃ですよね。
浅生 その番組のプロデューサーがスパルタなお方で、入局したての僕に「じゃあさっそく、今週末の番組作ってみて」と。その日の帰りに『テレビ制作入門』みたいな本を買って猛勉強……。
吉田 どこ行っても、やってること同じじゃないですかー(笑)。
浅生 本読んでもサッパリわからないから、先輩が書きかけの台本を深夜にこっそり盗み見して書き写すんですよ。他人の考え方を追体験して、番組づくりの流れとノウハウを体で覚えていくんです。
吉田 なるほど写経かぁ。コンピューターのプログラマーも、コマンドを全部タイプして体で覚えるって言いますものね。
浅生 それで番組を作るようになったのですが、ある時期から広報に異動して、番組宣伝やポスター制作を始めたのです。地デジのPRミニドラマとか、老人漂流社会とか、いじめ防止キャンペーンとか。僕に来る仕事はその系統ばっかりで、あんまりドラマや大型番組はなかったですね。「あまちゃん」もやりたかった……。
吉田 ここで公式ツイッターを開設して、NHKの「中の人」になったわけですね! そこでの体験を『中の人などいない―@NHK広報のツイートはなぜユルい?―』(新潮文庫)に書かれて、その次に、どうして小説を書こうと思ったのですか?
浅生 発注されたからです。
吉田 またそれかー(笑)。そもそもこの経歴で、なんで小説を書かせようと思ったのか謎です。発注者は誰ですか?
浅生 某「群像」という雑誌で、「はじめての小説」の特集をやるから、書いてみませんか、って。とても無理だと思って一度は断ったのですが……。
吉田 断ったんですね!? これまでの流れからいくと、帰りに本屋で『小説の書き方』を手に取りそうですが(笑)。
浅生 もう一度お願いされたんですよ。僕は人に仕事を頼まれると、がっかりされるのが怖くて断れない体質なもので、断り続けるぐらいなら書いてしまえ、と思って書いた短編小説が「エビくん」。
吉田 書いてみたら楽しかった?
浅生 いやあ、それどころじゃなくて、納期に間に合わせるのに必死で……。
吉田 納期? 普通、小説家の人は納期なんて言葉は使いませんよー。
浅生 しかも、一定の品質を持っていなければならないし……。
吉田 そういえば、放送業界で納期といえば絶対厳守で、遅れると多大な迷惑がかかってしまうじゃないですか。だから僕も初めて本を書いたときは徹夜徹夜で死ぬ気で書き上げたわけですよ。そしたら受け取った編集者は、ホントに書けたんですか?って(笑)。
浅生 僕もだんだん本当の納期がわかってきて、連載中はご迷惑おかけしました。
吉田 で、2作目が『アグニオン』。どうしてSF的な話になったんですか?
浅生 自分でもよくわからないんですよ。とにかく未来の物語をあれこれ構想しているうちにどんどん話が長大になっていって、まず最初に原稿用紙500枚ほどの話を書いたんですよね。いま本になっているストーリーの100年ほど前が舞台です。で、それを読んだ担当の佐々木さんが、「この最後に出てくるユジーンという少年がいいですね。この人を主人公にして、ゼロから書きませんか?って」
吉田 ええっ? 意味わかんない……。
浅生 でも確かにその通りだなと。前の500枚があると引き摺られるから、原稿は全部シュレッダーに突っ込んで。
吉田 うわー、もったいなーい!
浅生 僕は終わったモノは残さないんですよ。昔つくったCDなんかも、ほとんど手元にありません。でも今回は原稿がまだ残っていたので写真をお見せしますね(パワポをクリック)。
吉田 手書き原稿ですか? プログラム組めて、CGとか作れるんですよね?
浅生 手で書くと勝手に書けるんです。自分で考えるより先に文字が出てくる感じで、脳とのダイレクト感が違う。それをパソコンで入力すると、その段階で推敲できます。つまり僕にとって最初の手書き原稿は「撮影」、パソコンで打つのは「編集」なんです。最後のゲラで直すのは「ポスプロ」。テロップや効果音をつける作業に近い感覚です。
吉田 なるほどー。
浅生 ドラマの撮影みたいに、ワンカットごとに断片的に書いていくので、必ずしも順番に書いてない。最初の頃なんて、ポストイットに書いてましたから……。
吉田 ポストイットで小説?
浅生 まだNHKに勤めていた頃は、通勤のバスの中が執筆時間でしたので。辞めてからは原稿用紙に書くようになりましたが、各シーンのつながりが複雑すぎて、仕事場に宇宙暦の年表を貼り出し、巨大なホワイトボードで物語の断片を編集していましたね。
吉田 まるで映画の撮影現場ですね。
浅生 かかわっている人数が違うだけで、僕の中では映像も小説もやってることはあまり変わりません。小説のほうがマラソンに近くて、終わると本当にぐったり疲れますが。
吉田 書き方はわかりましたが、最後に内容についてお話してくださいよ。
浅生 まだ会場には読み終えていない方も多いと思うので詳しい内容は控えますが、ひとつだけ人に言われて気づいたことを。東日本大震災の直後も、僕はNHKでゆるいツイートを止めなかったんですね。それでずいぶん叩かれたのですが、その時に僕はこう書いたんです。「不謹慎ならあやまります。でも不寛容とは戦います」と。僕はどうやらこの小説で、寛容と不寛容とか、悪意との戦い方について書きたかったんだなと、書き終えてみてはじめて気づいたわけです。
吉田 今回の小説は、360ページ以上もある長いお話ですが、140字でツイートするとこうなる?
浅生 そういうことだと思いますね。長い時間、ありがとうございました。

八月三十一日 神楽坂ラカグにて

波 2016年10月号より

インスパイアード・ムービー

対談  浅生鴨(作家)✕岩下力(映像作家)

日本初(おそらく)の試み!
小説『アグニオン』の
インスパイアード・ムービーができるまで

映像作家の岩下力さん(左)と作家の浅生鴨さん

――本日は、8月22日に新潮社からデビュー長篇『アグニオン』を刊行した浅生鴨さんと、ご友人で映像作家の岩下力さんにお越しいただきました。そもそも、お二人はどのようにお知り合いになったのでしょうか?

浅生「NHKにいたときに、ミニミニ映像大賞という番組の制作に携わっていたんですけれど、そのファイナリストの常連だったんですよ、岩下くんは。2006年頃から数年間、いつもクオリティの高い作品を応募してくれていました。最近はちょっとバラエティ色が強い番組になってきましたけど、当時は映像作家を目指す若い子が、人生賭けてガチで挑戦する!みたいな、真剣勝負の番組でしたよね」

岩下「ミニミニ映像大賞では、いくつか賞をいただきましたが、僕もこの番組で賞を獲っていなかったら、今頃は映像ディレクターにはなっていなかったと思います」

――岩下さんはその後CM制作の現場で活躍されていて、日産やグリコ、大塚製薬の「ポカリスエット」などを手がけていらっしゃいますが、中でも「KIRINのどごし〈生〉 夢のドリーム」は、大変話題になりましたよね。ジャッキー・チェンと共演したいとか、野茂選手と対決したいという応募者の夢を叶える長尺のドキュメンタリーで、YouTubeで何十万回も再生されました。

浅生「ミニミニ映像大賞から世に出た若い人たちは、その後の作品もずっとウォッチしているんですけど、岩下くんは何というか、商売とか損得抜きで、やりたいものはやる、という一本気なところがあって、彼なら僕が書いた小説を面白がってくれるような気がしたんです。それで、確か新宿かどっかの安い居酒屋さんでご飯を食べさせて、結構軽いノリでお願いしたんだよね。『これ読んで、V(映像)つくってくれない?』みたいな感じで」

岩下「実は浅生さんとはいろんなところでお会いはしていたのですが、ちゃんとお話する機会はほとんどなくて。でもちょっと面白そうだなと。広告の映像は比較的制約が多いので、自由につくれるのが良さそうに思えるけれど、全くゼロからオリジナル映像をつくるとなると腰が重い。そういう意味で、とても挑戦しがいのあるお話でしたので」

浅生「確か2015年の3月によろしくねーってお願いして、3ヵ月ぐらい経った頃にストーリーのパターンをいくつか出してくれたのはいいけど、どのパターンも元の小説とはかけ離れている。どれがいいですかねーって聞かれても、話がぜんぜん違うんですけど(笑)、みたいな」

岩下「3分ほどの映像で、原作をいくら忠実に再現しようと思っても、読者の想像力には勝てないと思うんですよ。小説の筋書きをなぞっただけの、劣化したものをつくっても意味がないのではないかと」

浅生「確かに読者の想像力は、どれだけお金がかかるシチュエーションでも平気だから、映像は小説に勝てっこないよね。でも岩下くんは、連載の最初の2話分を読んだだけで、思春期の少年の、全てがうまくいかなくてもやもやしている雰囲気を捉えた映像にしてくれました。それって多分、彼自身にそういうところがあるからじゃないかなと思うんだけど(笑)」

岩下「浅生さんの小説を読んだときに、この年代の子たちの話ならば、映像にできる手応えがあったんですね。ええい、こっちのものにしてしまえ、という気になりました。1話だけを再現するにしても壮大すぎるので、それならば小説と筋書きが違っていても、ちゃんと3分で完結する、ささやかな話を勝手につくったほうが良いと考えました。原作とは別物だけれど、どこか小説に対して開かれている。エピソード・ゼロみたいな物語になれば素敵だと思いました」

浅生「じゃあこれでお願いしますね、と言ってまた放置して、その間に撮影してくれていたんだよね」

岩下「打ち合せのあと、1ヶ月ぐらいかけて準備して、去年の11月に入って撮影をしました。撮影自体は3~4日ぐらい。汐留、福生、池袋、日比谷公園の地下駐車場、お台場のビル、渋谷のスタジオ。主に5カ所ぐらいでした」

浅生「主役の女性が月を見あげるシーン、これクレーンを使っているよね?」

クレーンを使っての撮影風景

岩下「ミニミニ映像大賞の頃からの映像友達がいるのですが、彼はいま、特機のプロになっているのでお願いして手伝ってもらいました」

浅生「カメラは何を使ったの?」

岩下「ブラックマジックの4Kシネマカメラです。4Kなので、編集し直せば映画館でも観られる高画質ですよ」

浅生「まじで? いやぁ申し訳ないなぁ。ハンディカム一台でチャチャっと撮って編集して一丁上がり、という感じでやってくれればと思っていたんだけど、こんなにガチで撮ってくれるとは……」

岩下「普段はハンディカムでガンガン撮るんですけど、SF的な世界観って、今回のケースだと、画質を良くしてトーンをずらすことでしか“らしさ”を醸し出せないと思ったんですよね。小道具とか美術造形で凝るのは予算的にも限界があるから、画面の微妙なニュアンスに拘りました」

浅生「SF感といえば、ヒロインがiPadみたいなタブレットを使っているけど、なんかゴツくて、違和感があって面白いよね」

岩下「ウィンドウズで動く90年代の製品をヤフオクで落としました。今見ると逆にガジェット感があって未来っぽく見えるから不思議ですよね。この映像の世界では、テクノロジーが変な進化を遂げている設定にしていて、月に行ける技術があるのに、ブラウン管のテレビデオも現役だし、蒸気とか開拓時代の技術をまだ使っていたりします」

浅生「街の風景も、なにげないけれど、どこの国かよくわからない、いい雰囲気に仕上がっているよね」

岩下「河原のシーンでは、向こう側を走っている軽トラを消して、工業地帯の遠景を合成してみたり、池袋の路上シーンでは、駐車場の網に英文の看板を合成して洒落た感じにしたり。いろいろやっていますよ」

浅生「うわぁー、ホントだ。池袋が表参道みたいになってる(笑)。ワンカットごとに、そういった秘密が隠されてそうだね。これは。でも、それでいて、ちっとも不自然じゃない。SFって、残念な方にいくと、ほんとギャグみたいになっちゃうから」

岩下「幸か不幸か、時間だけはたっぷりありましたので、お金がかかる業者には出さずに、コツコツと自分のパソコン上で合成作業を続けました。月の画像だけは、やりはじめたらキリがないので外注しましたが」

浅生「よくできてるよねー、月。ほんとうに月に見えるもん。当たり前か(笑)。ところでヒロインの女性は、バレエを踊れる人だったの?」

岩下「ジャズダンスは踊れる方だったんですが、この撮影のために一ヶ月ぐらいバレエの先生について特訓していただきました」

浅生「うわぁ、ほんとですか!」

地下駐車場での撮影風景

岩下「ついでにいうと、子役の女の子は元々バレエが踊れたのですけど、この子たちは日産のCMに出演してもらったご縁で、出演してもらって」

浅生「ありとあらゆる人脈をしゃぶりつくしてるなー。いやあ、ほんとに申し訳ない。ご協力してくださった皆さま、本当にありがとうございます。せっかくだから、どこかの短編フィルムコンテストに出してみたら? 広告祭とかに」

岩下「新潮社さんは、いいんですか?」

――もちろんですよ。ここまでしてもらっているのに、私どもからも、著者からも一切お支払いしていないのですから。どうぞご自由に応募してください。

浅生「宣伝のために出版社がつくらせた映像ではなくて、あくまで自主的に制作されたインスパイアード・ムービーということですからね。僕が言うのもヘンですけど、これって、たぶん日本で初めての試みなんじゃないですか? わーすごいすごい。ついでに、あともう二人ぐらい、オレも撮りたいっていう映像作家が出てきて、別バージョンで撮ってくれないかな」

――浅生さん、調子良すぎですよ(笑)。

岩下さん、そして撮影に協力してくださったご出演の皆さま、関係者の方々、本当にありがとうございました。そしてこのムービーを見てくださった皆さんは、ぜひとも原作小説の『アグニオン』を手にとって、岩下さんがどのように物語を切り取ったのかを、確かめてみていただければと思います。

イベント/書店情報

著者プロフィール

浅生鴨

アソウ・カモ

1971(昭和46)年、兵庫県生れ。作家、広告プランナー。NHK職員時代の2009(平成21)年に開設した広報局Twitter「@NHK_PR」が、公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、中の人1号として大きな話題になる。2014年にNHKを退職し、2019年11月現在は執筆活動を中心に広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がけている。著書に『中の人などいない』『アグニオン』『猫たちの色メガネ』『伴走者』などがある。

浅生鴨のホームページ (外部リンク)

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