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忘れられない、あの日の音色――。
亡くなるひと月前まで書き継がれた、最後のエッセイ集。

ピアニストだって冒険する

中村紘子/著

1,944円(税込)

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発売日:2017/06/30

読み仮名 ピアニストダッテボウケンスル
装幀 新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 303ページ
ISBN 978-4-10-351051-2
C-CODE 0095
ジャンル 音楽
定価 1,944円

何も知らず母に連れられて行った三歳のレッスン。十五歳でソリストを務めたN響世界一周演奏旅行。十八歳でジュリアード音楽院に留学して味わった挫折感――。自身の半生をユーモラスに描き、国際コンクールの舞台裏、かけがえのない友人や師、そして日本の未来への想いを綴る。華やかで大胆な、在りし日の演奏さながらの名エッセイ。

著者プロフィール

中村紘子 ナカムラ・ヒロコ

(1944-2016)1944年生まれ。3歳で、桐朋学園音楽科の前身となった「子供のための音楽教室」第1回生として井口愛子氏に師事。慶應義塾中等部3年在学中、日本音楽コンクールにおいて史上最年少で第1位特賞を受賞。翌年NHK交響楽団初の世界一周公演のソリストに抜擢され、天才少女としてデビュー。その後、ジュリアード音楽院で日本人初の全額奨学金を獲得、ロジーナ・レヴィン女史に師事。第7回ショパン・コンクールで日本人初の入賞と併せて最年少者賞を受賞。チャイコフスキー・コンクール、ショパン・コンクールの審査員を歴任。1974年、芥川賞作家・庄司薫と結婚。国内外の若手ビアニストの育成や紹介に努め、1997年から浜松国際ピアノコンクールの審査委員長として活躍。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『チャイコフスキー・コンクール』ほか、『ビアニストという蛮族がいる』などの著書でも知られ、「難民を助ける会」や日本赤十字などを通じてのボランティア活動でも積極的な役割を果たした。2016年7月26日逝去。

書評

代わりはいない

檀ふみ

 中村紘子さんが優れた文筆家であるというのは、誰もが知るところである。しかし、決して多作ではない。ここ10年以上、新刊は出ていないのではないだろうか。
 むかし、紘子さんがおっしゃっていた。
「わたくしのなかで、いちばん才能があるのは、ピアノなの。ピアノに比べたら、書くことなんてなんでもないの」
 亡くなられたとき、まっさきにその言葉を思い出した。あれは、しちめんどくさい書くなんてことよりも、ピアノを優先したいという決意表明だったのだろう。ああ、もう、中村紘子さんの文章は読めないのか……。
 だから、本書を手にしたときは、ただただ嬉しかった。天に向かって叫んでいた。
「ありがとう、紘子さん! 書いていてくださったんですね!」
 しかも、300ページ。読み応えあり。普通の人々には絶対に手の届かない、超弩級のエピソードが次々と登場して、まさに「紘子ワールド」が炸裂しているのだ。
 さらに、前々からぜひとも書いていただきたかった(私が読んでみたかった)、自伝的要素も色濃く入っていて、なるほど、「中村紘子」はこういう風にして「中村紘子」となっていったのかと、深く納得。敗戦直後、音楽や文化に、いや、すべてに飢えていた日本という国が、時代が、一人の少女に希望を見出し、寄ってたかって英才教育をほどこしたのだ。みんなが貧しかったに違いないのに、なんという豊かな時代だったのだろう。
 もちろん、見出された少女が、それだけのものを持っていたということでもある。美貌と才能に加え、負けん気の強さ、観察眼の鋭さ、抜群の記憶力、そして文才にまで恵まれていたからこそ、私たちはその時代の豊かさを羨むことができる。
 中村紘子さんの「がん」が発見されたのは、2013年だという。とすると、本書の執筆は、その大半が「がん」と闘いながら進められていたはずなのだが、病気について触れられているのは、「お騒がせしました」の一項だけ。それもからりと明るく、持ち前のウィットに包まれていて、深刻な気配はみじんもない。
「この世に生を受けて七十年、病気らしい病気をしたことのなかった私だが、ついにちょっと真面目な病気にとりつかれてしまった。大腸がんである」
 そんな出だしから、「真面目」ではなかった病気譚が面白おかしく語られ、「真面目」な病気が発見される道のりまでもが、スキップを踏むように軽妙に書かれているのだから、その強靭な精神力には畏れ入る。
 しかし、全編を読むと、カラッとはしていても、どこかしら遺言のような感じがしないでもない。繰り返し登場する、ポーランドの誇りであるショパンとパデレフスキの話。音楽監督を務め、後進の育成に心血を注いだ「浜松国際ピアノアカデミー」の話。音楽は、文化は、国の品格をあげる力にもなりうるのにと、現在の日本のピアニストを取り巻く環境をしきりに案じている。
 もう一つ、亡くなった方との思い出が多いのも、なにか予感めいたものがあったのだろうか。
 だが、ただしんみりで終わらないところが中村紘子の真骨頂。「蘇州に死す」は、蘇州で亡くなられた作曲家の團伊玖磨さんと、かの地で遊んだことが綴られているが、話のついでに、「鉄板焼き」をいちども召し上がったことがないという皇太子殿下を自宅にお招きして手料理をふるまったエピソードが、サラリと出てきてしまう。
「ピアニストには代わりをたてることができる。でも、『中村紘子』には代わりがいないんですよねぇ」
「中村紘子追悼コンサート」の舞台袖で、ある音楽関係者がそんな言葉を呟いた。
 本当に、中村紘子さんに代わりはいない。
 最後となった著書を読み了えて、つくづく思った。思い知らされた。

(だん・ふみ 女優)
波 2017年7月号より

目次

第一章 ピアニストの大冒険
先生が恐い
「聴き手」という師
「ガンガン」「バリバリ」で始まる
ピアニストは手首で呼吸する
ああ、ハノン
ヨロコエノシマ?!
またまたハイフィンガー
白磁の手触り
「ダウントン・アビー」で思い出したこと
お騒がせしました
第二章 コンクールの審査席
隣のレフ・ブラセンコ
切ない私の「海馬」
ラン・ラン――天才児の育て方
パデレフスキ・コンクール
とんだ「ボン」のお話
ああ、ボン
音楽のちから
才能と努力と、素晴しい幸運があれば
コーカサスの民
ホロヴィッツ 再び
世界が変りつつある中で
第三章 日本のピアニズム
ピアニストが「陳情」する
芸術文化立国ジャパン!
男女別々の時代があった
究極の「暴言」
プライドと国家の品格
日本の未来を担うためにも
スーパースターがほしい
バーキン
浜松国際ピアノアカデミー
体力増強
第四章 思い出のマロングラッセ
大人になりたくない
継続は力なり
フィレンツェの貴婦人
「オルフェオ」の死
蘇州に死す
一枚の古いナプキンから
お料理という大冒険
邯鄲の夢

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