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急転直下の展開に感涙必至!
異才芸人が贈るハートウォーミング・ミステリーの極致。

月の炎

板倉俊之/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2018/02/22

読み仮名 ツキノホノオ
装幀 影山徹/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 279ページ
ISBN 978-4-10-351591-3
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 1,728円

異変は、皆既日食から始まった――驚異の現象に沸いた小学5年生の弦太たち。だが、その日から小学校周辺で謎の連続放火事件が発生する。消防士の父が殉職した過去を背負い、友人と共に“真犯人”を追う弦太。少年たちの前で「真実」は二転三転して、やがて言葉を失う「真相」が明るみに。コントの名手が物語の才を開花させた快作!

著者プロフィール

板倉俊之 イタクラ・トシユキ

1978(昭和53)年、埼玉県富士見市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1998(平成10)年、堤下敦とお笑いコンビ「インパルス」を結成し、以後すべてのコントの作・演出を手掛けている。2009年、初の小説『トリガー』を発表。『蟻地獄』は、2012年に刊行された本格ミステリー。その他の著作に『機動戦士ガンダム ブレイジングシャドウ』シリーズなどがある。

書評

子供の日々の繊細な感覚

杉江松恋

 振り返ってみれば、子供のころのあの日々は、なんと驚きに満ちていたものか、と思う。
 自転車を漕いで初めて訪れた街、小川を初めて歩いて渡った日、皆既月食を見るために初めて深夜まで起きていられたあの晩。それらは世界との新鮮な出会いをもたらしてくれた。
 逆に、理不尽な怒りを覚えた体験もある。親の言うことが理解できずに部屋に閉じこもっていた日。級友を殺したいくらいに憎悪した学校生活の一幕。世界は大きく複雑で、時に絶望してしまうこともあった。
 誰もが発見と当惑を繰り返して大人になっていくのである。そんな多感な日々を、板倉俊之『月の炎』は描いている。
 冒頭に置かれているのは、ある男が絶命するまでの短い情景だ。男は消防士であり、燃え盛る建物の中に飛びこんで命を落としたのだ。その男が物語の主人公である小学5年生・一ノ瀬弦太の父親であることがすぐに判る。弦太は母親と妹との3人暮らしだ。テストで80点を取ったらご褒美を貰える約束を母としていて、そのお金で自分のエアロアバンテをチューンアップするためのプラズマダッシュモーターを買うことを楽しみにしている。そんな普通の小学生である。
 弦太の特徴は、優しい心の持ち主であり、他の級友よりも少し強い正義感を持っていることだろうか。クラスの中で孤立している江崎くんのことを意識していて親しくなりたいと思っている。動物好きの茜ちゃんが誤って飼育小屋の兎を逃がしてしまったときは、元気づけられないものかと気を揉んだ。その飼育小屋がある日、不審火によって全焼してしまうのである。親友の星野涼介たちに声を掛け、弦太は捜査活動を開始する。愛読している「ちびっこ探偵」に倣って、放火犯を捕まえようというのだ。不審者を捜して歩き回るうちに、彼の世界は広がり、人々のそれまでは見えていなかった一面を知ることになる。
 物語は、弦太のこの探偵活動を軸に進んでいくことになる。探偵団を結成することを夢見た経験がある人は、読者の中にも多いはずである。私もその1人で、自身の記憶を弦太たちの行動に重ね合わせて微笑ましく読み進めた。涼介が意味もなくおもちゃのピストルを持ってくる。これで放火犯から身を護るのだと、木の枝でパチンコをこしらえる。おお、私もそれ、やった、やった。本人は真面目な捜査のつもりなのに、楽しそうなことをしているのね、と母親がおにぎりを持たせてくれる。そうそう。大人は子供の真剣さにいつも気づかないものなのだ。遊びじゃないんだ、危険な任務なんだ。
 喩えるならば、前半は32色の色鉛筆で描きなぐった一枚絵である。子供は欲張りだから、画面に何でも入れたくなる。お気に入りのおもちゃやちょっと気になる女の子、そしてきらきらと輝く自分の未来も。その賑やかな風景が一転して単色に変わるのが後半である。鉛筆画のデッサンのように世界は急に現実感を帯びたものになり、陰翳が画面に入り込んでくる。そうなって初めて読者は、ただひたすらに明るく賑やかだった前半部にも伏線が敷かれていたことに気づくのである。この前後半での反転と落差が『月の炎』という作品の肝であろう。気が付いたときには、弦太と一緒に世界の大きさ、理不尽さを前にして震えていることになる。
 ご存じの読者は多いと思うが、作者の板倉俊之はインパルスというコンビを組んで芸人活動をしている。小説を書くのはこれが初めてではなく、2009年に初めての作品『トリガー』を発表、2012年には苛酷な運命の中に投げ込まれた男を描くサスペンス『蟻地獄』を上梓している。後者は最近新潮文庫に収録されたので、本書が気に入った方には併読をお薦めしたい。着実に地歩を築いている作家であり、『月の炎』も決して芸能活動の片手間に書かれた作品ではない。芸人でもあるという肩書きは忘れて読んでいただいて結構である。
 冒頭にも書いたとおり、子供の日々の繊細な感覚が再現された作品である。好ましく思ったのは、子供に接する大人がきちんと描かれていたことだ。大人の社会には厳しい決まりがあり、それを弦太も知ることになる。もし身近に弦太くらいの年頃のお子さんがいたら、目に触れるところにこの本をそっと置いてあげてもらいたい。

(すぎえ・まつこい 書評家)
波 2018年3月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

小説は、ミステリー

板倉俊之

 まさか自分が小説を書くなんて、子供の頃は考えもしませんでした。そもそも小説はほとんど読まないで育ちましたから。それなのに『蟻地獄』の文庫版、そして新作の『月の炎』と2カ月連続で自分の小説の本が出版されることになり、何とも不思議な気がしています。
 10年前に最初の小説『トリガー』を書きました。当時、芸人の小説がブームで、出版社の方に声をかけていただいたのですが、ベストセラーになった『ホームレス中学生』のようにパンチの利いた過去は、普通の家庭で育った僕にはありませんでした(笑)。自分の好きなジャンルにすれば気分が高揚すると思い、拳銃を題材にしました。アイデアの種は、ムカつく奴らの頭を片っ端から撃ち抜いていくというもので(笑)、今読むと文章の粗さに恥ずかしくなる箇所もありますが、そこそこ売れてくれて2作目を書くことになりました。
 その頃から、意識して小説を読むようになったんです。芸人仲間から薦められて読んだ道尾秀介さんの『シャドウ』に、ミステリーの凄さと長篇の破壊力を教わりました。拳銃だけの装幀の絵に惹かれて買ったチャンドラー『ロング・グッドバイ』からは、視点を変えずに書く格好よさを学びました。そして、一人称だけで展開する長篇ミステリー『蟻地獄』を書いてみましたが、そこで初めて小説を書く苦しさも味わいましたね。完成まで2年半かかり、費やした時間は2000時間くらいになります。『トリガー』のときは描写に詰まってもとりあえず書き進めてしまいましたが、「納得いく描写ができるまで絶対に逃げずに考える」と決めたんです。その結果、丸一日考えても数行しか進まない、という日もありました。
 コントと小説の違いは? とよく訊かれますが、全く別物です。僕のコントの場合、観客に刷り込まれている「当然」を切り崩したり、ずらしたりすることによって笑いに持っていくものが多いので、下敷きになる話や場面が存在します。でも小説は大本から自分だけの世界を作らねばならず、もちろん何かを下敷きになんてしたらアウトです。だから、書くという行為は同じでも全然違うことをやっている感覚です。
『月の炎』も、自分ではミステリーだと思っています。読者のことを考えると、ミステリー的な仕掛けが施されていた方がお得感があると思うんですよ。書き手としては伏線を張ったり、読者に最後まで悟られないよう会話一つにも気を遣ったり、面倒な作業になります。でも、コントに“笑いどころ”を入れるのと同様に、仕掛けを作ってある方が安心して世に送り出すことができるんです。ネタバレになるので詳しく話すことはできませんが、ミステリーとして驚き、楽しんでいただけたら嬉しく思います。
 主人公は小学5年生の少年で、物語全体を彼の視点で描きました。ただ、「僕は……」と一人称で語らせるとどうしても使える言葉が制限され、読みにくくなってしまいます。子供に寄せた文体にはしましたが、子供っぽくなりすぎないように気をつけたつもりです。そしてこの作品にも自分の好きな物を登場させました。「ミニ四駆」です。僕自身がかつて夢中になりましたが、今の子供たちの間でも大人気なんです。そのほか僕が通った小学校の校舎の様子などを、そのままではありませんが、かなり投影させています。子供の本質的な部分ってそんなに変わらないんじゃないかと思いますので、あまり「今どきの子供」という意識は持たずに書きました。
 実は書き始めた段階では、舞台設定や主人公は同じですが、ストーリーの構想は全く異なっていました。はっきり言えば、結末は胸糞が悪くなるような話でした(笑)。でも、ミステリーとしては面白いだろうと思って書き進めたのですが、途中でその結末に向うことが苦痛になってきました。自分が乗って書いていないものを読者が喜ぶはずがないと思い、一旦捨てることにしたんです。そうしたら、ある晩寝る前に別の骨組みの物語が頭に浮かび、今の形になりました。自分でも驚きましたが、結果的にはよかったと思います。やたらに暴力的だった前二作とは違って、初めて小学生の甥っ子や姪っ子にも読ませることができる小説になりましたから(笑)。
 主に休みの日を執筆にあてていますが、書きはじめると外出もしたくなくなり、出前ばかりとるようになるんです。小説はかなりのエネルギーを必要としますが、自分がいなかったら存在しないものを生み出せることに魅力を感じています。頭の中にはまだストーリーがいくつもありますので、できれば死ぬまでにそれを全部放出したいですね。

(いたくら・としゆき 芸人・作家)
波 2018年3月号より
単行本刊行時掲載

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