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天国の風―アジア短篇ベスト・セレクション―

高樹のぶ子/編

1,980円(税込)

発売日:2011/02/25

  • 書籍

彼らは困難と闘い、生きのびるために、物語を綴るのだ――。アジア十カ国の作家による短篇集。

アジアの作家たちは、なぜ書くのか。私たちは、アジアの文学からどんな滋養を受け取ることができるのか。五年間にわたるアジア文学プロジェクト「SIA」を通じて高樹のぶ子が見出した、十カ国の作家による十篇。各国文学の第一人者による翻訳と解説も充実。「知る」よりも「考える」よりも深く、アジアに「浸る」ための一冊。

目次
はじめに 高樹のぶ子
ベトナム
天国の風 ◇ チャン・トゥイ・マイ 加藤栄訳

タイ
ぼくと妻/女神 ◇ カム・パカー 宇戸清治訳

インド
仔犬 ◇ ラージェンドラ・ヤーダヴ 高橋明訳

台湾
神様の若い天使/天使の父親 ◇ シャマン・ラポガン 魚住悦子訳

モンゴル
男の三つのお話 ◇ ジャンビーン・ダシドンドグ 津田紀子訳

インドネシア
時を彫る男 ◇ オカ・ルスミニ 森山幹弘訳

中国
謝秋娘よ、いつまでも ◇ パン・シアンリー 桑島道夫訳

フィリピン
アンドロメダ星座まで ◇ グレゴリオ・C・ブリヤンテス 宮本靖介・土井一宏訳

韓国
親切な福姫さん ◇ パク・ワンソ 渡辺直紀訳

マレーシア
写真の中の人 ◇ リー・テンポ 舛谷鋭訳
あとがき

書誌情報

読み仮名 テンゴクノカゼアジアタンペンベストセレクション
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-351609-5
C-CODE 0097
ジャンル 評論・文学研究、文学賞受賞作家
定価 1,980円

インタビュー/対談/エッセイ

波 2011年3月号より 【『天国の風―アジア短篇ベスト・セレクション―』刊行記念インタビュー】 アジア10カ国の作家たちによる短篇集

高樹のぶ子

5年にわたるアジア文学プロジェクト「SIA」から、そのエッセンスとも言える短篇集が生まれた。「アジアの時代」と言われて久しいが、そんな時代に小説には何ができるのか? 編者に聞く。

 アジアに「浸る」

――この短篇集は、高樹さんが主宰したアジア文学プロジェクト「SIA(サイア)」から生まれたものですね。まずSIAについて教えてください。
高樹 SIAは「Soaked in Asia」の略で、アジアに浸る、という意味です。九州大学を拠点として二〇〇六年から五年間にわたって行われたプロジェクトで、半年ごとにアジア十カ国を訪ねて現地の作家と交流し、文学だけでなくその国の人々の暮らし、社会が抱える問題にも光を当ててきました。
政治や経済の情報にとどまらず、小説を回路とすることで、五感でアジアに浸って「人に触れる」「人を感じる」ことのできるプロジェクトにしたいと考えました。小説の中に、自分と同じ人間がいる、日本人と同じ喜怒哀楽を抱える人間がいる。知識ではなく、ただそれを感じることの意義は大きいと思います。
取材と交流の成果は、九州大学の公開講座という形で報告したほか、福岡のRKB毎日放送ではドキュメンタリー番組という形で、「文藝春秋」と西日本新聞ではエッセイという形で発表しました。そして、各国の作家の作品を「新潮」誌上に一篇ずつ掲載し、それにインスピレーションを受けて、私自身も毎回短篇を書き下ろしました。
――一月に刊行されたばかりの単行本『トモスイ』は、SIAプロジェクトで高樹さんが執筆された十篇を集めた短篇集です。表題作は第三十六回川端康成文学賞を受賞しました。
高樹 いま読み返してみると、アジアの国々を訪ねて十篇を書くうちに、私自身が大きく変わっていったことを感じます。五年にわたってアジアに「浸る」ことによって生まれて来た本です。

 十カ国の文学に共通するもの

――そして、十カ国の作家たちによる作品を収めたのが、この短篇集『天国の風』ですね。ベトナム、タイ、インド、台湾、モンゴル、インドネシア、フィリピン、韓国、中国、マレーシアの作品が収録されています。一口に「アジア」と言っても、社会のありようも文学の形も、かなり異なるのではないでしょうか。
高樹 そのとおりです。アジアの多様な色彩は、小説を通じて改めて実感されます。それぞれの国は固有のもので、類似や共通項を探し出すのは容易ではない。
それでも、こと作家が置かれている状況に関しては、通じ合うものがありました。ひとことで言えば「困難」が創作の糧になっているということです。
韓国のパク・ワンソさんの「親切な福姫さん」は恨をテーマにしていますが、作者も恨を抱えて生きてきました。インドのヤーダヴさんが書いた「仔犬」はカーストの問題をえぐり出し、ヤーダヴさん自身もカーストと闘って来た作家です。モンゴルのダシドンドグさんが世界十六カ国で翻訳されている著名な児童文学者であるのは、児童文学が唯一の救済と希望だと言っていいほど、子供達にとって過酷な社会であるからです。タイのカム・パカーさんは性を武器にして政府のタイ化政策と闘っているし、マレーシアのリー・テンポさんは、次第に締め付けが厳しくなってくるマレー人社会の中で、失われた旧い中国、上海へのノスタルジーに駆られつつ、セピア色に褪せた過去を切なく耽美に描き続けています。
彼らや彼女たちは、現代社会のそれぞれの問題を扱いながら、同時に、植民地支配からの独立時、言葉で国の自立を促した「詩人たち」の末裔でもあります。時代は移っても、社会と個人の在り方を問う遺伝子は生き残っている気がします。
日本の現代作家たちは、社会への抵抗や摩擦をテーマに選びたがらないし、そのような外枠への意識は小さい。植民地支配の経験も無いかわりに抵抗運動における「詩人の言葉」も必要とされないまま近代化に成功したせいか、外に向かって「闘う言葉」にはあまりに不慣れに見えます。むしろ異次元の空想空間に、ある種の抵抗や希望を託して物語を作る傾向にある。日本には「民族の英雄たる詩人」など居ないし必要ともされなかった、という当たり前のことが、アジアでは特別なのです。

 実利的に読まれてほしい

――ともあれ、十カ国の風土や個性も伝わってくる作品が並んでいますね。それぞれの国への想像力が広がります。
高樹 この本で紹介した十篇の短篇は、疑いもなく現代のアジア文学ですが、観光ガイドの情報では決して届かない、アジアの人々の「心の情報」でもあります。旅人としてアジアを訪れるときにも、より深い理解をもたらすのではないでしょうか。一篇の短篇を読んで旅に出るのと、観光ガイドだけに頼るのでは、旅の質も違うように思います。そのように実利的に読まれることこそ、この本の願いでもあります。

(たかぎ・のぶこ 作家)

著者プロフィール

高樹のぶ子

タカギ・ノブコ

1946(昭和21)年、山口県生れ。東京女子大学短大卒。1984年「光抱く友よ」で芥川賞、1995(平成7)年『水脈』で女流文学賞、1999年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、2010年「トモスイ」で川端康成文学賞、2017年日本芸術院賞、2020(令和2)年『小説伊勢物語 業平』で泉鏡花文学賞、2021年同作で毎日芸術賞を受賞。2009年紫綬褒章、2017年旭日小綬章を受章。2018年文化功労者に。他に『百年の預言』『fantasia』『マルセル』『ほとほと 歳時記ものがたり』など著書多数。

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評論・文学研究
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