ガクモン
学問


山田詠美

「私ねえ、欲望に忠実なの。愛弟子と言ってもいいね」山田詠美の新たなる代表作。

東京から引っ越してきた仁美、リーダー格の心太、食いしん坊な無量、眠るのが生き甲斐の千穂。四人は、友情とも恋愛ともつかない、特別な絆で結ばれていた。やがて思春期を迎える彼らの、生と性の輝き。そして、いつもそこにある、かすかな死の影。高度成長期の海辺の街を舞台に、彼らが過ごしたかけがえのない時間を、この上なく官能的な言葉で紡ぎ出す、かつての少年少女のための成長小説。

発行形態 : 書籍
判型 : 四六判
頁数 : 294ページ
ISBN : 978-4-10-366813-8
C-CODE : 0093
ジャンル : 小説
現代の小説(純文学)
発売日 : 2009/06/30

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山田詠美
ヤマダ・エイミ

1959(昭和34)年、東京生れ。明治大学文学部中退。1985年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞受賞。同作品は芥川賞候補にもなり、衝撃的なデビューを飾る。1987年には『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞。さらに、1989(平成元)年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、1991年『トラッシュ』で女流文学賞、1996年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、2000年『A2Z』で読売文学賞、2005年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞を受賞する。他の著書に『ぼくは勉強ができない』『PAY DAY!!!』『アンコ椿は熱血ポンちゃん』『無銭優雅』等多数。現代を代表する人気作家である。





波 2009年7月号より

性と生をまっとうすることの美しさ
豊崎由美

 元、高校教諭の香坂仁美という六十八歳の女性の死亡記事が置かれた後、《その得体の知れないものの愛弟子になるであろうことを予見したのは、仁美が、わずか七歳の時でした》という謎めいた一文で始まる山田詠美の『学問』は、何をさておいても女性の女性による女性のためのオナニー小説として語られねばならない作品です。あ、間違えないでくださいね。オナニーをするための“おかず”になる小説という意味じゃありません。女性の自慰という、これまでは男性サイドにとってはAVかなんかでその姿態を見てコーフンするための、つまりオナニーのおかずとしてのエロ要素にすぎず、女性サイドからすれば「あたし、そんなこと今まで一度もしたことありません!」と隠しとおすべきものとされてきた淫靡な行為を、山田さんは“学問”として真摯に学ぶべき大変良きもの、明朗なものと、この小説の中で描いているのです。
 学問の徒となるのは、冒頭で死亡記事の主役にされてしまっている一九六二年生まれの仁美です。七歳の時に父親の転勤に伴って、東京から新幹線を在来線に乗り継いで三時間ばかりのところにある静岡県美流間市の小学校に転入。引っ越してきたばかりの家の裏山を探検していた仁美は、ひとりの男の子と出会います。それが運命の人、テンちゃんこと心太。仁美は、穴を掘って秘密の隠れ家を作っていたテンちゃんの手伝いをさせられるのですが、そのうちお漏らしをしてしまいます。で、その後のテンちゃんがかっこいいんだなあ。自分のちっちゃなチンチンを出して尿を搾り出すと、「見たの、おれだけだ。それに、おまえも、おれの、見たんだら。だから、おあいこだ」「おれが、おあいこにしてやった。だから、もう心配することない。それに……」「……おれのは、しょんべんだけど、おまえのは、おしっこだから」と慰め、《生まれて初めて、異性にこの身の一部を預けた未知の感覚を知り、ついうっとりしてしまった》仁美は、《私、絶対に、テンちゃんに付いて行く》という誓いを立てるのです。
 そんな印象的なボーイ・ミーツ・ガールの場面から始まる物語ですから、わたしもそうでしたが、これから読む皆さんだって「テンちゃんと仁美の生涯をかけてのラブストーリーが描かれていくんだな」と思うことでありましょう。その予感は当たりでもあり、はずれでもあります。仁美の家のお隣に住み、テンちゃんの大ファンであるチーホこと千穂、病院の息子でお菓子袋を常に持ち歩いている超食いしん坊のムリョこと無量を加えた、仲良し四人組の十八歳までの年月を描いたこの小説は、冒頭でも断言したとおり、わずか七歳でテンちゃんに誘われてまたがった鉄パイプの上を滑った瞬間《こすれた足の付け根から微温湯が染み出したように感じ》て以来、それが性的快感であることも知らないまま、熟達に励む徒となった仁美によるオナニー学の物語です。けれど、それだけではありません。自分の欲望に忠実でそこにいびつな意味をつけ加えたりしない仁美の素直な成長を通じ、作者の山田さんは大好きで信頼している相手にとっての囚われ人になる快感、男女間に生まれうる友情や恋を超えて深く強い感情、人を思う気持ちの千態万状さ、性と生をまっとうすることの美しさを描いているのです。
 周囲の者を魅了せずにはおかない天性の支配者たるテンちゃんと、彼に絶対的な信頼をおいて揺るぎない仁美の関係がどうなっていくかを知るのは、これからこの「ですます」調という山田詠美には珍しい(わたしには『風葬の教室』くらいしか思い浮かびませんが、そういえばあの小説も女子転校生が主人公でしたね)文体で綴られた愛おしい物語を読む、あなたの特権です。どうぞ、ご自分の子ども時代、思春期の頃にかえって、甘やかな思いと共に愉しんでください。
 ……しかし、それにしても。女性のオナニーをこれほどまでに向日性のうちに描けてしまうとは。でもって、オナニーを人生讃歌にまでつなげてしまうとは。つくづく驚くべき女性です、山田詠美という作家は。
(とよざき・ゆみ 書評家)
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